皮膚の下の頭蓋骨3

「お待ちどーさまー!できたよ、玉子粥!」

なんていう蘭ちゃんらしき明るい声とおいしそうな匂いで目が覚めた。
目覚めはすっきり…とは言い難く、欠伸をしながら軽く首を動かす。ベッドの近くにある置時計を見れば朝というには遅く、昼というには早い時間だった。
昨日博士の家へ戻ってから、自分の家には戻らずそのまま泊めてもらっていた。ちなみに今日は平日なので普通に登校日だが、博士が起こしてくれなかったようなのでサボることができた。やったね!
まあ、今日から数日は冬休み前のため全て午前授業、それも大掃除や集会といったものだけで終わる日ばかりなので行かなくても問題ないだろう。私はもう冬休みが始まったってことでお願いします。
のそのそとベッドから這い出て、洗面所へ向かうと荷物を持って裏口へ歩く蘭ちゃんを見かけた。やはり目覚まし代わりに聞いたのは彼女の声で、遊びにきていたらしい。高校はもう冬休みなのか、午前授業が終わってすぐ来たのかどっちだろう。

博士の家に常備してあるお泊りセットを引っ張り出して着替えを済ませてリビングへ向かうと電話が鳴った。通りがかりに、特に迷わずそれを取る。

「はい、阿笠です」
『Oh!さっちゃん、相変わらずキュートな声ねー!』
「あれ、ジョディ先生じゃん」

起きたばかりで取るには元気すぎる電話だった。なんで番号知ってんだ?と思う私と同じように先生もとある疑問を口にする。

『ここはー、Dr阿笠の家では?』
「ああ、私とな…痛っ!!?」

隣の家に住んでるんだよねーと言おうとしたら、どこからともなく颯爽と現れた江戸川さんに思いっきり足を蹴られた。来ていたのか…。
怒る気力もなく足を押さえてその場に座る私を横目に、「いいから静かにしてろ」というジェスチャーをすると江戸川さんは先生と暫く適当に話をした後、私はもちろん家主の博士にすら代わることなく電話を切った。

「なんで私蹴られた?挨拶?」
「ああ、悪かったな。お前の口を塞ぐにはあれが一番早かったからさ」
「なるほどね」

とりあえず黙らせたかったのね。過激。
別に意味もなくやったわけではなく、電話の相手がジョディ先生だったのが理由らしい。どうやら江戸川さんも先生のことをほんのり怪しんでいるみたいだ。別に先生だけが特別怪しいのではなく、現時点でこの家に関わりのある全ての者を疑っているようだった。こわー、こいつ生きてて楽しくないだろ。

「とにかくお前、外で先生に会っても個人情報とか喋んなよ。特に俺の話とか、周りの人とか、昔のこと聞かれても黙っとけ」
「私がエビ大好きって話は個人情報?」
「それは言っていいタイプの個人情報だから大丈夫」

許可が下りたので先生と話す機会があったら次回からはエビの話をすることになった。
今日から小学校は冬休みに入ったので暇になった江戸川さんは、博士と熱は下がったとはいえまだ風邪引きの哀さんと共に今から出掛けるらしい。
お前どうする?と聞かれたので「帰る」と短く答えた。私は高確率で殺人が起きるような場所に着いていく趣味はない。博士と哀さんに軽く挨拶をしてから徒歩20秒の距離にある自宅へ戻った。

***

正式に冬休みが始まると私は念願の誰にも咎められない夢のぐうたら生活を実現させた。冬は寒いので外に出るのはお菓子のストックを買いにコンビニへ行く時くらいである。
毎日冬休みだったらいいのに…なんて思いながら付き合いのために書いた年賀状を郵便局へ出しに仕方がなく外へ出た。
別に休みが明けても勝手に冬休み続けるからいいんだけどさ。でも夏休みの時に始業式の日になっても自主的に休みを続けていたら、ついに担任の先生に家まで乗り込まれた前科があるので気を付けたほうがいいだろう。私は先生を舐めすぎていたのかもしれない。
始業式は楽だから行くか…宿題一つもやってないけどそれはいつものことだから大した問題じゃない、と考えながら、用事を済ませて真っ直ぐ家へ戻る。我が家の玄関のドアを開けるのと同時にクラッカーの音が響いた。

「お帰りなさーい!!さっちゃん!!」

お母さん、またいる……。
先日、帰ってきてからまだもひと月も経っていないというのに再び日本へ戻ってきた母は「やっぱり二人が心配で〜」とぶちまけたクラッカーの中身を片しながら言う。

「それでー、すっごく面白いこと思いついちゃったからさっちゃんも協力してくれる?」
「何それ」
「新ちゃんドッキリ大作戦よ!」

つまらなそう、と思ったが私は優しいので口には出さなかった。
母の計画はこうだ。まず、私は暫くの間家を離れる。※このことは必ず江戸川さんに伝える。
誰もいないはずの工藤家で母は一人こっそり生活。江戸川さんはずぼらな私の代わりにほぼ毎日郵便受けを覗きに来ているため、無人になっている自宅に僅かでも人の気配があればすぐに気が付くだろう。お母さんは絶の達人なのだが今回はわざと痕跡を残すのだという。

「そして家に乗り込んできたところを二人でバーン!よ」

右手でピストルの形を作り、ウィンクしながら言う。
特に反対する理由も無かったので私もこの計画に乗ることにした。その日から博士の家へ泊りに行き、家には一切帰らないでいれば、予想通り江戸川さんは自宅の違和感に気が付いた。
郵便受けに入っていたという謎の招待状片手に、家を気にする素振りを見せた眼鏡の人を確認した私はすぐさま母に「今夜決行」というメールを送った。
その日の夜、何故か冬休み中ずっと博士の家に泊まっている江戸川さんに悟られないようにこっそり家へ帰る。母と合流し、打ち合わせ通り水鉄砲を構えて2階のお兄ちゃんの部屋の扉の両脇に潜んで息を殺した。
暫く待っていると微かに玄関のドアが開く音が聞こえた。やはり来たな…と口角を上げる。あの人結構分かりやすいんだよね。
隠しきれていない江戸川さんの足音が徐々に近づいてきて、部屋の前で止まった。
少し間を置いてから、静かにドアが開いた。子供のシルエットが見えたと同時に私達が両サイドから飛び出す。

「!?うっわ!!」
「デトロイト市警だ!手を挙げろ!!」
「新ちゃん討ち取ったり!!」

各自好きなセリフを叫びながら水鉄砲を浴びせれば、被疑者江戸川コナンは腕時計のライトで私達を交互に照らした後、安堵したように息を吐いて呆れた顔をした。やっぱり謎の人物が潜んでいるかもしれないって、ちょっとビビってたんだな、この人。
安心させてあげようと「バットかと思った?デトロイト市警でした!」と言ったら、ふっと笑って「オメー宿題終わったのか?」と返された。終わってるわけないだろ。

あははー、とはぐらかす私に反応したのは母だった。しまった、終わったと即答するべきだった。
気が付いた時にはもう遅く、おかげで私は残りの休み中、泣きながら宿題をする羽目になった。その間に服部先輩が訪ねてきて、皆で変装してパーティーに行って、なんかドンパチやってきたらしいのだが、私はその頃自分の部屋に閉じ込められていたので何が何だか。
始業式の日、母に睨まれていたのできちんと登校して宿題を提出したら担任の先生は泣いていた。泣かせちゃったよ。

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