ふたりはメル友

ホラー映画を観たせいで一人で過ごせなくなり、博士の家に駆け込んだある日の夜。
夕食も済み、博士が食後のデザートを出してくれるというので哀さんと二人で最近面白いと話題のバラエティー番組を観て待っているとインターホンが鳴った。
こんな時間にやってくるとは非常識だ。私に似ている。ということは江戸川だな。

「おお、どうしたんじゃ、こんな時間に…」
「どーもこーもねーよ!やべーんだ…」

博士が出迎えると予想通りの眼鏡。「やべーやべー」と言いながら江戸川さんがこちらへやってくるのとほぼ同時に、先程まで観ていたバラエティー番組が一旦ニュースに切り替わった。

「蘭の奴が俺の……」

ニュースの内容は提無津川沿いに停車してあった車の中から女性の死体が見つかったというものだった。亡くなった女性の名前と顔写真が映ると江戸川さんは「なに!?」と驚いた顔を見せた。

「江戸川さん、知り合い?」
「おっちゃんの依頼人だよ!ほんの少し前まで会ってたのに…」

この女性の依頼はちょっと納得がいかないもののすぐに解決し、早々にお暇したらしい。
なるほど、江戸川さんを追い返しても殺されるのか、もう対策の仕様がないな。
近々対策マニュアルを作ってみんなに配布しようと思っていたのだが、流石は江戸川さん。いつだって私の三歩くらい先を行く。
追い返すは使えない、と頭の中にメモをしていると江戸川さんは焦ったように「くそっ、戻らねーと…」と呟いた。なんで戻るんだよ、お前犯人か?

「それで、結局何がどうしたんじゃ?」

博士が控えめに問うと江戸川さんは「ああ…」とちらりと外に目をやった。どうやら外に蘭ちゃん達を待たせているらしい。

「時間がないから手短に言うけど、蘭が俺のこと新一じゃないかって疑ってるみてーなんだよ」
「ええ!またか!?」
「もはや恒例行事だね」
「まあ、あなたどう見ても怪しいものね」
「うるせーな!なんか良い案ねーか!?3分で考えてくれ!」
「そんなカップ麺じゃないんだから」

先程までの依頼人が亡くなったというニュースを観たせいもあるだろうが、江戸川さんはかなり焦っているようで無茶苦茶なことを言い出した。
だから麻酔針は控えろとあれほど……と言ってる暇もない。
ちなみに今回の発端は蘭ちゃんがお兄ちゃんにメールを送ったらすぐ側に置いてあった江戸川さんの携帯が鳴ったため「うそ……、新一……?」となったらしい。ダメだろ、携帯は携帯しないと。

「とりあえず、手が滑ったー!って携帯投げればいいじゃん」
「死ぬほど怪しいだろそんなん」
「今ここでコーヒーかけてあげましょうか?」
「このタイミングは作為的過ぎるだろ」
「仕方あるまい。どれ、わしが踏んでみよう」
「なんで全員壊す方向なんだよ!」

そんな事言われてもそれしかなくない?
そもそも蘭ちゃんに連絡先を教えてある"お兄ちゃんの携帯"を持っているから疑われるのだ。蘭ちゃんに奪われたらアウト。
なら今すぐコナン用に新しいものを買うか、時間稼ぎでぶっ壊すかの二択しかないだろう。

「だって新しいものなんて準備できないし。ちょっとワガママじゃない?」
「そうね、そもそもは工藤君が普段からもっと気を付けて生活していれば済む話でしょうし…」
「うっ……な、なぁ博士、なんかすげー発明品ねーか?一瞬で携帯が増えるみたいな!」
「う、うーむ、それはちょっと…」
「博士はちょっと手先が器用なただのおじさんなんだから無茶言わないでちょうだい」

哀さんがコーヒーを啜りながら言った。流石にコピー能力系は専門外だもんね。
ただのおじさん、と言われてしゅんとしている博士の足元にふと視線をやるとコンセントに繋がれた充電器が見えた。その先にある博士の携帯を見て、あることに気が付く。

「あれ、江戸川さんの携帯ってもしかして博士のと同じじゃない?」
「え?」
「あら、ホント…色も同じね」

そう、二人の携帯は全く同じものだったのだ。違いと言えば、ストラップの有無くらいだ。
わりと強めの奇跡に江戸川さんが閃いたっ!という顔をした。ストラップを付け替え、一先ず博士の携帯を江戸川さんの携帯に擬装する。

「よし、灰原と早希子はこの博士の携帯に俺宛のメールを大量に送ってくれ。学校の事とか遊びの事とか、内容はなんでもいい」
「じゃあ私江戸川さんの隣クラスのマドンナの役ね。才色兼備で鈴木財閥並にお金持ちでペットにマルチーズとペルシャ猫飼ってて図書委員で江戸川さんに惚れられてて、ある日の放課後に江戸川さんからアタックされてメアド教えてメル友になるんだけどホームズの話ばっかりされてうわぁ…うざいな…って思い始めて最近は中々メールしてくれないの」
「そういうのはいらない」

設定を決めたら秒で断られた。
普通の早希子でいいんだよ!と言われたが普通の私の方が逆に怪しいだろ。私達の仲で日常的にメールし合うわけないじゃん。
と言ったら江戸川さんも冷静になり、確かに…と頷いた。そして協議の結果、私は江戸川さんが想いを寄せる相手という設定になった。
そこまで決めて、博士の携帯を借りて飛び出して行った江戸川さんを見送り、早速捨てアドを作ってメール作成に取り掛かる。
なんかあれだな、浮気とか不倫の工作ってこんな感じなんだろうな。


後日、この作戦は無事に成功したと報告された。江戸川さんはわざと蘭ちゃんに自分の携帯(博士の携帯)を拾わせ「中身見てない!?す、好きな女の子からのメールが入ってるんだから!」と言って取り返したみたいだ。蘭ちゃん本人から「コナン君たら好きな子からのメールを私に見られたと思って焦ってたの!可愛い!」と教えてもらった。つまり現時点で江戸川さんの彼女の座に一番近いのは私ってことだから、そこんとこよろしく。

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