私は貝になりたい

自らを少年探偵団と名乗る愉快なお子さま達は、よく博士にキャンプやスポーツ観戦に連れていってもらっている。私もほぼ毎回誘われるのだが、江戸川さんがいるので大体断っていた。
けれど今回は別だった。この日のために新調した黒いキャップを被り、場所を決めてしゃがむ。すぐ近くでは小嶋先輩達が砂の城を作っていた。どうやら彼らは既に飽きてしまい、砂遊びを始めたようだ。
あまいな、と持っていたバケツを横に置いて砂浜を熊手でかく。ぷかりと浮いてきたアサリに自然と口角が上がった。ううう嬉しいーー!楽しいぃー!!

「オメーら潮干狩りに来てるの忘れてんじゃねーだろうな」

いつのまにやら見事な砂の城を完成させた小嶋先輩達に、呆れ顔の江戸川さんが声をかける。
子供達は「掘っても掘っても砂だらけで…」と口々に不満を漏らしていたが、江戸川さんが軽くコツを教えると手のひらを返してアサリを探し始めた。松茸狩りでも見たぞこの流れ。
大体見つけ方も知らないで潮干狩りに来ようなんて甘いんだよ。私なんか下調べばっちりよ。日焼け止めも塗ってきてるし。

「ここに一人、誰よりも楽しんでいる子がいるわね」

ネクストコナンズヒントに頼らず、到着した時と変わらないテンションで一人アサリを探す私の傍に哀さんがやってきて、バケツの中を覗き込む。どうよ、江戸川さんにも負けてないでしょ?
うふふ、とざりざり砂をかいでいると江戸川さんに「なんだあいつ」という目で見られた。

「なんであんな喜んでんだ…?」
「知らんのか?昔から行ってみたいって言っておったじゃろう」
「え、行ったことなかったっけ?」

ないんだよ、それが。
博士と江戸川さんの会話に心の中で参加する。当日になっていっつも風邪ひいてお留守番してたからさ!一度も行ったことないんだよ潮干狩り!ずっとずっと行きたかったんだよ潮干狩り!
江戸川さんは忘れてるみたいだけど、私は忘れないぞ。当日に風邪ひいた私を気遣って「中止にしようか」という両親に「んなもん寝てりゃ治るよ、行こうぜ」とか言って意気揚々と砂浜に乗り込んでいったバーロの姿を私は忘れないから。
それ以来、いつかは行きたいとずっと思っていたけど中々機会がなく、諦めかけていた。そんな時、ついにチャンスが巡ってきたのだ。
博士が子供達を潮干狩りに連れていくことになり、全力でアピールしてたら「さっちゃんも行こうよ」とあゆみんに誘われ「い、行ってあげてもいいけど!?」と食い気味に答えて無事に参加できることになった。緊張からちょっと声が上擦っていた。
というわけで、私にとって今日は記念すべき潮干狩りデビューの日なのだ。にやにやしながら、寝不足からの欠伸を噛み殺す。べ、別に楽しみ過ぎて眠れなかったわけじゃないんだからねっ!

「さっちゃんずーっと潮干狩りに来たかったんだよね」
「よかったですね、さっちゃんさん!」
「いっぱいとって食おうな!!」
「うんっ!」

ネクストコナンズヒントのお陰で潮干狩りの魅力を再確認することができたお子様達に声を掛けられ、大きく頷いた。楽しすぎてうふふ!と笑いがとまらなくなる。江戸川さんが明らかに困惑した表情を浮かべていたが気分が良いので無視した。
そんなうきうき気分の中、この場所には似合わない大きなため息が聞こえてきた。顔を上げれば、少し離れたところに、暗い顔で人差し指を加えている男性がいた。
嘘でしょ…こんな楽しいのにため息つくなんて…、かわいそうな人だな…。
と思ったのは私だけではなく、すぐにお子様達が声を掛けに行く。そのすぐ後に、男性の友人達もやってきた。彼らは同じ大学のサークル仲間らしく、皆“愛好貝”と背中に書かれたお揃いのパーカーを着ていた。会と貝を引っ掛けるなんて…やるじゃねーの。

中々洒落のきいた彼らがそのまま食事を始めると食い意地の張った10円ハゲの腹の音が聞こえてきた。さっきお弁当を食べたばかりだというのにどうなっているんだ小嶋先輩の胃は。
子供と食に甘い博士がおやつでも買っておいでとお金をくれたので、小嶋先輩とミッチーとあゆみんと私の四人ですぐそこのコンビニまで行くことになった。年長者の私が代表してお財布を預かっているのでコンビニに着くなり、子供達は私をチラチラ見ては各自アピールを始めた。

「さっちゃん、歩美これがほしいなー」
「ヤイバーチョコ…」
「すっごく美味しいんだよ!このチョコを食べたら他のチョコなんてもう食べられないよ!」
「マジかよ買うわ」
「さっちゃんさん!僕はこれを…」
「ヤイバーグミ…」
「子供向けだからってバカにしないでくださいね!この間テレビでやってたお菓子ランキングでも上位に入るほどの逸品なんですから!」
「そりゃ買うしかないね」
「おう早希子。俺はこれに決めたぜ」
「ヤイバースナック…」
「食ったことねーだろ?今回は特別に分けてやるよ、ほらカゴ」
「あ、どうも」

チョコとグミで手が塞がっていた私に、小嶋先輩がカゴを手渡してくれた。気が利くじゃないの、買っちゃう。
そして彼らがおススメするヤイバーサイダーを買ってコンビニを後にする。戻ってすぐにお釣りを博士に返す私の横で、買ってきたおやつをチェックした哀さんが「おまけ目当てのお菓子ばっかりね」と呆れていた。
サイダーを一気飲みしながら何気なく辺りを見るとあの愛好貝の面々の姿はどこにもなかった。ついさっき帰ってしまったらしい。
ゴミ一つ残さず帰っていた、と思ったら熊手を忘れていたのでお子様達が届けてあげよう!と走り出した。ほんの少し話しただけの人なのに、親切だな。
私はそんなに優しくないので放っておいて潮干狩りを再開する。子供だけで駐車場の方に走っていたのは少し心配だが、江戸川さんも着いていったようなので大丈夫だろう。

一緒に残った博士と哀さんとお喋りしながら、何度か場所を変えて砂をかいでいると子供達が半泣きで帰ってきた。…嫌な予感がする。

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