私は貝になりたい2

「あら、どうしたのあなた達」

ただ忘れ物を届けに行っただけとは思えない空気感に、哀さんが怪訝な顔を見せる。私は私で、江戸川さんがいないことに気が付き、背中に冷たいものが伝った。

「た、大変なんだよ!!」
「あの…あの忘れ物のお兄さん…」
「車の中で…、亡くなってたんです!!」

やっぱり。
人が死んでると聞いて真っ先に浮かんだのがそれだった。流石バーロは私の予想を裏切らない。
「なんじゃと!?」と私の倍は事件に立ち会っているはずの博士が驚く声を聞きながら手の砂を払う。全く私も慣れたもんだぜ。

「それで…コナン君が事件性があるって言ってて…」
「じゃあ私が警察に電話するから…」
「あ、もう警察は呼びました!」

手際が良い。
即答するミッチーに一瞬、言葉を失った。あ、そ、そうなんだ…。出しかけた携帯を静かに仕舞う。事件慣れし過ぎだろ。私なんかよりよっぽど場数踏んでるわ。
彼らは江戸川さんの指示で私達を呼びに来たらしい。三人に先導され、駐車場の方へ向かう。全く最悪の潮干狩りデビューだ。


私達が現場に辿り着いた頃にはもう警察は到着していて、残った愛好貝の面々に話を聞いているところだった。
江戸川さんが私達(厳密に言うと博士)を呼んだのは、亡くなった男性が持っていたお茶のペットボトルには他の誰も触れていないという証言をさせるためだったようだ。被害者はお茶のペットボトルに混ぜられた毒物による自殺もしくは他殺であるという。
丁度その時遺体の足元から薬物が入っていそうな瓶が見つかり、横溝警部と呼ばれた刑事さんが「この瓶をペットボトルや蓋と一緒に調べてくれ」と鑑識さんに手渡す。

横溝警部………?はて、と首を傾げる。髪型こそ違うが、顔も声も以前静岡で出会った横溝刑事にそっくりだ。でもなんか雰囲気が違う。
髪型はまあ、明らかに変だったから坊主になってすっきりしたと思うけど、喋り方が随分とげとげしくなっている。というかそもそもあの人って静岡県警でしょ?でもこの現場に来ているのは神奈川県警。異動?それでこんなんになっちゃったの?
と、急激な変化についていけずに困惑している私の傍で同じく横溝刑事をチラチラ見ながら子供達がひそひそ話していた。「サンゴ頭…」「違うよ絶対」「顔が同じで…」とごにょごにょ言うのが聞こえたようで「なんだガキ共」と睨まれた。
ばっちり目が合ったので私まで一括りにされているようである。わ、私は別に何も言ってませんよ!明らかに変な髪形なんて悪口も言ってませんよ!
なんて心の中で自己弁明していると子供達が「スマイル下さい」と横溝刑事にお願いした。どうやらこの子達も静岡の横溝刑事を知っているらしく、彼にそっくりなこの神奈川の横溝刑事が何者なのか気になっていたみたいだ。

「似てて当然だよ、この人あの横溝刑事の弟なんだから」

何てことないようにひょっこり現れた江戸川さんが口を出す。双子の弟らしい。それは納得。納得だけど当然のように兄弟両方と面識のある江戸川さんはどういうつもりなの?全国に警察関係者の知り合い作るのを目標としているの?
ドン引きしている私をよそに、横溝刑事が「兄から聞いたことがある」と話し始めた。

「つーことはお前だな、女子中学生探偵の工藤早希子ってのは」
「ええっ!さっちゃんって探偵さんだったの!?」
「違うよ」

騒ぐ子供達の頭を手で抑えながらそれデマですよ、と教えれば「やっぱりな」と返ってきた。この人も「何わけわかんねーこと言ってんだ兄貴は」と思っていたようだ。双子って言っても結構性格違うんだな。
その後、警察的には自殺の可能性の方が高いと見て、とりあえずは鑑識の結果待ちになった。被害者の友人である愛好貝の面々は待機となったが、私達は単なる通りすがり。博士は大人なので証言のためにも居た方がいいかもしれないが、遺体の発見者でもない私は関係ないだろうと思い、浜辺に戻ることにした。

「じゃあ私アサリ探してくるから帰るとき言ってね」
「えっ!どうして!?」
「ダメなの…?」

引き留めてくるお子様達に逆にどうして?と思ったら「人が死んでんねんぞ!」と怒られた。いや、うん、まあそれはそうなんだけど、現時点での私達って完全に事件に首突っ込んでるだけの部外者だし。
後は警察に任せていいんじゃないと言えば「何弱気なこと言ってるんですか!」とミッチーがぐっと拳を握りしめる。

「こんな時こそ、探偵の出番ですよ!」
「歩美達でこの事件を解決しなきゃ!」
「早希子、それでもオメー探偵か!?」

だから違うって言ってるだろ。

***

お子様達の謎の使命感に圧倒されたものの江戸川さんが「まあ、いいんじゃねーの」と興味なさげに言ってくれたので私は浜辺へ戻ることができた。つーかお前こそ帰れよ。

「おーい、早希子」

噂をすれば影。江戸川さんがやってきた。
もう終わったのかな、と立ち上がれば「お前もちょっと手伝ってくれ」と腕を引っ張られ、波打ち際から離れた所まで連れて行かれる。博士や皆も揃っていて、何故か熊手で砂をかいでいた。
何故こんな場所で、と思ったらここは愛好貝の面々が食事を取っていた場所で彼らが使っていた“はず”のペットボトルの蓋を探しに来たそうだ。
江戸川さんが彼らからゴミを預かった時、中身を漁ったらペットボトルと蓋の数が合わなかったのでもしかしてどこかに捨てたのかも、と心当たりのあるこの場所まで戻ってきたんだとか。ナチュラルに何を言っているんだ。
今更突っ込むのも面倒になり、とりあえず手伝う。暫くしてあゆみんが見つけた蓋には、血が付着していた。

「これではっきりするだろうぜ…自殺じゃなく殺されたってことも誰がそれをやらかしたって事もな!」

なんてニヤリとしながら言うものだから私達は現場へ戻ることになった。そして始まる謎解きタイム。
ちなみに横溝刑事は江戸川さんが蓋の話をすると「まさか蓋を調べたのか?」と引いていた。ほら、これが常識ある人間の反応だぞ、よく覚えておけ江戸川。

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