探偵甲子園

「騙された」
「まあ、そう言うなや」

連休前の日曜日という最高の日に、私は小さな船に乗っていた。不機嫌丸出しの私を隣の服部先輩が宥めてくる。さらに隣には呆れた顔の江戸川さん。
この船で無人島へ向かい、今から探偵甲子園とかいうわけのわからないものが始まるそうだ。なんだそのだっさい響きは。

何故こんなことになっているのかというと全ては服部先輩のせいだった。
数日前に突然博士の元へ私宛てに電話が掛かってきて「工藤とお前と俺で連休中遊びに行かへん?」と明るく言われたので「行かへんよ!」と明るく言って切った。そしたらそこから始まる鬼電。
このままでは仲介の博士がノイローゼになってしまうので嫌々OKしたのだ。こうやって押しきられるのが面倒だから連絡先教えてないんだけど博士の番号がバレてるので最早関係なかった。

集合場所と時間、持ち物を教えられて渋々行ってみたらコレだ。時間ギリギリにやってきた服部先輩と江戸川さんの他に、おじさんや蘭ちゃん、和葉ちゃんまでいたので皆で遊ぶことになったのかと思えば、三人は付き添いでやけにせかせかした服部先輩に本当の集合場所へ連れていかれた。私の集合場所ウソだったのか…。
そして、日売テレビのジャンパーを着た男性と合流。話を聞いてみたら探偵甲子園だと……?

何のこっちゃ、とついていけない私を置いて、服部先輩が男性にあれやこれや交渉。どうも話の感じ的に高校生の探偵だけが参加できるものらしいのだが、先輩が「こいつ工藤の妹で兄貴にも引けをとらない探偵やねん。歳は高一」とナチュラルに私の年齢と経歴を詐称した結果、時間も迫っていたためか「うーん、まあいいけど」と工藤新一の代理参加として乗船許可が降りた。いや、よくねーだろ。
嘘でしょなにこれ、なんなのこれ。そして冒頭に戻るのだ。

探偵甲子園、それは日売テレビの企画で、東西南北の高校生探偵を集めて日本一を決めるものらしい。服部先輩が西の代表、ときたら東の代表は工藤新一だろう。
しかし、あの日売テレビの男性は「工藤君とは連絡が取れなかった」と言っていたが、 そもそもそんな連絡なかったよ?
ここ最近のことを思い出すが、探偵甲子園なる企画について、電話も手紙もメールも家には何も届いていない。
仮に工藤新一と個別にやり取りをしているなら江戸川さんの元へ連絡がいっていたはず。けど、江戸川さんはこの企画自体全く知らないようだった。本当に連絡とったの?
お兄ちゃんが最近行方不明なのは有名な話だし、もう最初から諦めていたのだろうか。まあ、あの日売テレビの男性は「来れるかどうかわからない」とも言っていたので、何らかの形で通知はされていて、こちらが気が付かなかっただけなのかもしれない。

「どーせ東の代表の工藤は来られへんやんか?せやからお前らを呼んだんや」

服部先輩は向かい側に座る二人の学生(おそらく参加者)に聞こえないように声を潜めて言った。どうせ自分と同レベルの戦いが出来るのは工藤だけ、と思っている彼はこの場を借りてお兄ちゃんと推理勝負がしたかったらしい。
見た目は子供と言っても中身は同じだし、江戸川コナンというただの子供だけでなく工藤の妹(高校生探偵)を代理という体にすれば制作側も文句は言えないだろうという魂胆だったそうだ。つまり表向きは服部先輩VS 私(in江戸川さん)というわけである。まーたクソみたいな作戦考えてきてるよこの人。
「三人で決戦や!な!」と上機嫌な関西弁野郎は無視して考える。そんな作戦がすんなり通るなんてやはりこの企画は妙だ。“工藤新一の妹だから”なんて理由で招待もされてない私も乗せてくれるなんて、どう考えてもめちゃくちゃ怪しい。確かに年齢詐称したけどダメだろ、本人確認もせずに呼ぶ予定のない奴乗せたら。
そして付き添いで来ていたおじさん達保護者はダメだと言って乗せなかったくせに、自分の部屋に泊めるなら参加者じゃなくても子供くらいはOKというゆるゆる参加ライン。本当にこれテレビの企画〜?本当なら私テレビNGだからそれはそれで困るんだけど。

勢いで乗っちゃったけど参ったな、と二日酔いで青い顔をしている日売テレビのディレクター(槌尾さんというらしい)を見る。私の顔だけモザイクかけてもらっていいですか?なんて聞ける雰囲気じゃないな。

他の人達とほんのり談笑してる間に、無事に島まで着いた。船を降りると企画中、探偵達の世話をしてくれる甲谷さんというおじいさんが出迎えてくれた。

「なあ、ディレクターさん。東の代表の工藤妹のことなんやけど、こいつ緊張しいでな。物は相談なんやけど…」

参加者が泊まる予定のロッジまでの道中、服部先輩がにやにやしながら槌尾さんに話しかけたものだからこいつ何を言う気だと横から止めようとしたら、先頭を歩いていた甲谷さんが「はて?」と不思議そうな顔で口を開いた。

「東の代表の少年なら今朝早く見えてロッジでくつろいでおられますが…」
「何やと!?ホンマかそれ!」
「ええ、確かお名前は白馬探と…」

は、白馬探?……って誰やねん。と私と先輩の声が重なる。

***

待って、もうこれ私帰っていいんじゃない?
東西南北の探偵が揃って自己紹介をしたところでそう確信した。東が白馬先輩で西が服部先輩、南が越水先輩、北が時津先輩。
東の代表のバーロと連絡が取れなかったため槌尾さんが代わりに声をかけたのが白馬先輩らしい。ただ彼が実際に来るかどうかはわからなかったそうで(イギリス留学中なんだとか)、穴が開くくらいなら、と先程工藤の代理で来た私をそのまま乗せてしまったそうだ。何そのぐだぐだなキャスティング。報連相しっかりしろよ、絶対これ偽番組だろ。服部先輩アホだから騙されちゃったんだわきっと。
とにかく私はここにいる意味がないのだ。皆が解決した事件数とやらを聞いて場違い感がひしひしと伝わってくる。
なのに、服部先輩が白馬先輩に謎の対抗心を抱き、「東は絶対工藤!でも今いないからその妹!お前は認めん!」とか言い出すから私はますます居心地が悪くなる。

「けど知らなかったな、工藤氏の妹も探偵だったなんて」
「うんうん、中学生の可愛い妹がいるのは有名だけど、高校生の妹もいたんだ〜」

時津先輩と越水先輩が含みのある表情でこちらを見る。もう絶対バレてるじゃんコレ。
ここは、素直に中学生だと白状して辞退するのが賢明だろう。と思った私が口を開く前に、白馬先輩が「ですが、僕は東の代表として相応しくないようですね」と服部先輩を見ながら言った。

「では僕は海外からのゲストということにして、早希子ちゃんとこの江戸川コナン君の二人を東の代表ということにしては?」

全力で番組をぶち壊していくスタイル。そういうことしちゃう〜?
私だけでなく、ぽかんとしている江戸川さんの傍に寄って「この少年も中々の推理力の持ち主ですから」とディレクターの槌尾さんに紹介する。白馬先輩と江戸川さんは面識があるらしい。
それでいて、一応高校生という設定になっている私と組ませるということは彼も私が本当は中学生だということに気が付いているのだろう。
この提案を槌尾さんは冗談として受け取ったみたいだった。あなたくらいですよ、気が付いてないの。

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