探偵甲子園3

部屋の状況を少し見ただけで密室トリックの謎が分かったという時津先輩がその答えを自室で再現してくれるという。
準備に一時間ほどかかるというので、その間私達は甲谷さんが用意してくれた夕食を食べて待っていることにした。
一時間というのは甲谷さんが私達を部屋に案内してから槌尾さんが縛られて見つかるまでの時間でもある。

それだけ手間のかかるトリックだと聞いた時、一瞬、越水先輩を疑った。だって、先輩も部屋についてから少ししてロッジを探索してくるって部屋から出て行ったんだもん。
けど、割りとすぐに帰ってきたし、ロッジの見取り図もしっかり書き込んできたから余計なことをしてる時間はなかったはずだ。
というかそもそもこれが本物の番組なら甲谷さんがやった可能性の方が高い。本人に直接言っていないとはいえ変な疑いをかけてしまった、と反省する。
視界の端では甲谷さんにお茶をついでもらった江戸川さんが「ありがとう!」とあの狂気を感じるぶりっ子声を出していた。

「明日の朝もおじさんが作ってくれるの?」
「ええ…、皆様何か苦手なものがありましたらお教え下さい」
「私キャビアが嫌いです」
「嫌なガキやな…お前…」
「えっ」

苦手なものと言われたので率先して答えれば服部先輩に呆れた顔をされた。
だって本当に嫌いなのに…。

「僕もキャビアは苦手なので、明日の食事には出さないでいただけますか?」
「かしこまりました」

正面に座る白馬先輩がくすりと笑いながら言うと甲谷さんも頷いた。二人とも気を遣ってくれているのがすぐにわかった。絶対嘘じゃん、白馬先輩毎日キャビア食ってそうな顔してるもん。
こんな話をしている間、偽ディレクターの槌尾さんは大皿のチキンをずっと食べていた。相当お腹が空いていたのだろうか。明らかに一人で取る量ではないと思ったが、何も言わないでいるとトイレで席を外していた越水先輩が戻ってきて文句を言った。

皆に偽者だとバレた槌尾さんはなんだかすっかり開き直っていて、何を聞いてもはぐらかすばかりだった。
彼が顔色を変えたのはダイニングにも置いてあるラベンダーに話題が移ってからだ。どうやら私達の部屋だけでなく皆の部屋にラベンダーが飾られているらしい。
ラベンダーで連想するのは一年前に起きたラベンダー屋敷の殺人事件、という話になると槌尾さんは真っ青になって立ち上がった。そのまま煙草を取りに戻る、と言ってダイニングを出ていってしまった。
と思ったら暫くしてびしょ濡れで帰ってきた。雨が降っているというのに傘も差さずに外へ出ていたようだ。煙草を部屋へ取りに行くと言っていたのに外へ?
不審に思っているのは私だけでなく皆が槌尾さんに訳を聞くが、相変わらず何も答えてくれない。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。

それにしても時津先輩は遅くないか?
もうかれこれ二時間は経つ。約束の時間はとうに過ぎているのに先輩は一向にダイニングに姿を現さない。
そこで甲谷さんが部屋まで呼びに行ってくれたが、ドア越しに何の返事もなかったという。痺れを切らした服部先輩が「様子を見てくる」と席を立つとでしゃばり眼鏡の江戸川さんと白馬先輩がそれに続いた。

***

時津先輩、死亡が確認されました。

この人も逃れられなかったか、江戸川の呪いから…。わざわざ窓際に机を寄せてその上に座って亡くなっている時津先輩に手を合わせる。
先輩のことは残念だが、一つはっきりしたのはこれが番組の企画でも何でもないということだ。本当に日売テレビの企画なら明日には人が来ると分かっているのに殺人なんてしない。
となれば最初から探偵甲子園なんてものは存在せず、今ここにいるメンバー以外誰もこの島にはこない。そして携帯は圏外、唯一外部と連絡が取れるはずの無線機はめちゃくちゃに壊されていた(びしょ濡れ槌尾さん談)。
やだこれ…金田〇少年じゃん…。

マガジンでよくある展開に動揺が隠せない。私が今まで遭遇した事件は通報すればすぐに警察が来たし、事件に無関係なギャラリーも多い中で起きたものが殆どだったのでこういった外界から完全に隔離されたケースは珍しいのだ。
しかも、アリバイから考えて容疑者は三人まで絞れている。こんな少数精鋭で事件に遭遇したことがないので冷や汗が止まらない。
マジでこんな緊張感あるのキノコ狩り以来じゃないか?あの時は第三勢力の十兵衛もいたから別の意味でもドキドキだったけど。

「どーでもいいけどボクは君たちと同じだよ?この偽のディレクターに南の代表として…」

容疑者一人、越水先輩がそう言いかけた時、空いた窓から雨風が吹きつける。次いで雷が鳴った。すぐそこに落ちたようでものすごい音だった。
すごいねえ、という私の間抜けな感想よりも越水先輩の悲鳴の方が大きく、雷に怯えている彼女の頼みで服部先輩が窓を閉める。白馬先輩が「大丈夫」と彼女を気遣うように支えた。

「嵐も事件も僕がすぐに鎮めますから…」

嵐鎮めるは流石に笑うからやめてほしい。
この非常時に面白いこと言うなんてやっぱ只者じゃないな探偵ってやつは、と感心する私の足に誰かが触れた。視線を下げれば江戸川さん。
今から現場検証をするので容疑者はダイニングで待ってろと皆を追い払うような仕草を見せる服部先輩から離れて、他の皆に聞こえないような小さな声で私に言う。

「早希子、お前もダイニングに行ってあの三人を見ててくれ」
「ええ!そんな冗談じゃないよ、誰が犯人かもわからないのに一緒になんていられるか!私は部屋に帰らせてもらいます!」
「オメーそれ死ぬ奴の台詞だぞ」

ちょっとじっちゃんの孫気分が抜けずに興奮気味に死亡フラグを立てるとちゃんと突っ込んでくれた。でも冗談抜きで容疑者三人と一つの部屋は無理だよ私。
じゃあ一緒に捜査するか?と聞かれるがそれも嫌だ。考えて考えて考え抜いた結果、仕方がなく私もダイニングで待機することになった。


「どうぞ…」
「ありがとうございます」

お礼を言って甲谷さんが淹れてくれたお茶を飲みながら待つ。槌尾さんはそれに口をつけず、どこからか勝手に持ってきたお酒を飲んでいて、越水先輩は窓の近くで外の様子を眺めていた。
誰も彼もが怪しく、気が気じゃない。ダイニング内の空気も重いので一旦外に出ることにした。外に出るといってもトイレだ。一人で動くのは怖かったけど着いてこられても怖い。

誰もいない真っ暗な廊下を進むと中途半端に扉の空いている部屋があった。隙間から日売テレビのロゴが描かれた鞄が見えたことでここが槌尾さんの部屋だと分かる。
無意識にドアを開けて中へ入っていた。普段ならこんなことはしないのだが、今は隔離された孤島で殺人事件という非常事態なので大目に見てほしい。
どう考えても容疑者三人の中で一番情報を持ってそうなのが槌尾さんなのだ。怪しいのではなく、何かを知ってそうという意味。
彼にディレクターの振りをしろと指示した人物が本当にいるのなら、何か手掛かりになりそうなものを持っているかもしれない。
でも流石に荷物を漁るのは江戸川さんみたいでちょっとな…と私の体にも受け継がれる由緒正しいでしゃばりの血に従うか抗うか迷っていると私達の部屋にも置いてある机が目についた。
そういえば、時津先輩の部屋はどうしてわざわざ机が窓際まで移動されてたんだろう。

その時、足音が聞こえてきた。反射的にドアを見る。外に出ようと思ったが、足音がどんどん近づいてくるこの状況で出ていく勇気はなかった。
迷った挙句、咄嗟に机の下に隠れてしまった。この机じゃ下に潜ったところでぶっちゃけバレバレなのだが、まあ、あの…避難訓練みたいなものだ。おかしもだね。

このままやり過ごそうと思っていたら、予想に反して足音の人物はこの部屋のドアを開いた。やばい、と言い訳を思いつく前に入ってきた人物とばっちり目があってしまった。

「早希子ちゃん…、そこで何を?」

驚いた顔でこちらにそう問いかけてきたのは部屋の主ではなく白馬先輩だった。こっちの台詞だぜ。

「か…………かくれんぼ」

また意味の分からない返事をしてしまった。
この人何をしにここへ来たんだ?出ようとしたら、驚いたことに彼は私のすぐ横に座った。懐かしいな、と小さく言った。

「幼い頃、父の書斎の机の下に隠れてたよ」
「……私も」

私もよく隠れてた。他にもっと隠れるのに適した場所はいくらでもあったが、机の下が何故か定番の場所だったのだ。理由は私にもわからない。狭いからかな?
私の答えに笑った先輩は、机の下から出ると工具箱の中身を確認して、犯人が分かったと言ってダイニングへ戻った。
私はその後助けの船が来るまでそのまま部屋に隠れてた。だってあんな殺人鬼がいるかもしれない場所に帰れるか!

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