逆襲のシャア

物凄く突然だけど同居人ができた。
家帰ってドア開けたらそこに居たくらいのノリでホントに突然できた。

「……ただいま〜」

という私の小さな声とは裏腹に玄関のドアは大きな音をたてる。それが耳に届いたらしく、やや間をあけてから「お帰りなさい」という声と共にリビングから"同居人"が顔を覗かせた。
その同居人というのが、沖矢昴とかいう大学院生だ。背が高くて見えてんだか見えてないんだかわからない糸目で眼鏡をかけてる男の人。糸目キャラは信用するなっておばあちゃんが言ってた。

「丁度よかった。早希子さん、これを見てください」

大学院生(滞在二日目)に手招きされ、帰って早々手も洗わずに台所へ向かう。
四人家族が使うのに丁度良いサイズの冷蔵庫を開けると中には調味料と飲みかけのコーラが一本だけ転がっていた。

「この家はいつもこんな感じなんですか?」
「まあ、次にハウスキーパーさんが来るの金曜だからね。そりゃ空っぽよ」
「普段はそれまでどう過ごしてるんですか?」
「一人で居たい時はカップラーメンか出前。人の温もりに飢えたら隣の家へ行く」
「ああ、阿笠博士の」

隣人のおじさんを知っているらしい昴さんが頷く。あそこエンゲル係数高いからいつ行っても食べ物に溢れてるんだよ。

「自炊はしないんですか?料理は不得意で?」
「いや、別に本気出せば作れるんだけど本気って常に出すものじゃないと思ってるからさ。常に出してたらそれはもう本気じゃないよね。毎日ご飯作っていざって時に力が出せないと困るじゃない」
「なるほど、深いですね」
「せやろ」

ふふん、と胸を張る。この大学院生、うさんくさいと思ったけど中々見所があるわ。

そもそも何故この人とシェアハウスすることになったかというと話は昨晩まで遡る。
夕御飯どうしようと悩んでいた私の携帯に珍しく江戸川さんから着信があった。

『お前2丁目で火事があったの知ってる?』
「うん」
『だから昴さんが家に住むんで仲良くな』
「ちょっと会話へたくそ過ぎない?」

というやり取りの末、やってきたのが沖矢昴さんです。
要はその火災現場が昴さんが暮らしていたアパートで、全焼してしまったから次の家が見つかるまで暫く間借りさせてほしいというわけだ。気の毒だが知るかよって話……となったのは私だけだった。
謎の組織に追われてる兄を持つ中学生のところに赤の他人の大学院生送り込んでルームシェアさせるとかマジで意味がわからないのだが、ホームズ好きに悪い人はいないというこれまた意味のわからない理屈で江戸川さんは自分が持っていた家の合鍵を昴さんに渡してしまったそうだ。
ホントに迷惑だからホームズ理論やめてほしい。日常的に他人を疑ってトリックが云々とか言ってる奴が都合の良い時だけそんな曖昧なもんに頼るな。

そしてお言葉に甘えてお邪魔しちゃう昴さんも昴さんだ。
一応私がいることで遠慮した彼を江戸川さんが「大人が一緒の方が早希子ねーちゃんも安心だから」とか言いくるめたらしいが、もっと抵抗しろよって感じである。
親戚でもない知らない大人と一緒は安心できねーよ。気まずいにも程があるだろ。当事者同士の気持ちもっと考えろよ。勝手に実家をシェアハウスにするな。

とまあ、文句は溢れるほどあるのだが、それを昴さん本人にぶつけても来てしまったものは仕方がない。いや、まあ、できるなら今すぐ出てってほしいけど、一旦無理矢理とはいえ引き受けたものを追い出すのも申し訳ない。
とりあえず次の家が見つかるまでの期間限定だし、幸い部屋は腐るほどあるので顔を合わせなくても生活していくことはできる。そう、我慢。一時の我慢なのだ。

というわけで私と謎の大学院生のルームシェアが始まったわけだ。
そして早速悩まされる食糧問題。シェアハウスと言えば当番制が基本だがここは私の家だ。先輩の私の意見が絶対である。
…のだが、年齢的には私が年下。ナメられたらそこで終わりだ。
早速出前を取ろうとしていた昴さんから電話を引ったくり、今日のところは私の本気を見せてやることにした。
流しの下から小鍋を取りだし、冷蔵庫の奥から味噌、野菜室から使いかけのネギを手に取った。

「味噌汁ですか?」
「そう!ちょっと下がってて!これは私が最後まで面倒見るからね!昴さんは新入りなんだから手出ししないで!」
「わかりました。じゃあ後ろで勉強させてもらいます」

そう言って昴さんは反抗することなく素直に引いた。
ふーん、いい心がけじゃん…。

***

「で、どうだお前、昴さんと喧嘩してねーか?」

あれから早一週間。たまたまポアロで遭遇した江戸川さんに近況を聞かれる。
仲良くしてるか?とかじゃなくて喧嘩してねーか?なのは私が気性の激しいワガママ娘であることをよく理解している聞き方だ。
けど、流石に他人相手に素を出して暴れたりしない。

「大丈夫、仲良くやってるよ」

とても意外なことに、私達は割と上手くやっていた。お互い干渉しすぎず、適度な距離感を保ち、他人同士とは思えないほど快適な生活ができている。

「一人だと出来ないことってあるじゃない?昴さんがいてくれるおかげでそれも解決してさぁ」
「へー、なんだ電球替えか?」
「違う、ホラー映画鑑賞会」
「何言ってるの?」

冗談じゃなく一緒にホラー映画を観てくれるのは本当に助かってる。
あの人怯えてると横で理論的に解説してくれるから全く怖くなくなるんだよね。人によっては怒られそうだけど私は助かってる。
おかげで今まで毛布にくるまり途中で脱落して朝までその場から動けずに固まっていたような作品もアイスを食べながらリラックスして観れるようになった。でも部屋まで一人で帰るのは怖いので昴さんに着いてきてもらってる。
そういう日はトイレとお風呂もギリギリまで着いてきてもらうのだが「出るまで動かないでよね!!」と言ってるのに上がる頃には大抵いなくなっているのでそこだけは本当に許せない。

と、江戸川さんに愚痴ると「お前そこまで面倒かけてんの…?」と引いていた。自分も昔やられた記憶があるからどれだけ大変かわかるみたいだ。

「あと、あの人全然大学行かないから四六時中人の気配がしててさー、やっぱり気になっちゃって。久々に学校でも行こうかなって」
「いや、学校は理由なく普通に行けよ」

そうだ、あの人が家にいるせいで最近めるちゃんを観てない。

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