逆襲のシャア3

わざわざ出たくもない放課後の合唱練習にまで参加して時間を潰してから帰った私に、昴さんは何事もなかったかのように「お帰りなさい。ご飯ありますよ」と声をかけてきた。
ご飯と言ってもスーパーのお総菜とお湯を入れたら完成するお手軽スープだ。手を洗って着替えた後、ドキドキしながら食卓につく。
こういうのはさっさと謝らなきゃいけない。タイミングを逃すとずっと気まずいままだ。
あの、と小さく声を出せば、向かいに座る昴さんが顔を上げる。

「お母さん、朝はごめんね…」
「お母さん?」
「私、お母さんの気持ち考えてなかった…」
「お母さん?」
「お母さんは私の為を思って言ってくれてたんだよね、反省してます」
「お母さん?」

よしっ、ちゃんと言えたぞ!
朝から抱えていた問題を解決し、胸が軽くなった気がした。そのまま元気に食事を始めた私に対して、昴さんは信じられないとでも言いたげな顔でこちらを見ていた。
暫しの沈黙の後、早希子さんと名前を呼ばれる。

「もしかして今日学校で頭ぶつけました?」

食事中にも関わらず席を立つと手を伸ばして私の頭を確認した。何処にも外傷が無いことを何度も確認してから「脳挫傷…」と呟いていた。んな訳あるか。
適当過ぎる診断に私は元気だよ、と座ったまま返す。

「あのさ、私も色々混乱したけど授業中にちゃんと考えたの。昴さんはお母さんから私を任されているわけじゃない?それってつまり私のお母さんになってくれるってことだよね」
「違いますよ」

食い気味に否定された。

***

合唱コンクールは無事に終わり、ようやく昴さんに叩き起こされずに済むようになったのも束の間、突然のテスト週間が私を襲った。
いつもなら早く帰れてラッキーくらいの感情しかない2週間を私は勉強漬けで過ごす羽目になっていた。これがお母さんのいる生活。

「あれ?」

帰ってくると玄関に私の物ではないローファーを見つけた。
一足だけ、ということは蘭ちゃんか。と思って廊下を進んだ先にいたのは園子ちゃんだったのでかなり驚いた。彼女が一人で工藤家を訪れることなど滅多にないからだ。
こちらに背を向けていたのでこっそり様子を窺う。何やら電話をしているようだ。
昴さんはどこだろう、と辺りを見回した私に気が付いた園子ちゃんが手に持っていた携帯を落とした。

「うわっ、さっちゃん!おかえり!」
「園子ちゃん、お母さんに会った?」
「?帰ってきてるの?」

不思議そうな顔をした後、園子ちゃんは床に落ちた携帯を慌てて拾い、通話の相手に謝ると手短に別れを告げて切った。
同時に行方不明だった大学院生(シャア)がひょっこり顔を出す。

「おかえりなさい」
「お母さん…」
「え!?昴さんってさっちゃんのお母さんだったの!?」
「いや、違いますよ」

昴さんに否定されて「そ、そうよね、そりゃそうよね!」と困惑しつつも園子ちゃんは顔を赤くした。手元の携帯電話を見て、昴さんは声をかける。
私には分からない話を二人が始めたのでとりあえず黙って待っていたら、会話が途切れた途端、右腕を園子ちゃんに引っ張られた。そのまま昴さんと十分距離を取らされる。
お話終わったの?という私の質問に答えることなく、部屋の隅まで辿り着くと彼女は「そ・れ・で!」と小声で話し出した。

「昴さんとはどう?一緒に暮らしてるなんて羨ましい〜〜!」

昴さんの方をチラチラ見ながら、浮かれた様子の園子ちゃんに何をどう答えるべきなのか分からず一瞬迷う。

「羨ましいって、園子ちゃん彼氏いるんでしょ?」
「いるけど、何よ。彼氏いたら他の男にときめいちゃダメっていうの!?」
「ええ?えっと…ときめくのは良いと思います」
「そうよね!さっちゃんはそう思うわよね?」
「はい、さっちゃんはそう思いますね」

刺激しないように肯定すると園子ちゃんは「あたしもイケメンとルームシェアしたーい!」と抱きついてきた。
でもあの人お母さんだよ?いいの?とは言わなかった。

「それで、園子ちゃんは何しにウチに来たの?」
「そうそう!蘭と掃除に来たら、昴さんがいて、そしたら新一くんから電話があってさー!」
「しん……いち……?」
「忘れたの…?」

決して忘れたわけではないのだが、久々に他人の口から聞いた名前だったので「誰だっけ…」となってしまった。いや、本当に忘れてない。思い出すのに時間が掛かっただけだ。そういえばバーロの本名って新一だった。

園子ちゃんは蘭ちゃんと一緒に家の掃除に来てくれたのだが、昴さんに遭遇し、なんか色々あって蘭ちゃんが巷で話題の紙飛行機野郎を捕まえに出て行ったらしい。なんて勇ましいんだ。

話の途中で家の電話が鳴る。昴さんとのアイコンタクトで私の方が近い位置にいたため受話器を取った。
若い男性の声で工藤新一をご指名だったので行方不明と答えた。バーロの客はこう言えば大抵は諦めてくれるのだが、今回の相手は中々厄介なようで、私には通じない高次元の話をし始めた。

「はぁ、推理ミス……はぁ……?はい、そうですか…さよならー」

まだ何か聞こえたが問答無用で受話器を置く。その様子を訝しんだ園子ちゃんに何だったの?と聞かれる。

「なんか一年前に東奥穂村…?で工藤がどーのこーの言ってたんだけど、よくわかんなかったから切った」
「あんたちょっと酷すぎない?」

評判落ちるのは工藤新一だからへーきへーき。

pumps