シャアが来る

朝から釣りに出掛け、大漁だと大喜びで博士の家まで帰ってきた少年探偵団を出迎えたのは私だった。家主である博士は、故障した自動ハムエッグ作り機の修理で近隣の家へ走り回り、未だに帰ってこないからだ。
博士の代わりに昴さんが子供達を迎えに行ってくれたのだが、その彼に阿笠家の鍵を渡すのを忘れていたので私が留守番をさせられていた。

「これぜーんぶ歩美たちが釣ったんだよ!」
「へぇ、すごいね」
「昴のにーちゃんが料理してくれるってよ!」
「お腹空いたもんね」
「あと殺人事件を解決しました!」
「さらっと言うよねぇ」

また人が死んでいたのか。
そうだよね、江戸川さんが遠出して何も起きないはずないもんね。
人によってはトラウマになりかねない出来事のはずだが、魚の話できゃっきゃっ!と喜ぶ子供達が恐ろしい。きっと明日が休みで今夜は皆泊まっていくからテンションが高いのだろう。そう思いたい。

「哀さんどこ行くの?」

魚を捌くために台所に集まる皆からこっそり離れて廊下へ出る哀さんに気が付き、声をかけると「静かにして」と言わんばかりに口元で指を立てる動作をした。
皆は魚に夢中でこちらに気が付いていないようだった。ちらり、と昴さんに視線を向けると哀さんは「あなたはあの人をどう思う?」と聞いてきた。園子ちゃんと同じような質問だが、彼女と違って警戒している様子が滲んでいた。

「えっと、お母さんだと思う」
「はぁ!?バカなの!?」

怒られちゃった…。
人見知りなのかと思って安心させてあげるつもりだったのだが、この答えはダメみたいだ。もっと用心なさい!とまで言われる。
いや、私だって彼から母性を感じているわけではないけれど。家での役割がお母さんとほぼ同じっていうか。
と説明すれば哀さんは深いため息をついた後、一人で部屋へ戻ってしまった。皆には「疲れたから少し寝る」と伝えてくれと言われたが、その本心は昴さんの近くに居たくないという事らしい。
わかるよ、私も一番最初は本当に嫌だったもん。

哀さんを見送り、台所の方へ戻ると既に何匹か捌き終わっていた。予想外の手際の良さに、この人成長している…!と思った。
確かに毎週お母さん(本物)の料理講座を受講しているけど、元々手先が器用な人なんだろう。最初から包丁の扱いはちゃんとしていた。

とは言え、彼はまだ料理初心者。博士の家の台所も初めてで勝手がわからないだろう。
ここは先輩の私が助けてあげなきゃ、と腕捲りをする。
そんな私の姿を見て江戸川さんが「どうした?」と首を傾げた。
エプロンを探しながら、手伝おうと思ってと答えればお子様達の驚きの声が重なった。

「さっちゃんに包丁は危ないよ!」
「いや、危ないってそんな…」
「歩美の言う通りだ。早希子、オメーは指なくなるからやめとけ」
「はぁ〜?私だって魚くらい捌けるしぃ〜!」
「さっちゃんさん、そういうの大丈夫ですよ!」
「俺達は早希子の良いところ分かってっからよ!」
「それ何のフォローなの?」

なんだこいつら失礼すぎないか。私が台所に立つことより今日起きた殺人事件に驚けよ。
騒いでいると台所の昴さんが「どうしたんですか?」と鍋を取り出しながらこちらを見た。

「昴の兄ちゃん!早希子が危ねぇ!」
「さっちゃんさんが包丁を使うって言うんです!止めてください!」
「さっちゃん死んじゃうよ!」
「その辺でやめないと温厚な私も怒るよ!?」
「もう怒ってんじゃん」

江戸川さんの冷静なツッコミは無視して引き出しから力任せにエプロンを引っ張り出す。私の実力に恐れ戦くがいいわ少年探偵団め!
博士のエプロンなのでサイズが合わず、上手く調整できずにまごついていると昴さんが代わりにやってくれた。ありがとお母さん。

「あのね、包丁を使うときは猫さんの手をするんだよ!」
「任せて。私ほど猫の手が上手い人間はいないから」
「何言ってんだお前」
「ちょっとコナン君静かに!」
「うるせぇと早希子が死ぬぜ!」
「死なねーよ!」

お前らの方がうるせーわ!と心の中で叫びながら、鱗の処理を終えた魚の頭を落とす。ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた気がする。
調理実習で鍛えた私の三枚下ろし見せてやるわ、と意気込んで包丁を入れる。イメージとは違う動きをした刃先が魚を押さえる手に当たった。

「いたっ!」
「大丈夫ですか?」

やばい、と考える前に包丁が当たった私の手を昴さんが取った。
何事もない、と思っていたがすぐに指からじんわりと血が滲んできた。同時に響く子供達の悲鳴。

「違う!待って、違う!これは本当に偶々!よりによって今このタイミングで運悪く失敗しただけなの!!」
「わかったわかった。昴さん、早希子姉ちゃん退場で」
「普段はホントに大丈夫なの!指切るのなんて一ヶ月振りとかなの!この前は大丈夫だったの!」

言い訳をする間、昴さんが手当てをしてくれていた。子供達はギブアーップ!と言いながらセコンド気取りで白いタオルを投げ込んだ。
どうしてみんな話を聞かないの!?

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