狼たちの午後

久しぶりに雪が降った日の午後。我が家にはお父さんが置いていった家族カードがあるのだが、それを好きに使うと明細をチェックしたバーロが煩いので私用の買い物をする時は自分のお小遣いで遣り繰りしなくてはいけない。
というわけでお金を下ろそうと銀行に来たのだが、何の約束もしていないというのに眼鏡の人と愉快な仲間達に遭遇してしまった。私の用は済んだので無視して帰ろうと思ったが、デカい声で「さっちゃんだぁー!」とか指差されたらもう立ち止まるしかない。あいつら無敵かよ。

少し話をしていたら、昼食を食べ過ぎたらしい小嶋先輩が腹痛を訴えたので胃薬を買いに行くという哀さんと博士にくっついて私も銀行を出る。このまま事件が起きる前に帰っちゃおう。
と考えていたら、前方から走ってくるジョディ先生と遭遇した。相変わらず人目を引く彼女は私達とすれ違ったことに気が付かず、銀行へ駆け込んだ。
まあ、そういう時もあるだろう。博士達と「考え事でもしていたんじゃない?」などと話しながら歩いていたらすぐ薬局に着いた。
店に寄らず帰るつもりだったが、丁度ニキビ用の薬が切れていたことを思い出し、私も中へ入った。折角博士がいるんだから買ってもらおう。

愛用の薬を取り、何気なく別の棚に目を向けた時、私はとんでもないものを見つけた。
これは……私が幼稚園児の頃、何度母に頼んでも買ってもらえなかったアレじゃないか。頭の片隅に封じられていた記憶が蘇り、懐かしさから思わず手に取る。

「私これ欲しい。博士買って」
「え?しかし早希子君、これは子供が薬を飲むためのもので……」
「欲しい!」
「し、仕方ないのぅ……」

押し付けるような形でやや強引に渡すと博士が胃薬と一緒にレジへ持っていってくれた。博士がいると自分の財布出さなくていいから嬉しい。これで事件遭遇率が高くなければ最高なんだけどな。
横で見ていた哀さんが呆れた表情で「あなたって子は…」とため息をついた。


今度こそ家に帰ろうと思い、薬局を出るとほんの数十メートル先にある銀行は先程とは打って変わって何やら妙な雰囲気に包まれていた。

「おや、どうかしましたか?」

出入り口で何故か中に入らず立ち尽くしている人達に向かって博士がそう尋ねると眼鏡をかけた男性が「そ、それが……」と困惑した表情で振り向いた。

「鍵が閉まってて……それに変なんですよ、中の様子が」

言いかけたところで、シャッターが降りる。当然まだ営業時間中である。
中にまだ沢山のお客さんがいるはずなのに入り口の鍵が掛かって、さらにはシャッターまで閉まって、完全に中の様子が窺えなくなる。つまりこれはアレだ、銀行強盗だ。



通報により到着した警察が銀行周りを取り囲み、規制線が張られる。後ろには私達を含めて野次馬が沢山。

「子供達は大丈夫かのぅ…」
「大丈夫でしょ。あの子達イタリアの強盗団倒したことあるんだから」
「あら、そうなの?」
「そうだよ、強盗に造詣が深いの」
「そんな評価の仕方初めて聞いたわ」

哀さんは厳しい表情をしたまま言う。中にいる皆が気になるんだろう。博士もおろおろと不安そうだが、私はそんなに心配していなかった。
イタリアの強盗団を倒した実績もあるし、何より目的によるとは思うが、要求を出す前から人質をバンバン殺していく銀行強盗というのは中々聞かない。そのため現時点では余程のことがない限り江戸川さん達が殺されることはないだろう。でも余程のことするのが江戸川さんだからあいつはもう死んでるかもな。

暫く待ち続けるが、中にいるはずの強盗犯からは依然として何の要求も出なかった。警察に包囲されていることには気づいているはずなのに状況は変わらず。
哀さんはただ立て籠っているだけなんて妙だと語るが、私はそんなの警察が考えることだと思っているので一人爪を弾く。なんか飽きてきたな。

「ねえ、今日の私いつもとちょっと違うんだけどわかる?」
「え?う〜む?」
「前髪の分け目が違うんでしょ」

悩む博士とは対照的に、すぐさま正解を答えた哀さんはため息をついた。

「分け目が違う私ってどう?可愛い?」
「貴女はいつも可愛いから大丈夫よ」
「ええ〜!そう思う〜!?」
「そう思うから静かにしててちょうだい」
「はい……」

若干の怒気が含まれた声色に恐れをなした私は静かに頷いた。呑気なのは私だけみたい。でも中に江戸川いるし……いや江戸川がいるから問題なのか。
銀行内に電話をかけているものの反応はなし。突入準備が整ったところで店内から何かが破壊されるような妙な音が響いた。爆発音のようで、周囲がどよめく。
その後聞こえてきた銃声を切っ掛けに機動隊が中へ踏み込み、なんやかんやで解決した。

江戸川さんと子供達は当然のように五体満足で出てきたかと思えば「やってやったぜ!」と得意気に胸を張った。なんだこいつら、と思ったら銀行内で一緒だったジョディ先生もやってきて、事件の詳細を語ってくれた。やっぱり強盗の計画は江戸川さん達が潰したらしい。もう驚かないよ私は。

「まあ当然の結果ね……江戸川君とFBIの捜査官がいたんだもの」

ジョディ先生を見ながら哀さんが言う。その言葉にはめちゃくちゃ驚いた。

「ジョディ先生ってFBIなの!?」
「えっ」

ジョディ先生が「あ、やべ」みたいな顔でこちらを見た。何その顔!?

「あれ、お前知らなかったっけ」
「そ、そんな知ってて当たり前の情報なの!?」

江戸川さんが首を傾げる。聞いてない聞いてない。私の中のジョディ先生は“ちょっと怪しいエロい女教師”のまま更新されてないんだが、いつFBI捜査官って設定が足されたんだ?正義の忍びの者じゃん。
この話を知らなかったのは私だけでなく、あゆみん達少年探偵団も不思議そうな顔で「ジョディ先生って英語の先生だったよね?」と本人に聞いた。

「もしかしてなりきりですか……?」
「元太君もよく仮面ヤイバーになりきってるもんね?」

あゆみんがそう言うと小嶋先輩が少し恥ずかしそうにした。いや、江戸川さんと哀さんの反応からして、なりきりじゃなくてガチでしょと思ったが、なりきりと思われた方が都合が良いのかジョディ先生は「そうよ、なりきりよ……」と肯定した。

「とはいえ、あまり口外しないでもらえると助かるんだけど……ほら、私大人だから、恥ずかしいじゃない?」
「ジョディ先生なんか日本語ペラペラじゃない!?」
「え、ああ!勉強したのよ!」

へえー、頭の良い人は違うんだなぁ。

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