怪盗1412号

「さっちゃん!こっちこっち〜」

雨の中、傘を差してこちらに手を振る園子ちゃんと蘭ちゃんを見つけて手を振り返す。
場所は園子ちゃんの伯父さんがやっている鈴木大博物館。生憎の天気だったが、博物館の入り口は中へ入ろうとする人達で大行列が出来ていた。
現在この博物館では龍馬展というものが開催されているので並んでいる人達の殆どはそれ目当て……ではなく、今日の20時にここへ来ると予告状を出した怪盗キッドを見にきたのだろう。
私は怪盗キッドにも坂本龍馬にも全く興味はなかったが、その二名に興味津々な生粋のミーハー女子高生園子ちゃんに誘われたので折角だからと重い腰を上げてやってきた。
お待たせ〜と言いながら園子ちゃんと蘭ちゃんの所へ向かうが、その後ろに小さな眼鏡がいることに気付いて思わず顔を顰める。

「なんで江戸川さんもいるの?」
「も〜、そんなこと言わないの」

嫌がる私を蘭ちゃんが諫める。側に寄るまで小さくて見えなかったが、今日は江戸川さんも来ていたようだ。
江戸川さんは私の発言にちょっとムッとした顔をしたが、蘭ちゃんと園子ちゃんの前だからか応戦してこなかった。

「ふーん、あんた達仲悪いんだ」
「超険悪だよ。どっちかが死んだら残った方を疑ってほしい」
「だから、そんなこと言わないの!」

あまりにも不謹慎な冗談に蘭ちゃんがちょっと怒ったような声を出す。流石に悪いと思ったので謝っておいた。



園子ちゃんのコネで並ばずに館内へ入った私達を待ち構えていたのは、空港の搭乗口に設置されているような大掛かりなゲートだった。龍馬展をやっている展示場へ入るには、絶対にここを通らないといけないらしい。

「なにこれ?」
「これね、コナン君の案なのよ」
「昨日の今日だってのに、流石おじ様ね」

園子ちゃんによると私以外の三人は昨日もここへ来ていたらしいのだが、その時届いたキッドの予告状に『ピストルを持参して』と書かれていたので、江戸川さんが「金属を見つけるゲートを置けば?」と無邪気に提案して急遽設置されたらしい。江戸川さんが鈴木財閥相談役に与える影響力強すぎる。
やべぇなこいつ……各界に着々と味方を増やしてやがる……と前を歩く江戸川さんに続いてゲートをくぐる。
江戸川さんはきょろきょろと辺りを見回し、すぐそこのトイレを覗いたかと思えば受付もしないで後から来る来場者を眺めていた。下見に来た泥棒みたい。ウケる。

「わっ、何?この人数……」

キッドが来る予告時間より二時間も前だが、展示場の中はとんでもない混み具合だった。観覧は10分まで、とアナウンスされているが皆キッドを待っているのか誰も出ていかない。そのせいでこの混み様らしい。
ちなみに園子ちゃんの話では今回のキッドは物を盗みに来るのではなく、昭和の女二十面相と言われた大盗賊が盗ったものを返しに来るそうだ。どういう繋がり?意味わかんね〜。
熱く盛り上がる園子ちゃんに対して私と同じように薄い反応だった江戸川さんは「トイレに行くから先に入ってて!」といなくなってしまった。
とりあえず三人で中へ入るが、とてもじゃないが展示物など見れそうにない。

「すごい混み様だね……」
「まるでバーゲンセール……きゃっ」
「園子ちゃん?……あっ!」

園子ちゃんが後方の人に押されて倒れる姿が見えたが、駆け寄ろうとした私の身体も横へと押される。そのまま人の波にさらわれ、あっという間に二人とはぐれてしまう。なんてこった、私が紙より薄くて軽いせいでこんなことに。

「痛い!」

元いた場所へ戻ろうとすると誰かに足を踏まれた。駄目だ、ここは危険すぎる。
一旦外に出たい、と思っても身動きが取れない。周囲は大人ばかりで中学生の私では体格からして不利だ。下手したら潰されるかもしれない。どうしよう、と困っていると誰かにグイッと腕を引っ張られた。

「おい、大丈夫か?」
「え………?」

声をかけられ、そのまま比較的人の少ない壁際まで連れて行かれる。
突然のことに私は理解できずに固まった。急に腕を引っ張られたことだけでなく、引っ張った人物がここにいるはずのない人だったからだ。
気をつけろよ、とめちゃくちゃ見覚えのある顔にめちゃくちゃ聞き覚えのある声で注意される。

「お、お兄ちゃん!?」
「へ?」

そこには黒のタートルネックに帽子を深く被った工藤新一がいた。そう、私を人混みから救い出してくれた人物はどこからどう見ても間違いなくバーロだった。
さっきまで江戸川だったのに、今はバーロ……?混乱しながら「何してんの……!?」と聞くと目の前のバーロは「お兄ちゃん……?」と首を傾げた後、パタパタと手を横に振った。

「いや、人違いだって」
「嘘つけ声まで同じでよく言うわ!」

てめぇ〜なんだその格好!帽子取れ帽子!
頭に手を伸ばすとお兄ちゃんは「なんだよ!?やめろって!」と必死に抵抗する。

「そんな格好で!何のつもり!?」
「だから人違いだって!俺に生き別れの妹なんていないし……」
「生き別れてないし!さっきまで一緒にいたし!」
「さっきまで一緒にいてこのテンションなのかよ!?」

お兄ちゃんは何故か物凄く驚いていた。人が多くて騒がしいとはいえ、大きな声を出しすぎたせいか近くにいた数人の視線がこちらを向く。
珍しく注目されたくないのか、お兄ちゃんは「静かに、…静かに!」と指を立てた。

「またお酒飲んだの?」
「いや、飲める歳じゃねーし……」
「知ってるよ」
「じゃあ止めろよ」

止めたって元に戻れるなら飲むじゃん。そういう奴じゃん。
しかし、よく考えたら普通にお酒を飲んでも元には戻れなかった気がする。酒じゃないとなると……学園祭の時と同じパターンか?

「薬……?さては例の薬だね!またやったな!吐け!」
「やってねーよ……本当に……そんなの手出してない」

問い詰めると訳がわからない、といった顔で首を横に振る。何だこの反応。なんでさっきから別人のフリしてんだ?

「とにかく一緒に行こ。蘭ちゃんには私から上手く言ってあげるから」
「何を言うんだよ。………あっ!」

お兄ちゃんが急に大きな声を上げたかと思えば、バッと私の後ろを指さす。驚いて振り向くがそこには何もない。あ!
すぐにハッとしてお兄ちゃんの方へ向き直ると慌てて人混みへ紛れようとする後ろ姿だけが見えた。逃げやがった!こんな古典的な方法に引っかかるなんて!

「逃げるな卑怯者!逃げるなァ!煉獄さんは負けてない!お前の負けだ!」

そう叫ぶとちょっと離れたところから「誰!?」というバーロの声が聞こえてくる。そこだな!と追いかけようとするも人が多すぎてうまく進めない。それでも諦めきれず、無理矢理進もうと足を動かすと何かに躓いて転んでしまった。い、痛い。
その場から立ち上がれないでいると「大丈夫?」と近くにいた人が声をかけてくれたが、色々な思いが込み上がってきて何も返せなかった。お兄ちゃんはどこにもいない。じんわりと涙が浮かんでくる。

「うう……お兄ちゃん………」
「何してんだお前」
「えっ……」

聞き覚えのある子供の声に顔を向けるとそこには江戸川さんがいた。江戸川!?江戸川じゃないか!
じっ、と顔を見ると「泣いてんのか?」とちょっと心配そうに聞いてくる。

「もう効果切れたの…?」
「何の話?」

きょとんとしている江戸川さんに首を傾げる。
その直後、私達を見つけてくれた蘭ちゃんと園子ちゃんに腕を引っ張られた。人が多すぎてこのままだと潰されちゃうから、と四人で展示場の外へ出る。
状況が飲み込めず、江戸川さんに「元に戻る薬飲んだの?」と耳打ちしたら「何も飲んでねーよ」と返ってきた。訳がわからん。

「さっちゃん、どうしたの?変な顔して」
「いや、中にお兄ちゃんがいたと思ったけど……違うっぽい……?」

江戸川さんを見ながら言うと呆れた目で「それ絶対人違いだよ」と返される。本人はこう言ってるけど、納得がいかない。人違いで済ますには似すぎていた。

「新一君のそっくりさんなら私と蘭も前に見たことあるわよ」

園子ちゃんがそう言うと蘭ちゃんも頷く。江戸川さんも心当たりがあるのか「別に似てなかったと思うよ」と拗ねたように言った。
え、工藤新一のそっくりさんってそんなに普通にいるもんなんだ。じゃあマジで人違いだったの?

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