おむすびころりん

ある日のこと、博士の家でアイスを食べながらのんびり映画を観ていたら、いつの間にか外は真っ暗になっていた。別にすぐ隣だし、どれだけ遅くなっても何の問題もなく帰れるのだが阿笠邸はほぼ自宅のようなものなので、完全にリラックスしていた私の身体はソファーから動くことを拒否している。帰るの面倒くさいな。
もう今日は泊まっていこうかな、と考えているとこんな時間だというのに江戸川さんがやってきた。



「来週からイギリスに行く!?」

博士が驚いて声を上げる。江戸川さんは興奮さめやらぬ様子でここに辿り着くまでの経緯を語った。
なんでも、ポアロでおじさんと蘭ちゃんと食事をしていたらパフェのイチゴを床に落として、どこからか店内に入り込んだ猫がそのイチゴで遊び出したらしい。実はその猫はとあるお金持ちのおばさまの飼い猫だったらしく、いなくなって困っていたところを江戸川さん達が見つけてくれたという話になり、なんか色々意気投合してお礼に彼女が暮らしているロンドンへ招待してくれることになったそうだ。

「何そのおむすびころりんみたいな話」
「言うほどおむすびころりんか?」

おむすびころりんってこういう話じゃなかったっけ?と確認を取る私を無視して江戸川さんはガンガン話を進める。
来週は丁度記念日と土日が重なって高校も小学校も四連休。旅費も宿泊費もおばさまが全額負担してくれるらしく、おじさんと蘭ちゃんもノリノリらしい。

「いいな〜、私もポアロでイチゴ落とそうかな」
「迷惑だからやめとけって」

江戸川さんが満面の笑みで言う。声に嬉しさが滲み出ちゃってるよ。
ロンドンといえばホームズの聖地だが、幼い頃から家族で海外へ行きまくっていた私達兄妹は、まだロンドンへは行ったことがなかった。江戸川さんはこの嬉しさを共有できる相手を求めて阿笠家へ来たわけだ。
嬉々とした表情で行きたい場所を語る江戸川さんを見てもう一度「いいな〜」と呟く。

「なんだよ、別にオメーはロンドンにもホームズにも興味ねーだろ?」
「興味はないけど私より幸せそうな江戸川さんを見るのはムカつく」
「俺にどうしろと……」

まあまあ、と博士が間に入る。浮かれた江戸川さんを現実に引き戻したのはここまで黙って話を聞いていた哀さんだった。

「それよりあなた大丈夫なの?パスポート……」
「あ………」

その一言で江戸川さんは顔色を変えた。次いで「忘れてた〜!」と叫ぶと哀さんが自分の立場(存在しない人間であること)を忘れてはしゃいでいた江戸川さんに説教をする。

「や〜い!バ〜カ!バ〜カ!!」
「うるせぇ!なあ、博士なんとかならねーか?パスポートを偽造するとかよー!」
「バカ言え!犯罪じゃぞ!」

すごいこと言うじゃん。
流石の私も江戸川さんの口から出た衝撃発言にちょっと引いてると哀さんが助け舟を出した。それは出入国の時だけ例の薬で一時的に元の姿に戻るというものだった。なるほど、出国審査は工藤新一でパスして実際の旅行は江戸川コナンで蘭ちゃん達と楽しむのか。凄い方法。
その妙案に江戸川さんは飛びつき、更には何かあった時のサポート役として事情を知る博士が一緒に着いていくことになった。

「中学も四連休じゃろ?どうせなら早希子君も一緒に…」
「絶対に行かない」

断固拒否する。
昔ならいざしらず、今の超ハイペースで事件に巻き込まれる江戸川さんと海外旅行とかゾッとするわ。

「江戸川さんと海外なんて……まず飛行機がハイジャックされるじゃん?」
「されねーよ」
「空港で爆弾騒ぎが起きるじゃん?」
「起きねーよ」
「ライヘンバッハの滝に江戸川さんは落ちるじゃん?」
「落ちねーよ!」

騒ぐ江戸川さんを無視して「生きて帰ってきてね」と博士の手を握る。もしかしたら今生の別れになるかも、と思うと力が入った。
その横で哀さんが再び薬の使用について注意をする。渡す薬は行きと帰りの計二錠。約24時間で効果が切れるので入国審査後に江戸川の姿に戻れるよう逆算して飲むように、と念を押した。

「でも、いいのかよ。博士も連れて行っちまって」
「ええ…私はその間吉田さんの家に泊めてもらうから」
「え、なんで?うちに泊まればいーじゃん」
「いけるわけないでしょ……!あの人がいるのよ?」
「あの人?」

聞き返すと哀さんは「あなたの家の怪しい男」とむっとした顔で続けた。そっか、昴さんのことあまり好きじゃないんだっけ?

「怪しい男って……別に昴さんは悪い人じゃねーって。な、早希子?」
「うん。でも哀さんの気持ちはわかるよ。私も一緒に暮らすってなったとき本当に嫌だったもん」

悪い人ではないことには同意するが、一緒にいたくないという哀さんの気持ちもわかる。
うんうん頷くと哀さんは「工藤さん…」と少し意外そうに私を見た。わかる、私だってわかるよ。

「昴さんはね……夜更かしすると私が朝起きれなくなるからって23時には家中の電気消して回るし、掃除とかめんどくさいことは全部やってくれるから私がやることなくなっちゃうし、宿題見てくれるから最近担任の先生にもどういう心境の変化……?って心配されちゃうし、虫が出たらすぐ退治してくれるから私は虫に慣れないままだし、私がケーキ食べたいって言いながら学校行って帰ると必ずケーキ買ってきてくれてるから太るし」
「すげえ良い人じゃん。なんで急に昴さんのこと褒めてんだお前」

大変だ、全部褒め言葉になってる。

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