セイラ出撃

つい最近、世良真純という女探偵が帝丹高校に転校してきたらしい。

夜に江戸川さんから珍しく電話がかかってきたと思ったら、新たな探偵参戦のお知らせだった。別にそんなの一々知らせなくていいのにと思ったが、その女探偵は何故か初めから江戸川さんの名前や探偵を自称していることを知っていたらしく、工藤新一にも興味を示して蘭ちゃん達に色々と聞いているそうだ。
物凄く怪しいというわけではないがちょっと気になるので、もし彼女と会うことがあって工藤新一や江戸川コナンの話を聞かれても答えるな、と釘を刺される。つまりこれは迂闊で口が軽すぎる私への注意喚起の電話だ。ジョディ先生パターンね、ハイハイと適当に聞き流す。じゃあまた好きな食べ物の話でもするか。

江戸川さんと約束をして電話を切るとすぐにまた着信音が鳴る。今度は蘭ちゃんだった。
何事かと思えば次の休みに服部先輩と和葉ちゃんが毛利探偵事務所へやって来るらしい。
その話と私にどう関係が?と言うと蘭ちゃんは困ったように笑いながらお土産もらえるかもよ、と言った。

『二人は東京に知り合いも少ないし、さっちゃんも久々に会いたいでしょ』

和葉ちゃんはともかく服部先輩は別に………?何ならうるさいし意外とバカだし面倒くさいことしか言わないので会いたくない部類なのだが、和葉ちゃんは別だし、お土産があるならそれは欲しい。
ということで、次の休みは久し振りに毛利探偵事務所へ行くことになった。


***

「あー!!」

探偵事務所の扉を開いてすぐ、私を見て嬉しそうな声を上げた人がいた。その姿を見て固まる。

「君、工藤君の妹の早希子ちゃんだろ!」

肯定する前に駆け寄ってきたその人は「やっと会えた!」と私の手を取った。
癖っ毛のショートカットで、背は蘭ちゃんと変わらないが、一見しただけだと性別はわからない。しかし声色から考えると“ボーイッシュな女の子”で間違いないだろう。
彼女に手を握られたまま私はずっと固まっていた。手を握られ、手を……手……!?意識した途端、じんわりと自分の手のひらに汗がたまる。

「すぐわかったよ。思ってた通りすごく可愛いからさ」

そう言って彼女はウインクをする。
と、同時に私は自分の顔が熱を持ってみるみる赤くなっていくことに気が付いた。

「ボクは世良真純。よろしくな」

世良さんは笑うと八重歯が見えた。
頭が真っ白になり上手く言葉が紡げなかった私は、あわ、あわわ……と焦りながら、すぐそこで不思議そうにこちらを見ている蘭ちゃんの後ろに隠れた。「やだ、なぁに?」と私を前に出そうとする蘭ちゃんの耳元でこそっと伝える。

「え?もう……“工藤早希子です、中学3年生です”だって」
「何照れてんだ?かーわいい」

蘭ちゃんが私の挨拶を代わりに伝えると世良さんは明るく笑った。この人が……この人が噂の世良真純さん……!?
直視できずに蘭ちゃんの後ろからこっそり盗み見る。めちゃくちゃカッコイイ……何この人……カッコ良すぎる……!何この人!?
状況についていけず、おじさんと一緒になってぽかん、としている江戸川さんを睨む。なんで電話でイケメンだって教えてくれなかったの!?ちゃんと情報共有しろよ! 
心の中でそう叫びつつ胸を押さえた。さっきから動悸がする。死ぬかもしれない。

「でも会えて本当に良かったよ。君には色々聞きたいことがあったんだ。お兄さんのこととかね」

そう言いながら世良さんはちら、と江戸川さんの方を見た。
しかしすぐにこちらに向き直ると私の肩に手を回して囁いた。

「教えてくれるよね?早希子」
「はい………喜んで……」
「早希子姉ちゃん!?」

至近距離で見る世良さんがあまりにもカッコ良すぎるので涙目で頷き「家の鍵も渡します……」と鞄から鍵を取り出そうとすれば江戸川さんに「駄目だよ!」と必死に止められた。止めるな江戸川、私は恋に生きるんだ。




世良さんの過剰摂取で私が途中で呼吸困難になり、喋れなくなったことで場の話題はこのあと来る予定の服部先輩に移った。
大阪府警本部長の息子で本人曰く高校生探偵として西の服部、東の工藤と並び称されているらしいと蘭ちゃんが世良さんに教える。確かに探偵甲子園の時も本人がそんな感じのこと言ってたっけ。
服部先輩が何をしに来るのかは蘭ちゃんも知らないようで、おじさんは新聞を広げながら「どーせまたややこしい事件でも持ってくんだろ」と呆れたように言った。

「こっちも暇じゃねえってのにな。ったく、西と東で仲良く探偵ごっこしてろよ…」

どう見ても暇そうなおじさん(ネクタイゆるゆる、吸い殻だらけの灰皿、ビールの空き缶あり)の言葉を聞いて世良さんは何かを思いついたような顔をした。

「じゃあぶっちゃけ西と東……どっちが名探偵なんだ?」

その質問に、蘭ちゃんが少し困ったように「同じだと思うけど……」と返す横で江戸川さんが「あえて言うなら…東の……」とニヤつきながら答えると物凄い勢いで探偵事務所のドアが開いた。

「この西の高校生探偵、服部平次の方がめちゃめちゃ上やっちゅうんじゃボケ!!!」

うわ、来た。
ブチ切れながら入ってきた服部先輩は、私達の話を立ち聞きしていたらしく「勝手なことぬかしよってからに……」と江戸川さんを睨んだ。

「って言ってるけど、早希子はどう思う?」
「世良さんがナンバーワンです」
「アホ抜かすなボケ!」

世良さんに見つめられて真実を答える私に「こォのガキィ……!」と服部先輩がメンチを切ってきた。本当に柄悪い。
服部先輩も世良さんについて江戸川さんから聞いていたようで例の女探偵はどこや?と本人の目の前できょろきょろする。一見して性別がわからなかったらしい。
蘭ちゃんから軽く紹介を受けた後、デリカシーのない服部先輩が世良さんに対して中々失礼なことを言い出したのでムッとして咄嗟に口を挟む。

「世良さんに失礼なこと言わないでください!」

この色黒お喋り関西人め!立ちはだかった私を見て服部先輩は「あ?」と眉を上げた後、後ろの世良さんと私を交互に見た。

「なんやお前、こういうのが好みやったんか」

と言って世良さんをジロジロ眺める服部先輩の隣に行き「すっごい好き……」と耳打ちしたら「なんで小声やねん」と呆れた顔で言われた。なんでって聞こえたら恥ずかしいじゃん。
世良さんが「何?」と尋ねてくると口の軽い服部先輩は「コイツがあんたのこと好きやって」とすぐバラした。

「へぇ、嬉しいな!ボクも早希子みたいな可愛い子、大好きだよ」
「カハッ…………!!」
「どないした工藤妹ォ!?」

とんでもない衝撃を受けて立っていられなくなり、胸を押さえながらその場に仰向けで倒れると服部先輩の慌てた声が探偵事務所内に響いた。

「しっかりせぇ!おい……おい!」

一切動かず、目を開くことも出来ない私を抱えたまま服部先輩は「撃たれたんか!?」と狙撃手の存在を疑った。撃たれたよ、異次元の狙撃手にな。

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