セイラ出撃2

服部先輩とは別行動でファミレスに来ていた和葉ちゃんから「殺人事件が起きて外に出られへん!」という電話を受け取り、色々あって私達は急遽現場へと直行した。
ファミレスの周辺は完全に封鎖されていて、食事をしにきた人達は警察に追い返されていた。今日はもう営業どころではないだろう。
普通に考えたら私達も中へ入れるわけがないのだが、おじさんの顔を見るなり背筋を伸ばした警察官に「目暮警部に呼ばれたんですね!どうぞ!」と入店を許される。おじさんに続く江戸川さん、服部先輩、世良さん、蘭ちゃん、私。
おじさんはわかるけど私達もいいんだ。普通に江戸川さんから後は止められるかと思ったのに「皆さん関係者ですよね?」みたいな顔で通されてビビる。止めろよ、新人か?おじさん含めて全員ただの野次馬だよ。

店内にいた和葉ちゃんと合流し、事件のあらましを聞く。死体が見つかったのはファミレスのトイレで、第一発見者の外国人が念のため客は一人も外に出すなと指示したため、偶然居合わせた和葉ちゃんはこの店に閉じ込められてしまったわけだ。
やけに現場慣れした外国人だと思ったら、旅行中のFBI捜査官らしい。アンドレ・キャメルというその捜査官と江戸川さんや蘭ちゃんは知り合いのようだが、英語教師をやっていたジョディ先生はともかくどんな日常生活を送ったらこんな強面のFBI捜査官と知り合いになれるんだ?みんなこの小一が異常なことに早く気づいてくれ。

目暮警部の計らいで遅れてやってきた我々も現場のトイレへ入れることになった。おじさん、服部先輩と共に当然のように江戸川さんが着いていくとナンバーワン高校生探偵の世良さんもあとに続く。

「世良さんが行くなら私も……」
「さっちゃんは探偵じゃないんだし、ここで待ってたら?」
「せや、死体なんて見るもんやないで」

一緒に行こうとしたら蘭ちゃんと和葉ちゃんにめちゃくちゃ常識的なことを言われて止められてしまった。
え、江戸川さんは………?中学生の私が駄目で小学生の江戸川さんがスルーされる理由は……?
納得出来なくて聞いたら「コナン君は時々面白い発見をするじゃない?」「それに死体は平次やおっちゃんが見せへんよ〜」と言われてしまった。ガンガン見てるよあいつは。下手したら触ってるぞ。急に常識をなくさないでくれ。
流石に面白い発見もできず探偵でもない私が『世良さんの勇姿を見たい』という理由だけで現場へ踏み込むことはできないようだ。渋々従い、二人と共にトイレから近いレジの側で待つ。



「お腹空いたなぁ……」

探偵組が現場へ入ってからそこそこ時間が経った頃、暇潰しに残った三人でメニューを見ていると和葉ちゃんがそう言った。

「まだ平次らかかるんやろか……」
「かも……メニュー見てるとヨダレ出てきそうでやばいね」

お腹を押さえる蘭ちゃんに「ほんならアメちゃんいる?」と和葉ちゃんが飴玉を差し出す。「ハイ、さっちゃんも!」と私にもくれたのでお礼を言って早速口に入れた。確かに私達お昼食べてないんだよな、とランチメニューを眺める。
店内は外へ出られないお客さん達が仕方なく食事を続けていたり、席を離れて黄色いバリケードテープの向こうの様子を窺っていたり。
そのうち目暮警部達が現場のトイレから出てくると数人のお客さんに話を聞き出した。人を選んでいるようなので捜査に多少動きがあったようだ。でも世良さん達は出てこないのでまだ中で話してるみたい。

私達は立って待つのも疲れる、という理由で店員さんに断りを入れてから空いてる席に座ることにした。
暫く話してるとおじさんが頭を搔きながらやってきたので捜査状況を聞く。一応容疑者は関西弁の男性で、アリバイのない三人まで絞れたようだ。
席についたおじさんは、近くにいた店員さんを呼ぶと容疑者三人について何か覚えていることはないかと聞く。とはいえ混雑時に特定の客の様子など気に留める余裕もなく、せいぜい三人が注文した料理がわかったくらいだった。

「しっかし腹減ったな……なんか食うか」

メニューを見ながら放たれたおじさんの発言に耳を疑う。
すごいこと言う……。いや、確かにお腹は空いたけどさ、ここのトイレで人が死んでるんだぞ。犯人はまだ捕まってないんだぞ。

「あ、ほんなら皆で今聞いた料理注文せーへん?」
「いいね!それなら一応お父さんの推理のお手伝いって感じになるし」

なるかな……?困惑する私と違って和葉ちゃんと蘭ちゃんは反対するどころかノリノリだった。
そりゃ私も事件横目に一人で浜辺戻ってアサリ採ってたことあるけど、あの時とは状況が全然違うじゃん。
おじさんが容疑者のことを色々教えてくれた店員さんに料理を頼む。いやでもこの状況で店員さんが注文を受けるわけが……。

「かしこまりました。他にご注文はございますか?」

う、受けた。
人が一人死んでると言うのに注文を受けただと……?私達が頼んだメニューを復唱すると店員さんはすぐに厨房の方へ戻った。
いや、でもあの人は新人かもしれない。このあと厨房に戻って先輩から「断ってこい」って怒られるかもしれない。


「お待たせいたしました!塩ラーメンのお客様〜」

で、出てきた。
まあまあ素早い提供に震える。嘘だろ、捜査のまっ最中だってのに、ここの厨房は稼働しているのか。
この状況なら普通食事の提供はやめるだろ……被害者はトイレで死んでただけでファミレスの食事に毒が入ってたわけじゃないから問題ないとかそういうこと……?
店員さんは頼んだ品に間違いがないか確認した後「ごゆっくりどうぞ」と微笑んで下がっていった。何をわろてんねん。
殺人事件が発生しても笑顔を絶やさない店員さんのプロ意識の高さに圧倒される。このファミレスの教育やばい。これが働くってことなのか。


注文した料理は安価なだけでなく中々美味しかった。少し遅い昼食に舌鼓を打っていると目暮警部達と高校生探偵組がやってくる。真剣な表情の世良さんは本当にカッコイイ。
和葉ちゃんが声をかけると服部先輩は普通に食事を楽しんでる私達を見て唖然としていた。

「お前らオレらが必死こいて捜査してんのに呑気に飯食うてたんかい!!」

そりゃそう。そりゃ怒る。
切れ散らかす服部先輩に、蘭ちゃんがただ食べてるだけじゃないと言うとおじさんも頷き、和葉ちゃんがメニューの説明をする。容疑者が頼んだものと同じカレー、塩ラーメン、麻婆豆腐の三品だ。

「ほんで工藤妹のこれはなんや」
「これは私が食べたかったチキン南蛮定食です」
「ドタマかち割ったろかボケ!!!」

すごい暴言吐かれた。
そりゃ一人だけ全然関係ないもの注文してる私が悪かったとは思うけど、最初に食べようって言い出したのはおじさんなのに。
そこからなんか色々あって江戸川さんが工藤新一の指示と嘘をついて皆にしょっぱい味噌汁を飲ませ、ムカつく関西弁を使って容疑者三人の中から犯人を炙り出した。
その間、私はチキン南蛮定食を食べつつ江戸川さんの推理を見守る世良さんの横顔を楽しんだ。江戸川さんは最後に「新一兄ちゃんが言ってたよ!」って言えば何言っても大丈夫だと思ってる節がある。

***

無事に事件を解決して探偵事務所まで戻った後、服部先輩達が東京まで来た理由を話した。とある殺人事件の被害者の家へ行くのに一緒に来てほしい、とのことだ。
世良さんも行きたがったが何故か先輩に断られ、私と一緒に今日のところは帰ることになった。ナイスアシスト服部先輩。
結局、目当てのお土産は貰えなかったが、二人に会いに来たお陰で世良さんと出会うことができたので問題ない。別れ際、江戸川さんが「分かってるよな?」と言いたげな目を向けてきたので私は神妙な顔で頷いた。分かってる、ちゃんと連絡先交換するよ。



「へー、ご両親はずっと外国にいるんだ」

世良さんとの帰り道、家族のことを色々聞かれたのでこのくらいなら言っていいだろうと適当に判断して両親のことを教える。何なら蘭ちゃんがもう教えててもおかしくない。
お兄ちゃんのことも聞かれたが、とりあえずめっちゃウザいとだけ伝えたら「仲良くしろよな…」と割りと真剣なトーンで言われた。

「そういや、ちょっと小耳に挟んだんだけど、早希子の家に昴さんって人がいるんだろ?」

ふと、思い出したように世良さんが言った。誰が教えたんだろう、と思いつつも「ああ、お母さんね」と頷く。

「お母さん……?」
「昴さんは私のお母さんだよ」
「えっ、そうなのか!?」

世良さんは「知らなかったな……」と驚いていた。覚えて帰れば大丈夫。

「どういう人なんだ?優しいのか?」
「うん、夜ご飯によく私の好きな物出してくれるよ」
「ふーん」

私の言葉にちょっと意外そうな顔をするが「お母さんだもんな」と納得していた。
そうだ、好きな食べ物の話をしようと思ってたんだ。もっと掘り下げないと。

「あのね、私の好きな食べ物はね……」
「当ててやろうか?」

途中で遮ると世良さんはイタズラ好きの少年のような顔で笑う。私がその顔に見惚れていると世良さんは「うーん、そうだなぁ〜」と少しわざとらしく言った。

「早希子は……、エビとか好きだろ?」
「うん、大好き!」
「ホタルイカも好きだろ?」
「うん、うん……!」

すごい、何も言ってないのに当てた。
吃驚して「なんでわかるんですかぁ……?」とドキドキしながら聞くと世良さんはニッと笑って「そりゃあボクが探偵だからさ」と言った。これがナンバーワン高校生探偵。

「そうそう、今日履いてるそのミュール……」

言いながら世良さんは私の足元に目を向けた。私も釣られて視線を落とすと黒いミュールが目に入った。

「それも可愛いけど、早希子は明るい色の方が似合うよ。黄色いサンダル…とかね」

ちょっと意味ありげに笑ってウインクをする世良さんは最高だった。
私もう黄色いサンダルしか履けなくてもいいや。

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