赤い油性のシュウ

とある休日、少年探偵団のお子様達に誘われて今年で最後詐欺を繰り返しているゴメラ映画の新作を観た。その名も大怪獣ゴメラ野望篇。半年後には革命篇をやるらしい。

「面白かったね、さっちゃん!」
「うん、本当に怖かったね……」

あゆみんの言葉に青い顔で頷く。相変わらず敵キャラが怖かった。最初から最後まで怯えていたのは私だけで、少年探偵団は上映時間中ずっと食い入るようにスクリーンを観続け、終わった今も映画の内容で大盛り上がり。この子達はよくあんな恐ろしい映画をニコニコしながら観れるな?
夢に出てきそう、と若干ふらつきつつ「しっかりしなさい」と哀さんに手を引かれて博士の車まで行く。ファミレスでご飯でも食べて帰ろう、と言いながら博士が車のドアを開けるが、いつのまにか少年探偵団(本物の小一達)がいない。
ふと見ると小嶋先輩達は駐車場に停まっている他の車を覗いていた。江戸川さんも呼ばれて傍に行く。何か気になるものでもあったのだろうか。
ぼーっと眺めていると、江戸川さんは徐ろに助手席のドアを開いてその車に乗り込んだ。おっ、今日もイカれてんな。

「何だこのガキ!?勝手に人の車に乗ってんじゃねーよ!!」

まともな人が出てきた。
恐らく車の持ち主だと思われる眼鏡のお兄さんがやってきてそう言うと常識のない眼鏡の小学生は「車上荒らしだ!」と叫んだ。それは他人の車に乗り込んでいい理由にはならないんだよ。

***

車上荒らしにあった車は、江戸川さん達の知り合いの刑事の車だったらしい。千葉というその刑事さんは参ったような顔で交通部に連絡を取った。

「まーたあんた達……って、今日は知らない顔がいるわね」

千葉刑事の連絡を受けてやってきた婦警さんは私と目が合うとそう言った。当然のように江戸川さん達とは知り合いらしい。もう私は何も言わないよ。
由美さんと呼ばれた婦警さんは私を見ると「誰かのお姉ちゃん?」と聞いてきた。

「いいえ、無関係の中学生です」
「なんで無関係の中学生がいるのよ」

由美さんの至極真っ当なツッコミに他人事のように頷く。実際は江戸川の妹だけどそんなこと言うわけにいかないだろう。無関係なので帰ろうとしたら小学生達が私の前に出た。

「違うよ、さっちゃんだよ!」
「僕達の友達です!」
「つーか探偵だぞ!」
「何よ、最近は中学生探偵もいるの?」

いないよそんなもん。
という私の言葉はお子様達にきゃいきゃい騒がれて耳を塞ぐ由美さんには届かず、彼女は「ハイハイ、少年探偵団の友達の中学生探偵のさっちゃんね。わかったわかった」と煩わしそうな顔で言うと纏わりつくお子様達に向かって散れ散れ、と手を動かした。この人私と同じ面倒くさがりのニオイがする。


由美さん曰く今月はもう三件も同じ手口の車上荒らしが起きているそうだ。犯行には赤いスプレーが使用されているため“赤い油性のシュウ事件”と呼ばれている。
由美さんと一緒にいる婦警さんと千葉刑事についてお子様達がなんか色々言っていたが、私は早く帰りたくて仕方がなかった。被害者でもないし、犯人も見てないんだから私達いる意味なくない?
一人で歩いて帰ろうかな、と思っていると被害にあっているのはオタクの車ばかりと話す声が聞こえてきた。どうやってオタクの車と特定しているのかと思ったら、被害車両の写真を見た千葉刑事が「痛車かぁ」と呟いた。

「結構出来いいな…」
「ああ……魔法JK48のエモちゃんだ」
「…エモちゃん!?見せて見せて!」

その名前を聞いてすっ飛んでいくと私の勢いに押された千葉刑事が「ど、どうぞ」と写真を見せてくれる。引ったくるように奪ったその写真には確かにエモちゃんの痛車が写っていた。

「本当だー!可愛い!」
「えっ!知ってるのかい!?」

眼鏡をかけたお兄さん(千葉刑事の友達の常識人)が表情を明るくした。

「最近観始めました。私はルルちゃん推しなんですけど、エモちゃんも大好きです」
「ルルちゃんか〜!9話のロナ先輩とのタイマン観た!?」
「熱い回でしたよね〜!」
「あ、それはオレも観たけど作画凄くて吃驚したなぁ」
「ちょっと千葉君!女子中学生と盛り上がってんじゃないわよ!」

由美さんに「職務中でしょ!」と怒られた千葉刑事は「いや、非番なんですけど……」と困ったように返した。可哀想。
私のせいっぽいので素知らぬ顔で博士達のところへ戻ったら江戸川さんに「こいつ……」みたいな顔で見られた。そんなクズを見るような顔するなよ、妹だぞ。


その後、江戸川さんの提案で非番の千葉刑事も車上荒らしの捜査に加わることになった。それは別にどうでも良いけど、なんで私達は帰れないんだ?
何故だか私達は千葉刑事ともう一人の新人婦警さんとの恋の行方を見守っていた。これ何の時間?
さらには新たなる車上荒らしが発生。こりゃ忙しいから邪魔しないうちに帰らなきゃ、と思っていたら由美さんは私と江戸川さんにも事細かに情報を共有してくれた。何が起きてるんだ。ぶっちゃけ他の角度から撮った被害車両の写真とかどうでもいいんだが。
そういうの別に大丈夫なんで……と言ったら由美さんは「でもさっちゃんって探偵なんでしょ?」ときょとんとした顔をしていた。さっちゃんは探偵じゃないですね……。
仮にさっちゃんが探偵だとしても女子中学生と小学生と一般のおじさんが捜査にくっついてきている現状に何も言わないのはおかしいだろ。江戸川さんに関わったせいで由美さんもちょっと感覚バグってるな。


「それで?コナン君?そろそろその写真から何かわかったかな〜?」

借りた写真を眺める江戸川さんに、声色こそ優しいものの由美さんは若干苛ついた様子でそう言った。
容疑者はつい先程発生した車上荒らしの際、現場近くにいた三人にまで絞られた。
「この中の誰が犯人なの!?」と詰め寄る由美さんにバーロは何故かすっとぼけていた。なんだこいつ。

「じゃ、さっちゃん!探偵でしょ?どーなの?」
「いやぁ、さっちゃんは探偵じゃないので……」
「何謙遜してんのよ!しっかりしなさいよJC探偵!」

変な略称で呼ばないでほしい。
散々捜査情報を共有し、これまでの現場写真まで見せたのに何も言わない私達に我慢の限界が来たのか「あんた達まさか知ってて隠してんじゃないでしょうね!?」とキレられる。江戸川さんは多分わかってて隠してるけど私は本当に知らないのに……。
どうも今回の江戸川さんは事件の解決と同じくらい千葉刑事ともう一人の婦警さんの恋を進展させたくて仕方がないみたいだ。いつからこんな世話焼きお見合い探偵になったんだこいつ。

様々な事情が重なり由美さんが目に見えてイライラしてきたのを横目に、江戸川さんが千葉刑事にこそこそと何かを話し出す。その周りに集まる私達。江戸川さんの話はとりあえず容疑者三人は警察署で事情聴取をし、その間に痛車のプリントをした囮車両を用意。署から出てきた犯人を誘き出す、といったものだった。

「じゃ、じゃあ!プリントするのはルルちゃんがいい!」

挙手して小声で答えると「別になんでもいいけど」と言われたのでルルちゃんの痛車を作成することになった。やったー!
完成した痛車は動かす前に写真を撮らせてもらった。これは出来が良い。車上荒らしの犯人?私は無関係の中学生だから知らない。江戸川さんに聞いて。

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