探偵たちの夜想曲

『本日午後四時頃、米花町5丁目の毛利探偵事務所のトイレの中で男性が拳銃自殺をするというショッキングな事件が起こりました…』

ついに毛利探偵事務所で人が死んだ……。
自室でBGM代わりに点けていたテレビから衝撃的なニュースが流れた。あそこはなんだかんだ聖域というか、立て籠もり事件とかはあったらしいけどその時も皆無事だったし、流石に人死は起きない場所だと思っていたので吃驚だ。
信じられないな、江戸川のやつ。彼女の実家(正確には父親の職場)を事故物件にするとかありえないんだが。
その江戸川さんを含む探偵事務所の三人の安否について、ニュースキャスターが怪我なく無事であると伝えた。どうやら、ただトイレで知らない人に拳銃自殺されただけらしい。よかった。いや、よくはない。
事務所を事故物件にされたおじさんと蘭ちゃんの精神面が心配ではあったが、私なんかより余程場数を踏んでいる二人なので多分大丈夫だろうと思って連絡を取るのはやめた。殺人事件が起きたファミレスで普通に食事をしていた父娘だ、面構えが違う。
適当なバラエティ番組にチャンネルを合わせる。少しの間それを観ていたが、グルメコーナーが始まってすぐ自分の腹の音が部屋の中に響いた。駄目だ、腹減った。

「お母さ〜ん、お腹空いた!」

部屋を出てドタドタ音を立てながら廊下を走る。
リビングに入るとエプロン姿の昴さんが「今夜はクリームシチューですよ」と振り返った。手元にはデケェ鍋。

「昴さん、この量は……」
「すみません、二人分がどのくらいの分量か分からなくて作りすぎてしまいました」

またやったのかよ。またパックの裏見てないのかよ。
と、言いたくなったがショックを受けるかもと思ってやめた。古き良き少女漫画のヒロイン並みにおっちょこちょいだ。いや、でも合宿所から八人家族分くらいの量には減っているから、なんだかんだ成長が伺えるな。

「じゃあ、食べきれない分は……」
「お隣の阿笠博士にお裾分けしようかと」
「だと思った」

ふ、と笑って頷く。私は昴さんのやりたいようにやらせてあげたいからさ。
昴さんは尊重してもらえて嬉しいと言いながら作ったクリームシチューを半分ほど別の鍋に分けた。
早速博士の家へ行ってくる、と出掛けようとしたが、彼は鍋で両手が塞がっていたので、代わりに玄関のドアを開けてあげようと私も一緒についていった。




「何ィ!?コナン君が誘拐されたじゃとォ!?」

阿笠邸の玄関まで来るとすぐそこの窓が開いているのか、中にいる博士の声がここまで聞こえてきた。
昴さんと顔を見合わせる。すぐに「しかも殺人犯にか!?」と狼狽える声が響く。おじさんか、蘭ちゃんから電話でこの話を聞かされているようだ。
江戸川さんは探偵バッジを持っているため居場所は追跡眼鏡で分かるが、博士のビートルは修理中のため追いかける足がない、と哀さんの焦った声も聞こえてくる。

「話は聞かせてもらったよ!!」

そこまで聞いてからバンッ!と勢いよくドアを開くと博士と哀さんは同時に振り向いた。私と昴さん(鍋持ってる)の登場にこれでもかと驚く。

「車ならあるよ!昴さんのなんかカッコイイやつがね!!」

昴さんは私の言葉に頷くと博士達に立ち聞きしていたことを詫びた後「追うなら早く……」と続けた。
彼のことがあまり好きじゃない哀さんは車のキーだけ貸せばいいと言ったが、昴さんはあの車は癖があるので博士には運転が難しいと断る。
運転手が確定したことで哀さんは留守番、という話になりかけたが、残って一人でやきもきするのは嫌だろう、と意外にも昴さんが一緒に来るよう勧めた。

「ちなみに私は絶対ついてくよ。別に江戸川さんが心配とか、そんなんじゃないんだからねっ」
「早希子さんもこう言ってますし……」

ふん、と胸を張る。別に全然心配じゃないけど放っておくと前にみたいに死にかけてるのに私だけ何も知らないままになるかもしれない。そんな悔しい思いは嫌だからついて行くことにした。別に全然心配じゃない。
哀さんは博士の後ろに隠れながら険しい顔をしていたが、悩む時間が惜しいと思ったのかすぐに「私も行くわ」と口を開いた。

***

昴さんのカッコイイ車に乗り込み、早速追跡を開始した私達だったが、江戸川さんの位置は分かっているものの向こうも車で移動中なのか中々停まらないので追いつけない。
犯人は江戸川さんを連れてどこへ向かっているのか……と話し合う最中、ぐぅ〜という腹の音が聞こえた。誰も何も言わない。
さらにもう一発ぐぅ〜と鳴る。次いでぐるるる〜という音が静かな車内に響いた。

「ちょっと博士、何お腹鳴らしてるの?緊張感無さすぎじゃない?」
「ええっ!?いや、わしじゃなくて……」
「あなたでしょ……」

恥ずかしくて博士に罪を着せたら哀さんに呆れた目で見られた。はい、自首します。
まさにこれから夕飯って時に何も食べずに急いで出てきちゃったから私の胃は空っぽなんだ。シチューを受け入れる態勢だけが整った状態なんだ。

「ごめん、なんか食べ物持ってる人いる……?」
「いや、わしは持ってないのぅ……」
「すみません、何もないですね」

そりゃそうか。流石にグミ持ってきた人とかいないか。
ちら、と隣に座る哀さんに空腹を目で訴えると「緊急時よ。我慢しなさい」と言われてしまった。返事代わりにぐぅ〜!と腹が鳴る。
何故私達はシチューの鍋を置いてきてしまったのか。ここでお裾分けをすればよかった。


暫くして、江戸川さんを乗せた犯人の車は一度停まった。そのまま殆ど動かなかったので降りて何かしていたようだが、すぐまた車に戻ったらしく今度は杯戸町方面へと向かっているようだ。犯人の意図が掴めない。
江戸川さんが犯人に連れ回されているというより江戸川さんが犯人を連れ回しているのでは、という昴さんの鋭い指摘よりも私は食べ物のことで頭がいっぱいだった。

「お腹減った……ドライブスルーないかな…」

窓の外を見ながらぼそっと呟く。窓ガラスにぎょっとしている哀さんの顔が反射していた。

「ドライブスルーなんてあっても寄らないわよ!」

流石にこの発言はまずかったらしい。ここまで私に対して思うことはあっても呆れる程度で済ませてくれていた哀さんはついに我慢の限界を迎えたらしく「いい加減にしなさい……!」と私を叱りつけた。

「あなた、江戸川君が心配だから来たのよね!?」
「はい、心配だから来ました……」
「自分から名乗りを上げたわよね!?」
「はい、意気揚々と車に乗り込みました……」

やばいめっちゃ怒ってる。江戸川さんの命がかかってるのに呑気にしすぎた。
後部座席で女児に怒られている私を見かねて昴さんが「まあ、その辺で……」と間に入ってくれたが、哀さんが「あなたは黙ってて!」と言ったら本当に黙ってしまった。素直。
最年長の博士はか弱いおじさんなので後部座席で行われているガチ説教に「はわわ……」となっていた。使えない。

「おおらかでマイペースなのはあなたの良い所よ。でも、こんな時まで……わかってるの?江戸川君はあなたの……」

哀さんはそこまで言いかけてやめた。車内には昴さんがいるからだ。
私と哀さんと博士の間にやべ……みたいな空気が流れる。

「コナン君は早希子さんの……、なんですか?」

そこは黙らないのかよ。
昴さんはバックミラー越しに後ろの私達を見た。静かな車内にぐぅ〜!と腹の音が響く。

「別に、あなたには関係ないことよ」

私の代わりに哀さんが答えると昴さんはフッと笑って「そんなことはないでしょう」と言った。

「私は早希子さんの保護者代わりですから。早希子さんに関わることは一通り把握しておかないと……」

確かに今度の三者面談は昴さんに来てもらう予定である。担任の先生に話せないと困るな。江戸川さんのこととか話さないけど。
怯まず反論しようとする哀さんの手を握って止める。ここは私が、と目で語ると哀さんはめちゃくちゃ不安そうな顔をしつつも任せてくれた。

「江戸川さんは私のバディだよ」
「バディ?」
「うん。死ぬ時は一緒だぜ、って約束した」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」

重すぎて車内の空気が死んだ。



その後やっと江戸川さんが乗る車に追いついたと思ったら私の腹の音と同じくらい大きな銃声が響いた。犯人は銃を持っているようだ。手に汗握る展開に博士が別行動で車を追っているおじさん達に情報を共有しながら、我々も追跡を続ける。
途中、昴さんが博士にハンドルを任せてドアを開けて身を乗り出した時はマジでそれ何?ってなったけど謎の車が行く手を阻み、なんやかんや逃走を続けていた犯人の車も停まった。
外は暗いし、私からは何が起きたのかよく見えなかったが、謎の車から出てきたおじさんや蘭ちゃんがホッとした顔で駆け寄っていったので江戸川さんは無事みたいだ。

「なんか大丈夫だね。……お腹空いたし帰ろっか」

ぐぅぅ〜!!と盛大に腹の音を響かせながら言った私に、哀さんはそれはそれは深いため息をつくと「そうね……あなたの空腹も限界だものね」と少しだけ安堵の笑みを見せながら言った。呆れ過ぎて許してくれたわ。
というわけで私達は車を降りることなく早々に帰宅し、昴さん特製のシチューを食べた。とても美味しかったので三杯食べた。

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