西の高校生探偵

「それでさー、この園子様が犯人の正体を見破って見事解決に導いたってわけ」
「すごいじゃん!」
「でしょー?これからは私の時代よ!」

そう言って高笑いをする園子ちゃん。
帰りにぶらぶら寄り道をしていたら偶然出会ったので一緒に歩いていたのだが、なんと彼女はこの間鈴木家の別荘で起きた殺人事件を解決したらしい。

自慢げに話しているが、その話の内容は彼女が自力で解決したにしては他人事というか、誰かから聞いた話をそのまま話している、といった感じだった。
園子ちゃんは多少見栄っ張りなところはあるが、不必要な嘘をつくタイプではないので、決して作り話や人の手柄を自分の物にしているわけではないだろう。何とも言えない違和感に、まさかと思ってその時別荘にいたメンバーを教えてもらう。
メンバーは園子ちゃんのお姉さんとその友達に、園子ちゃんと蘭ちゃんと江戸川さん。

なんだろうすごくその…作為的なものを感じる…。振り返ったら眼鏡の人がいるパターンのヤツだ…。
恐らくおじさんがいなかったので代わりに園子ちゃんを例の腹話術の人形にしたのだろう。江戸川の奴、園子ちゃんにまで麻酔を打ったのか、恐ろしい奴だ…。
さっちゃんも何かあったらこの園子お姉様に相談するのよ!なんて言ってくれる園子ちゃんに申し訳なくてまともに顔が見られない。

「おーい、そこのねーちゃんら」

申し訳なく思いつつ当たり障りのない話をしていると突然、横から呼び止められた。
足を止めて声の主を確認すると大きな荷物を持って、帽子を深く被った色黒のお兄さんがいた。

「工藤っちゅー奴の家捜しとるんやけど、知ってるか?」
「工藤〜?」

園子ちゃんが訝しげに呟いてから横の私を見る。

「工藤ってこの辺で工藤なのはこの子だけよ?何?あんたも可愛いって噂のさっちゃんを一目見ようと来たわけ?やーねぇ、多いのよ、そういう輩」
「はあ?さっちゃん?何の話や。俺が捜しとんのは高校生探偵の工藤新一!男や!」
「なーんだ新一君の客か」

つまらなそうに呟く園子ちゃんに色黒のお兄さんは知り合いかと食い気味に尋ねてきた。相当会いたいらしい。

「知ってるわよ。この子のお兄ちゃんだもの」
「ホンマか!」
「まあ、一応」
「よしきた工藤妹!兄貴はどこや!」
「失踪中です」
「!?」

即答した私にお兄さんは衝撃を受けていた。
決して嘘は言ってないのだが、でたらめ言うなとばかりに「コラ」と園子ちゃんに小突かれた。

「縁起でもないこと言っちゃダメよ。休学中なの。学校にも来てないわよ」
「なんや、家におらんのか?」
「えーっと、事件が……とか言ったっきり帰ってませんよ」
「そーそー、事件がどうのこうの言ってたらしいけど今までこんなに長い間休んだことないし、ちょっと変よねぇ」

私と園子ちゃんの話を聞いたお兄さんは思案顔になると「巻き込まれた…てか?」と口にする。

「んー、それもあの新一君だとちょっと考えにくいかなぁ?…あっ、もしかして!蘭の家に転がり込んでるんじゃない?さっちゃんにも内緒で!」
「誰やそれ」
「新一君の彼女よ。ね、さっちゃん」
「うん」
「ほら、妹公認」

肯定すればお兄さんは考える素振りを見せる。ていうか、実際蘭ちゃんの家に転がり込んでるからな。
普通に言い当ててきて吃驚した。マジで園子ちゃんの時代来てる。

「とりあえず、案内してもらおか。その工藤の女のところにな」
「あー、あたしこの後用事あるからパス。さっちゃん、よろしくね」

マジか。

***

「ほー、探偵事務所か」

探偵事務所の前まで着くとガラス窓に書かれた文字を見て、色黒のお兄さんが呟いた。
なんでだ、なんで私が知らないお兄さんを江戸川さんのところまで案内しなきゃいけないんだ。
むすーっとしている私に気づいたのか、お兄さんは「堪忍な!」と私の頭に手を置いた。
しかし彼は江戸川さんに会ってどう反応するのだろうか。
……あれ、というかこのお兄さんを江戸川さんに会わせていいのか?江戸川さん=バーロォって話は教えていいんだっけ?ダメだよな?

ぐるぐる考えながら階段を上る。
よくわからないが、本人がなんとかしてくれるだろうと思って事務所のドアを叩いた。面倒になったわけではない。

事務所に入ると江戸川さんはいなかった。まだ帰って来てないみたいだ。
一先ずお兄さんの目的を蘭ちゃんとおじさんに説明しようと口を開くが、それより先に彼が「工藤はどこや」と言ったことで戦いが始まった。

「工藤って新一?ここにはいないけど」
「あんたらが匿っとんのやろ?どこや?」
「そんなの知らないわよ、私の方が知りたいくらいよ」
「嘘言うたらアカンでねーちゃん」
「知らないってば!さっちゃん、何なのこの人!?」
「ごめんなんか変な人連れてきちゃった」

呆然とするおじさんと憤る蘭ちゃんに謝る。お兄さんが江戸川さんに会いたいのは知っていたが、その熱量は私の予想を遥かに超えている。ファンかな?

「工藤新一をはよ出さんか!」
「へっ?」

お兄さんが机を叩いたのと同時に間抜けた声が聞こえたと思ったら、開いたドアから江戸川さんが驚いた顔を見せた。そのままくしゃみを一発。風邪らしい。
江戸川さんを見ると蘭ちゃんがティッシュを掴んで傍に行き、鼻に当ててやっていた。彼女の話ではお兄ちゃんも風邪だと言う。あ、うん、見れば分かるけど。

所在を知らないのに近況を知っていることをお兄さんが不思議がると蘭ちゃんは電話があったのだと教えた。
電話の内容を聞き、蘭ちゃん自身については尋ねていないと知るとお兄さんは暫く黙ってから徐に窓を開けて外を覗いた。
長く会っていないのに電話で此方の様子を全く聞いてこないのは近くで見ているからだとお兄さんが言う。すげー、当たってるじゃん。

「きっとどこかから覗いてるんやで!やらしいやっちゃ」
「ほう、やらしいやっちゃなー」

お兄さんの言い方を真似て、ちらりと江戸川さんを見るとキレ気味に睨まれたが、私へのむかつきはすぐに消えたようでお兄さんに探るような視線を向けた。
こいつ何者だ!?と思っているようなので代わりに聞いてあげよう。

「それで結局、お兄さんって誰なんですか?」
「ん?そーいやまだ言うてへんかったな。俺の名前は服部平次。工藤と同じ高校生探偵や」

なんだ、探偵か。
蘭ちゃんとおじさんが大袈裟に驚く中、私と江戸川さんの反応は薄かった。探偵って結構いっぱいいるんだな。
正体不明だったつい先程までとは打って変わり、どうでもよさげにくしゃみをする江戸川さんに色黒お兄さんこと服部先輩は親切にも“風邪によく効く”という薬を飲ませた。

彼は噂の工藤新一が本当に自分と並ぶような探偵なのか確かめに来たらしい。ご足労頂きありがとうございます。
薬という名の酒を飲まされた江戸川さんが酔っぱらいのようにふらつき始めたところで、少し強めに扉を叩く音が響いた。目を向けると品の良さそうなおばさまが立っていた。


おばさまは依頼人で、息子の恋人の素行調査を頼みに来たそうだ。
すっかり帰るタイミングを逃してしまったのでおじさんの後ろで一緒に話を聞いていると詳しくは彼女の家で彼女の旦那さんを交えて話し合うことになった。旦那さんは外交官なので身内の素行調査を頼んだことが世間に知れるとまずい、と判断して夫婦でここまで来られなかったという。
大人って大変だなーと思っていると服部先輩が「俺もついて行ったる!」と口を挟んだ。おじさんが一人で行くより親子連れの方が周りに怪しまれないだろうというのが彼の意見である。

「ふーん、じゃあ私も行こうかな」
「おー、来い来い。ねーちゃん、あんたもどうや?」

参加を表明した私の肩を叩くと服部先輩が蘭ちゃんも誘う。

「え?なんで私が…!」
「一人でも多い方がええやないか。それにもしかしたら工藤がひょっこり顔出すかもしれへんで」
「うん、僕らも行こうよ蘭ねーちゃん」

本当にひょっこり顔出してきたな。
ぶりっこ中の江戸川さんに引っ張られ、結局全員で行く事になった。

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