西の高校生探偵2

「死んだのは辻村勲…54歳、外交官か…」

おじさんの通報により駆けつけた目暮警部がそう呟くのを聞きながら私は静かに思った。展開はえー。
流石外交官という感じの素敵なお宅にお邪魔し、執事やら息子やら渦中の恋人やら義父やらに出会いつつ2階の旦那さんの部屋へ行くとその旦那さんが死んでたとかもうね、ひどいよ。今日そういう話じゃなかったじゃん。素行調査がなんで殺人事件に発展するんだよ。
死体の横で警察相手に小難しい話をする服部先輩の姿は、何となくお兄ちゃんを連想させた。高校生のくせに現場に入り込んで本業の大人達に堂々と口出す感じがよく似ている。
ぼけーっと眺めていると大きなくしゃみが聞こえた。なんか江戸川さんの影が薄いな、と思っていたら風邪でそれどころじゃなかったみたいだ。

「江戸川さんくしゃみ連発してるけど大丈夫?」
「全然…増々ひどくなりやがったよ…」

恨めしそうな声で語る彼にティッシュを渡すと盛大に鼻をかんだ。服部先輩に飲まされた酒が悪い意味でかなり効いてるようだ。
今日は服部先輩がいるし、この調子ならおじさんを人形として使うことはないだろう。よかった、針が刺さるところを見ないで済むのか。
江戸川さんが現場荒らしを始めると蘭ちゃんが服部先輩の邪魔をするなと止めた。服部先輩を見る彼女の横顔はどこか嬉しそうだ。おっとー?服部先輩に気持ちが移ったかー?

「ちょ、コ、コナン君!?」

なんてアホな事を考えていたら江戸川さんが倒れた。
本人の言う通り体調が悪化していたようで、江戸川さんは物凄い熱を出していた。すぐに医者を呼んでもらい、依頼人の息子さんの部屋を借りてベッドに寝かせる。
服部先輩が推理ショーを始めたみたいだが、それどころではないので私も蘭ちゃんと江戸川さんの傍にいることにした。
寝てて自然に治るものではないようで江戸川さんは何度もせき込み、苦しみだした。その尋常じゃない様子に蘭ちゃんも慌てる。
もちろん私も焦った。生まれてこの方、彼のこんな姿を見たことがない。というか、これ、本当にただの風邪か?
違和感を持った時、家のインターホンが鳴る。

「あ、きっとお医者さんよ。私行ってくるから、さっちゃんここお願いね!」
「うん…」

蘭ちゃんが部屋を出て行き、私と江戸川さんだけになると苦しみ方はますます激しくなった。
やばい、なんかエクソシストみたいになってきた。悪霊にとり憑かれている。

「し、死んじゃうの…?」
「早希子……」
「江戸川さん…」
「し…、しん、ぞうが……!」
「お兄ちゃん…!」

お兄ちゃんが苦しげな表情でぐっと心臓を押さえ、口を動かした。突然身体から湯気のようなものが発生しだす。
いよいよ死ぬかもしれない…!?私の不安が高まったその時だった。

「あ、…あれ…?」
「え…、えええええ!?!?」

お兄ちゃんの身体が元に戻ったのだ。
な…、は?なん、えええええええ!?

「お兄ちゃん、バーロになってるよ!?」
「いや、バーロっていうか…、戻ってるのか…?」

訳が分からず呆然とする。こんな非科学的なことが…てかマジでお兄ちゃんだったのか…?いや、知ってたけどこの目で見るまでは100%信用できなかったというか…。
お兄ちゃんが手をついて身体を起こそうとするとコナンの時の服が落ちた。あ、そうかサイズが合わなくなったから!

「ちょ、ヌードは!いきなりフルヌードで登場はまずいよ!」
「お、おい、なんか服取れ服!」

クローゼットを漁って適当な服を手渡す。よかった、息子さんの部屋で。
ほっとする間もなく、蘭ちゃんの声と足音が聞こえてくる。まずい、こっちに来る。
フルヌード新一と蘭ちゃんが遭遇したらもう殺人事件どころの騒ぎではない。フルヌードでなくとも江戸川さんがいた部屋にいきなりお兄ちゃんが現れるのはおかしい。

今すべきことは何か、お互い分かっているので、お兄ちゃんは素早く身体にシーツを巻き付けて部屋を飛び出す。
私は散らばった江戸川さんの服を拾い集めて自分の服の中に詰め込んだ。腹回りが急にふくよかに。
一人残っていても怪しまれるので私もお兄ちゃんの後を追う。一番の端の部屋に飛び込んだと同時に蘭ちゃんが先程までいた部屋に到着したらしく、声が聞こえてきた。

「着替えたら暫くここでじっとしてて。私が適当に誤魔化してくるから」
「いや…俺は行く」
「マジかバーロォ…」
「やめろその呼び方…」

蘭ちゃんが私と江戸川さんを探して駆け回る音が聞こえる中、お兄ちゃんはふらつきながらも部屋を出た。今にもぶっ倒れそうなのによく動くわ。
腹を押さえながら追いかけると先程まで皆が居た所へ向かっていたようで、推理ショーの真っ最中である服部先輩の声が届く。
犯人が自白しようとしたところで「そいつは違うな」と口角を上げたお兄ちゃんが乱入した。なんだ、現場に戻りたかっただけか。

「く、工藤!?」

予想外の人物の登場に服部先輩を始めとする面々がざわつき、蘭ちゃんは泣き出した。
私は部屋には入らず、ドアの陰に隠れる様な形で見守る。だって私が出たら絶対江戸川さんのことツッコまれるし。
お兄ちゃんは服部先輩の間違った推理を訂正したかったらしく、証拠と共に真犯人を示した。事件の裏に隠された人間ドラマに脳内で自分が知っている中でも一番悲しい曲を流す。ついでにスタッフロールも流れてきた。

「ん?早希子君じゃないか。どうしたんだ?こんな所で」

そしたら目暮警部に見つかった。壁に張り付いていた私を不審そうな目で見ている。
犯人を連れて部屋を出てきたところで、ぞろぞろと歩く刑事さん達の通行の邪魔になっていたので「なんでもないでーす」とへらへら笑ってその場を離れた。
目暮警部は私を単なる明るいバカだと思っているので「そうかそうか」と納得して深く追及してこなかった。自分で言ってて悲しい。
なんだかどこに居ても邪魔なようなので、下の階に行くか、とそのまま階段を下りて近くで待機することにした。

問題はここからである。これからどうなるのだろう、と暫く待っていると階段の上で蘭ちゃんとお兄ちゃんの声が聞こえてきた。
と思ったらお兄ちゃんが階段を転げ落ちてきたのだ。えー!?
何、落とされたのか?喧嘩か?と思って見れば、彼は急いでトイレに入った。あ、漏れそうなのかもしれない。

「新……ってさっちゃん!どこに行ってたの!?ねえ、新一は!?」
「え?えーっと」

漏れそうだったからトイレに…、なんて言ったら二人の仲に亀裂が入るかもしれない。
答えあぐねているとそのトイレから叫び声が上がる。蘭ちゃんがさっと振り向いてそこまで行くとドアを開けた。
中に居たのはシャツ一枚の江戸川さんだった。
蘭ちゃんに対して色々と苦しい言い訳をする彼を見ながら、がっかりした。なーんだ、また江戸川になっちゃったのか。

それから江戸川さんはその場で倒れて、三日間寝込んだ。
結局何故戻ったのか。どうやら服部先輩に飲まされたお酒が関係していたようだが、詳しくはよくわかっていない。
とりあえず、そのお酒をもう一回飲もうとしたら蘭ちゃんに取り上げられたので未だに飲めていないんだとか。後で隠れて飲む、と言っていたが堂々とした飲酒発言はどうかと思う。

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