金一少年の事件簿2

蘭ちゃん達はただ遊びに来ただけでなく、かつて父が関わったとある事件の現場写真を見に来たらしい。
キッチンにやってきた江戸川さんが資料の入った封筒からその現場写真を取り出し、皆に見えるよう台の上に乗せる。そこには死体と共に『死』という血文字が写っていた。印字された日付は今から約十年前。
これがどうしたと思ったら、蘭ちゃん達が今朝登校中に見つけた死体のすぐ傍に全く同じ血文字が書かれていたらしい。
登校中に死体を見つけた、の辺りで衝撃的な内容過ぎて頭が真っ白になってその後の話が全然入ってこなかったが、とりあえずこの二つの事件は同一犯によるものと見て間違いなさそうだ。
となると、その犯人は十年野放しでいることになる。江戸川さんが蘭ちゃんに今朝見つけた死体の様子を聞く。十年前の事件と何か共通点があれば犯人を捕まえるヒントになるんじゃないか、などと言い出した。大丈夫?ちょっとでしゃばりすぎじゃない?そろそろ正体バレるよ?
危機感のない江戸川さんにハラハラしていると無事に変装を終えたらしい昴さんが参戦してきて、二つの事件の共通点と共に十年前の事件について意見を言う。世良さんは何か言いたげな顔で昴さんをじっと見つめていた。
その視線に気づいた昴さんが話に割り込んだことを謝罪すると江戸川さんが「昴さんはホームズファンで推理するのがとても好きなんだよ」と紹介する。

「ふーん、あんたが早希子のお母さんか……」
「違いますよ」

昴さんが即座に否定する。私の方を見ると「彼女が例の?」と聞いてきたので何度も頷いた。世良さんが視線を鋭くする。

「何?あんた元からボクのこと知ってたのか?」
「ええ、早希子さんがとてもカッコイイ人がいると話していたので」

昴さんがそう言うと世良さんはちょっと力が抜けたようで「あ、そう……」とだけ言った。
すぐさま昴さんの隣に行って「言った通りでしょ?」とこっそり伝えると彼も頷く。世良さんと初めて会った日の夜、私は夕飯の席で「とってもとーってもカッコイイ人がいるんだよ〜!」とはしゃぎ倒したのだ。世良さんをおかずに白飯を食べる私の話を昴さんは思ったより真剣に聞いてくれていたので、以降もちょくちょく教えている。
やっぱり、やっぱり世良さんはカッコイイ。何度見てもどこで見てもカッコイイ。うっとり眺めていると事件について担当してくれた高木刑事に話を聞こうと連絡を取る。わぁ〜!捜査一課の刑事を電話越しに怒鳴りつける世良さん最高〜!!


高木刑事曰く今朝の事件は殺人事件ではなく窃盗事件として捜査するらしい。連続殺人の可能性が高いのに、何故警察は窃盗で話を進めているのか?電話を切った後も女子高生達の推理は続いた。
推理に参加しない私は窓に視線をやった。すっかり日が沈んで外はいつの間にか真っ暗になっている。
もう一度女子高生達に目をやる。まだまだ推理中で、この謎が解けるまでは帰りそうにない。
………も、もしかして今日……泊まっていったりするんじゃないか……?

その可能性に気がつき、急に心拍数が上がったように感じる。このまま謎が解けなければ、お泊まり会が始まるかもしれない。世良さんがうちに泊まるかもしれない。私の部屋で朝まで一緒かもしれない……。
突如降って湧いたイベント(仮)にドキドキしていると昴さんが悩む女子高生達に「推理好きの金一君に相談してみては?」と全く聞き覚えのない名前を口にした。

新キャラの登場に私と世良さんと江戸川さんが「金一……?」と訝しげな顔を見せると蘭ちゃんが慌てた様子で頷く。
世良さんが「何言ってんだよ」と突っ込み、事件について聞くなら工藤新一だろうと続けた。なんでも昴さんはここに住んでいた“新一”は高校生探偵ではなく、同姓同名なだけの普通の男子高校生で、何なら探偵の工藤新一は死んだと思っていたらしい。あの人死んでたのか。

「早希子さんもお兄さんのことはあまり話されませんし……」 

言いながら昴さんが私を見るので「そりゃお兄ちゃんについて話すことないし?」と答えた。確かに私もはっきりと兄が探偵の真似事をして現場を荒らしていると言ったことはなかった。

「……前も思ったけど君達兄妹ってそんな仲悪いのか?」

世良さんが眉を寄せながら言う。逆に聞きたいけど、そんなに自分の兄について、元から知り合いでも何でもない他人に色々話すものかな?高校生探偵としての工藤新一を知りたいなら新聞読んでって感じだし、私の口から工藤新一について話したいことなど一つもない。

「仲悪くはないけど、なんかムカつくかな……」
「またそんなこと言って……、新一はさっちゃんのことよく心配してるよ?」

蘭ちゃんが困ったような顔で言った。ふーん……、と江戸川さんを見ると江戸川さんはこっちを見るなと言わんばかりに手を動かした。
その後、直接お兄ちゃんに電話をかけようという話になり、江戸川さんが慌ててトイレに走る。園子ちゃんに「告り返せ!」と言われた蘭ちゃんは赤い顔で気まずそうに携帯を取り出した。告り返せ……?と呟くと園子ちゃんがきょとんとする。

「さっちゃん聞いてないの?蘭ったらロンドンで新一君に告られたんだって!」
「えっ!さっちゃん聞いてないんですけど!」

あ、あの野郎〜!報連相は徹底しろよ!おむすびころりんの裏でそんな面白いことがあったなんて、どうして私に教えないんだ。
園子ちゃんと私にヒュー!と冷やかされ、蘭ちゃんは「もう!やめてよ、もう!」と携帯を握り締めた。

「あ、彼に電話するなら一言添えてくれませんか?」

昴さんはそう言うと工藤新一君はまるで霧隠才蔵のようだと伝えて欲しい、と続けた。
よくわからないその言葉に、蘭ちゃんは「は、はい……」と頷く。バーロって全然忍びじゃないよね。人に色々言うくせに生放送のテレビや新聞の一面に顔出しするくらい迂闊だし、いつも明らかに怪しいし。ジョディ先生や安室さんの方がずっと霧隠才蔵だ。
私達に見守られる中、蘭ちゃんが電話をかける。何コール目かでお兄ちゃんが出た。私と園子ちゃんはにやにや笑いながら通話中の蘭ちゃんの耳元で「言っちゃえ……好きって……」「告れ……告れ……」と囁いた。
しかし私と園子ちゃんに挟まれて好きという単語を呪詛のように吐かれていた蘭ちゃんは、結局好きとは言わなかった。焦れったいな、と思ったが私も世良さんに面と向かって好きと言えないので気持ちはわかる。前は分からなかったけど今はわかる。恋をすると人は臆病になるんだ……。
蘭ちゃんが電話を切ってすぐ、江戸川さんがトイレから戻ってきて「新一兄ちゃんが言ってたよ!」と白々しく話し出したことで、女子高生達は今朝死体が見つかった現場へ向かうことになった。

「えっ、今日は皆泊まっていくんじゃ……」
「いつそんな話になったのよ?」

園子ちゃんが鞄を持ちながら言う。か、帰るのか……?
慌ただしく帰り支度をする女子高生達をおろおろしながら見ている私に「じゃあな、早希子」と世良さんが口角を上げた。

「お泊まり会はまた今度な!」

言いながら世良さんは私の頭に手を置いた。髪がくしゃ、となる。
世良さんが行くなら私も!と一緒に行こうとしたが、夜も遅いので危ないと昴さんに止められてしまった。いや江戸川さんはいいのか?おかしいだろ。私が行くから江戸川は残れ。

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