まだまだだね2

部屋で昼食代わりにアイスケーキを食べる、と言っていた石栗さんがいつまで経っても戻ってこない上、二階から何かが落ちるような大きな物音が響いてきたので様子を見に行ったら、なんと彼は部屋の中で亡くなっていた。
その部屋の中で石栗さんの遺体と共にいた江戸川さんの指示で警察を呼ぶ。遺体が扉を塞ぐように倒れていたため、警察は外に梯子を掛けて窓から部屋へ入ることになった。
石栗さんは頭から血を流して倒れていたそうで、側で転がっていた銅製の花瓶には彼の血が付着していた。

「何ィ!?密室殺人だと!?」

二階の廊下でおじさんが驚いたように言う。状況から見て事故死としか思えないのになぜ殺人になるのか。納得いかない、といった様子でおじさんが詰め寄ると通報により駆け付けた静岡県警の横溝刑事(サンゴ頭の方)は江戸川さんを見ながら少し答えづらそうに「大きな音がした直後にコナン君が触れたら遺体や花瓶の血は既に乾いていたと……」と返した。何勝手に触ってんだよ。
江戸川さんをただの子供(でしゃばり眼鏡)と認識しているおじさんは脳震盪でぼーっとしていた子供の証言など信用に値しないと思っているようで、密室殺人の根拠として挙げられた点を否定していく。
そのおじさんの疑問に答えるような形で安室さんが推理を披露するが、そもそも密室じゃなくない?江戸川さんがいたじゃん。
じっ、と眼鏡の小人を見る。私が江戸川さんの代わりに皆を守ろうと決意して気を張っていたのに何殺してんだよ。

やったな、ついに。やったな、江戸川。という私の視線に気付いたらしい江戸川さんが「こっち見んな」みたいな感じでシッシッと追い払うように手を動かした。あっ!こいつ!見抜かれそうになったから私を現場から遠ざけようとして!
なんで皆は江戸川さんを疑わないんだろう?と不思議に思ったが、皆は江戸川さんが実は工藤新一であることを知らないんだから仕方がないか。いや、だとしても普通に江戸川さんが一番怪しいだろ。
子供だから、身内だからって容疑者から外していいわけがない。『感情的な性質は時には推理を妨げ真実から遠ざける』ってホームズが言ってた、って前に江戸川さんが言ってたし。あと『不可能な物を除外していって残った物がたとえどんなに信じられなくてもそれが真相だ』ってホームズが言ってた、って前に江戸川さんが言ってたし。

「ちなみに早希子ちゃんはどうだい?何か気になることとか……」
「早希子ちゃんは江戸川さんが怪しいと思います」

私を本物の名探偵だと思い込んでいる横溝刑事が意見を聞いてきたので真剣に江戸川犯人説を唱える。横溝刑事は「いや、流石にそれは……」と苦笑していた。突拍子もない推理だと思っているようだった。江戸川さんが呆れた目でこちらを見る横で、おじさんが「なんで中学生の早希子ちゃんに聞くんだよ」と突っ込むと横溝刑事はご存知ないんですか?と少し不思議そうな顔で言った。

「早希子ちゃんは以前大人顔負けの推理を披露して事件を解決に導いた実績があるので、今回も何か気が付いたことがあるかと……」
「早希子ちゃんが?……ホントにそれ早希子ちゃんか?」

横溝刑事の説明に、おじさんが疑わしそうな眼差しでこちらを見る。おじさんに言われたくないんだが。

「ホントだもんね!江戸川さん!」
「え?いや、うん……まあ……そんなことも……まあ、うん………」
「どうしたの!?しゃきっと喋れよ!」

この世に解けない謎なんて塵一つもねえってカッコよく宣言したあと勝手に私の声で推理ショーしてただろ!あの蛮行をこっちは忘れてないからな!
わざとらしく視線を逸らす江戸川さんの胸ぐらを掴んで揺さぶると流石に暴力的すぎると思ったのか安室さんが「ま、まあ、落ち着いて」と止めに入った。

「それで、動機は何ですか?」
「え?」
「コナン君が石栗さんを殺害する動機ですよ」
「それは署で聞けばいいんじゃないですか?」

容疑者江戸川コナンの肩を抱きながら、動機を調べるのは警察の役目だと返すと、安室さんは「なるほど」と頷いた。

「ではどういった方法で殺害したんでしょうね?」
「うん?」
「子供のコナン君が大人の中でも体格の良い石栗さんを花瓶で撲殺するには少なくとも一撃で昏倒させなくてはならない……抵抗されたら力では敵いませんからね」

安室さんは私を見ながら言った。おじさんも横溝刑事も、江戸川さんだってまともに取り合わなかった私の推理を何故か安室さんだけが掘り下げようとした。

「しかし灰皿のような比較的軽く扱いやすいものならまだしもあの重たい花瓶を使うとなると、仮に不意をつけたとしてもコナン君の力では昏倒どころか怯ませることすら不可能に近いでしょう」
「そんなの簡単。花瓶じゃなくて別のもので撲殺したんでしょ。それこそ灰皿とか」
「その凶器は今どこに?」
「分かんないよ、まだ何も探してないんだから」
「確かに現時点では分からないことが多い。だからこそ犯人の特定は聞き取りや現場検証を行い、十分な判断材料を揃えてから当たりをつけて進めるものなんです」
「…………………」
「早希子ちゃんのそれは推理とは言いませんよ。ただの言いがかりです」
「…………………」

う、うるさ〜い!!
頭の血管が切れたのでは、と思うくらい激しい怒りが湧き上がる。そうだよ、言いがかりだよ!そんなの私だってわかってるし!分かってて江戸川さんをちょっと困らせたくて言ってるだけだし!これが私達のコミュニケーションだし!
と心の中ではいくらでも逆ギレできたが現実では言葉が出てこない。おふざけ推理を真っ向から否定されるというあまりの屈辱に「わ……、こ………っ…」と声を震わす私を見かねたおじさんが、眉を顰めながら「おい、相手は子供だぞ」と言って安室さんを肘で小突く。
バーボンのくせに!何を真っ当なこと言ってんだ!混乱するだろ!
おじさんに窘められた安室さんは、私に対して薄っぺらい(私はそう感じた)謝罪の言葉を口にした後、「とにかく……元々この別荘に来ていた三人に話を聞かれてはどうですか?」と遠巻きにこちらを窺っていた桃園さん達の方へ目を向けた。

「コナン君よりも殺人の動機がありそうな方々ですから…」

安室さんの言葉に、くっ………と下唇を噛み締める。悔しさで涙目になっている私に気付いた横溝刑事が「だ、大丈夫!調子が悪いのかな!?」とフォローしてくれた。優しさがツラい。

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