まだまだだね3

大学生三人をキッチンのテーブルに呼び出し、横溝刑事が順番に話を聞いていく。石栗さんとの関係や彼の遺体が見つかるまでの間、どこで何をしていたか。
三人はそれぞれ一度は石栗さんの部屋へ立ち寄っていたが、それも短い間で殆どの時間を私達と共に過ごしていた。さらに現場となった部屋は施錠されており、その合鍵は未だ見つかっていない。
容疑者となった三人が別室で待機している間、横溝刑事を囲んで合鍵の行方について話し合う。

「って、さっちゃんはどうしたの?さっきからずっと黙って……」

話に加わらず、口をへの字に曲げている私の顔を蘭ちゃんが心配そうに覗き込む。
先程の出来事に触れると泣いてしまいそうなので答えられないでいると、私の代わりに安室さんが「僕の配慮が足りなくてちょっと……」と眉を下げた。声色こそ申し訳無さそうに聞こえるが、よく見ると若干笑ってやがる。
う、うるさ〜い!あっち行けよ!バーボンのくせに!なんで味方面してここにいるんだよ!表出ろ!!決闘だ!!

「ねえ早希子姉ちゃんはあの三人のことで何か覚えてないの?」
「別にぃ……私は絡みなかったし……」

自分が不在だった時間帯のことを聞いてくる江戸川さんにボソボソとそう答える。私は冷やし中華を食べた後、大学生三人とは殆ど話していない。蘭ちゃんや園子ちゃんのように一緒にシャワーを浴びたり、ガットを貼り直してもらったり、なんてことは一切なかった。側で話を聞いていた安室さんが「早希子ちゃんは僕や毛利先生とずっと一緒にいたからね」としゃしゃり出てくる。そうだよ、バーボンが指先から毒出さないか見張ってたんだよ。

「ああ……、さっちゃんは安室さんに遊んでもらってたもんね?」
「私が遊んであげてたの!」
「そうですね、僕が遊んでもらってました」

園子ちゃんの聞き流せない一言を私が訂正すると安室さんは否定することなく笑みを浮かべて頷いた。バーボンめ〜!ちょっとボードゲームで圧勝したからって調子に乗るなよ!私が手を抜いてやっただけなんだから!!接待って言葉知ってるか!?
自分なりに怖い顔を作ってキッと睨みつけると安室さんは小さく肩を竦めた。駄目だ、全然ビビってない。すれ違いざまに吠えてきた小型犬を見守る時みたいな顔してる。なんだその顔ナメやがって。
拳を握ってファイティングポーズを取ると蘭ちゃんが微笑ましそうに見てきた。どうやら蘭ちゃんはこれを仲良しのじゃれ合いだと認識したらしい。そんな平和的で可愛いもんじゃないんだよ。
恐らく安室さんは私をバカにしてるし、私も安室さんを米花町から追い出したいので、もしこの場にいるのが私達二人だけなら殺し合いが始まっていてもおかしくない。多分チワワとロケットランチャーくらい戦闘力に差があるから一瞬で決着がつきそうだけど。

****

眠りの小五郎と推理クイーンの園子ちゃんがキッチンで頭を悩ましている間、警察は石栗さんの部屋の合鍵を探していた。排水口や別荘の周りも細かく探しているらしいが見つからない。鍵がない以上密室を打ち破る方法など見付からず、場の見解は殺人ではなく事故死に傾きかけていた。
ふと誰かの手が私の足に触れた。視線を下げると少し警戒した面持ちで安室さんを見る江戸川さん。

「あの人の前じゃ眠りの小五郎はできねぇ。早希子、お前の出番………ん?」

江戸川さんは私の顔を見て、首を傾げた。小声で持ちかけられた推理ショーの相談に、私は何も返さなかった。正確には返せなかった。
返事の代わりに、ぐす、と鼻を啜ると江戸川さんが「な、泣いてる……」と呟いた。自分の今の状態を言語化されたからか、私はずっと堪えていた感情を言葉にして吐き出してしまった。

「く、悔しいっ……一応、私も考えたけど、何にもわかんない……」
「考えたって、……密室トリックを?」

江戸川さんが目を丸くする。そう、私は私なりにこの事件について考えていたのだ。涙を拭いながらこくこく頷くと、江戸川さんは心底意外そうに「お前そんなやつだったか…?」と言った。
だって、悔しいじゃん。安室さんにあんなコケにされてさ。鼻を明かしてやりたいのに、どれだけ考えてもトリックなんて何も分からなくてさ。

「いや、だからオレが今から答え教えてやっから、お前の口から皆に話してくれれば……」
「それは……ズルじゃん……!」
「ズルって……」

そういうことじゃない。それじゃ意味が無い。と涙ながらに語る私に、江戸川さんは「オイオイ……」と参った様子だった。

「さっちゃん?どうしたの!?」

そうこうしている間に、私達の密談は蘭ちゃんに気付かれてしまった。心配そうな蘭ちゃんの声で、キッチンにいる皆の視線が自然とこちらへ集まる。予想外の注目を浴びてしまった江戸川さんが慌てた様子で答えた。

「早希子姉ちゃん、事件の謎が解けなくて悔しくて泣いてるんだって……」
「え、ええ!?」

そんなことある!?といった顔で全員とても驚いていた。特に、私という人間をよく知る蘭ちゃんと園子ちゃんは「あのさっちゃんが……?」と顔を見合わせる。
先程のちょっとした事件を思い出したのかおじさんはちら、と安室さんに視線をやった。
答える気力もない私に代わって江戸川さんがここに至るまでの私の心境を掻い摘んで説明する。私はいたたまれない気持ちになって小さな声で「外に……出てるね……」と涙を拭いながらキッチンを出た。



事件が解決したのはそれから間もなくのことだった。
別荘の周りにいた警察の皆さんが騒がしくなり、中から出てきた横溝刑事が何やら指示を飛ばしている。忙しそうな姿を横目に、私はすぐそこにあるテニスコートを無心で眺めていた。大分落ち着いてきて、涙も止まっていた。とんだ醜態を晒してしまった、と苦い気持ちになる。

「早希子ちゃん」

聞こえてきた声にギクッとする。反射的に声がした方に顔を向けると、予想通り安室さんがいた。彼は自分の荷物(ラケットとか)と一緒に、そんなに多くもない私の荷物を持ってきてくれていた。そういえば別荘の中に置きっ放しだったと思い出し、慌てて手を伸ばす。

「あの、どうもありがとうございます……」
「どういたしまして」

持ってきてもらった荷物を受け取ると、安室さんは私の顔をじっと見た。なんだ……?
彼の後ろで様子を窺っていた蘭ちゃんがほっとした顔をする。

「安室さん、さっちゃんのことすごく心配してたのよ」

うそだ〜〜と思ったが、流石に口には出さなかった。何も知らない蘭ちゃんの手前、そんなことは言えない。でも本当に心配はしてないと思う。この人バット組織の悪い人だし。
微妙な顔をする私に、安室さんは「僕の心無い言葉で君を傷つけてしまったからね」と言った。心無いっていうか、普通に正論だったし、こっちが逆ギレしただけだ。
それは自分でもちゃんと分かっていたので「別に……」と返す。

「……私も皆が真剣な時に妙な言いがかりつけて……空気読めなかったな、って思います」

そう言った後、少し間を空けてから「面倒かけてすみませんでした」と謝罪をする。殺人事件で慌ただしい中、勝手に不機嫌になって皆を困らせてしまった。中学生だというのに、我儘な小学生のような態度を取ってしまった。帰る前に横溝刑事にも謝りに行かないと。
私の言葉に安室さんはちょっと意外そうな顔をした後、ふ、と口角を上げた。また小型犬を見守る時の表情をしている。

「じゃ、これで仲直りということで。またポアロで会いましょうね、待ってますから」
「あぁ?」

いや元から直るほどの仲じゃないし!?ていうかポアロにいることは認めてないからな!?
眉を吊り上げた私に気付いていないのか、わざと無視しているのか、安室さんは蘭ちゃん達と和やかに会話を始めた。絶対に負けない。絶対に米花町から追い出してやる。

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