恋はスリル、ショック、サスペンス

鈴木財閥が所有する幻の宝石ことレッド・ダイヤモンドが一般公開されることになり、世間の関心はその宝石を狙う怪盗キッドに向けられていた。
レッド・ダイヤモンドは本来ベルツリー急行で展示される予定が謎の爆破事件(江戸川さんVSバット組織のやつ)が起きたため延期になったはずのもので、突然のキッドイベントに彼の熱心なファンは大盛り上がりである。

私がおじさんと一緒に展示場である美術館の敷地内へ着いた頃、丁度一般向けの観覧時間が終わったようで、建物の中から警察に追い出されたらしい人達がぞろぞろと出てきた。その流れに逆らうように進んで行き、おじさんの知名度と信頼を盾に関係者として館内へ入れてもらう。

「よォ、蘭!」
「来たよ〜」
「お父さん、さっちゃん!二人とも来ないんじゃなかったの!?」

仲良し父娘面して入ってきた私達に、巨大な水槽の前に居た蘭ちゃんが驚いた顔を見せる。おじさんが「ニュース観てたら気になっちまってよ……」と口にする横で私はちら、と世良さんに視線を向ける。世良さんも私を見ていて、目が合うと微笑んだ。

「私はあの〜、世良さんが来てるって園子ちゃんにメール貰ったから来たの……」
「そうか。よかった、来てくれて」

世良さんはそう言うと「この間は吃驚したよ、急に帰っちゃうからさ」と続けた。ミステリートレイン(に乗れなかった)事件前夜の出来事を思い出し、ドキッとする。

「あれは、えーっと、ちょっと腹痛で……ごめんね」

自分でも中々苦しい言い訳だと思ったが、世良さんは「ふーん……」と言うだけで追及してこなかった。その代わりに、じっと私の目を見つめてくる。あっという間に頬に熱が集まる。なんか息苦しくなってきた。極度の緊張状態で何も喋れない私をそのまま数秒見つめ続けた後、世良さんはニコッと無邪気に笑った。

「じゃあ次はちゃんと声かけろよ。ボクが介抱して家まで送ってやるからさ」
「ええ〜!?嬉しいぃ…………っ!」

優しすぎる言葉に感動で手と膝を震わせる。私達の空気感に胃もたれを起こしてそうな園子ちゃんがめちゃくちゃ興味なさげな目を向けた後に「予告まであとどのくらい?」と携帯を取り出して時間を確認した。
怪盗キッドが来るという時間まであと三十分。世良さんはトイレ済ませてくる、と一旦外へ出ていった。
最高。幸せ。今日は来て良かった。江戸川さんが居なければもっと最高だったけど。挨拶代わりに一発蹴りを入れようと足を動かしたら江戸川さんは「な、なんで!?」と慌てて避けた。流石サッカー部、俊敏な動きだ。



予告時間が近づいてきた頃。例の宝石(をくっつけた亀)の水槽を前に機動隊員達がずらりと立ち並ぶ室内の空気は、私とおじさんが到着した頃よりもずっと張り詰めたものになっていた。警備の邪魔だからと外に追い出された人達によるキッドコールはどんどん大きくなっていき、館内にまで聞こえてくる。
世良さんを横目で見ると腕を組んで、真剣な表情をしていた。カッコいい………、じゃなくて。見惚れてしまいそうになるのを我慢して、コホンと咳払いをする。

「世良さん、あのさ……これ、どうかな?」
「ん?」

す、と片足を前に出す。今日は以前に似合うと言われた黄色いサンダルを履いてきたのだ。
本当はここに来てすぐの時に気付いてもらうつもりだったのだが、世良さんはトイレに行ってしまったのでそんな暇がなかった。そのため彼女が戻ってきてからさり気なく隣をキープし、ごく自然に「まだまだ暑いよね」「暫くはサンダル履いてた方が良いよね」「今年のラッキーカラーは黄色で多分来年もそう」とかずっと匂わせていたのだが、今日の世良さんは鈍感なのか一向に私のサンダルについて触れてくる気配がないので、我慢できず自分からサンダルを見せることにした。
ドキドキしながら待っていると、世良さんは私の顔と履いているサンダルを交互に見て「え〜と……」と少し言葉に詰まった。その反応に一瞬違和感を持つ。すぐに世良さんは口角を上げた。

「可愛いサンダルだな。新しく買ったのか?」
「うん」
「良いじゃん、似合ってるよ」
「う、うん……」

世良さんは頷く私を見て優しく笑うとまた水槽に視線を戻した。私はその思いの外あっさりとした返答に、首を傾げる。
そ、それだけ……?おかしいな、私の予想だと『やっぱり早希子は黄色のサンダルがよく似合うよ。天使の生まれ変わりかと思って動揺して上手く喋れないな。よかったら今度アメリカの家に招待するよ、キミのこと家族に紹介したいからさ』ぐらいのことは言ってくれると思ったんだけど……あ、あれ〜?
もやもやした気持ちが生まれる。“黄色が似合う”じゃなくて“黄色いサンダル”と指定していたことには、きっと何かしらの意味があると思っていたのだけど、違ったのかな。 
一人で考えていると園子ちゃんが蘭ちゃんに時間を尋ねる。蘭ちゃんは取り出した携帯の画面を見るとその場から二、三歩離れた。
やっぱり、もうすぐキッドが現れるから控えめなコメントにしたのかもしれない……と考えていた時、事件は起きた。
突然、私達が立っていた床のカーペットが捲れて、蘭ちゃんと江戸川さんを除いた全員がカーペットに包まれる形で巨大な水槽の前まで滑らされる。警備のために立っていた機動隊員も巻き込み、水槽を壁にしてカーペットの中は揉みくちゃになる。
私は現場の指揮をとっていた中森警部を押しのけて世良さんの姿を探した。退け退け〜!
館内に響き渡る謎のカウントダウンの後、何かが破裂する音とともに私達はカーペットの中から解放された。全員がその場に倒れ込む中、こんなに早く動けたのかと自分でも驚くくらいすぐさま体勢を立て直した私は、一瞬で世良さんを見つけると、このチャンスを逃すまいと前から思いっきり抱き着いた。

「世良さ〜ん!」
「わっ……」

世良さんは飛び込んできた私を受け止めてくれたが、突然のことに対応しきれなかったらしく、そのまま二人で倒れ込む。押し倒すような形になってしまった。これ捕まるかな?いや、こんな状況だから事故扱いになるはず。初犯だし世良さんの性格なら示談で済むだろう。よくわかんないけど怪盗キッドも良い演出するじゃん。
嬉しくてニコッと笑うと下にいる世良さんは私の腰に手を回しながら「ちょっ……早希子……」と頬を赤らめた。その表情に違和感を持った。
世良さんが……照れてる……?予想外の反応に、一瞬固まる。あれ、世良さんが照れてる………?…………?
戸惑っていると世良さんはハッとした顔で「それより宝石は!?」と上体を起こそうとしたので、私も一旦離れて身体を起こす。宝石をくっつけた亀はいなくなっていて、水槽の中には怪盗キッドからのカードが一枚。
いやそんなことどうでもいい。それより世良さんが私に抱きつかれて照れただと?こちらに背を向けている世良さんをじっと見る。
ば、バカな……そんなはず………ていうか、世良さんってこんなに肩幅広かったっけ。なんか随分と身体硬くなかった?女性にしては筋肉質な方だとは思ってたけど、あんなにゴツゴツしてるか……?世良さんの身体に触れた手を眺めながら、また違和感を持つ。
やはりあの世良さんはいつもと違う。なんというか、別人みたいだ。

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