恋はスリル、ショック、サスペンス2

宝石の持ち主である園子ちゃんの伯父さんが水槽を開けて中を確認するが、宝石をくっつけた亀はやはりどこにもいなかった。怪盗キッドは見事に目的を遂げたらしい。
その方法はまだわからないが、犯行の状況から怪盗キッドは恐らく誰かに成り済ましてまだこの室内にいる
という話になり、世良さんの提案でこの場にいる人間は全員ボディーチェックをし合うことになった。
目上の警察関係者にも物怖じせず、自分の考えを堂々と伝える。この立ち振る舞いは確かに世良さんそのものだ。
素敵でぽーっとしそうになるが、慌てて首を横に振る。いや、違う。この人は多分世良さんじゃない。

「さっちゃんは世良さんとやるでしょ?って、あれ?」

いつもの私なら絶対に世良さんと組むが、今の世良さんとは無理だ。そっと距離を取る私を不思議そうに見る蘭ちゃんに向かって「江戸川さんに見てもらう!」と言って離れた位置にいた江戸川さんの所へ行った。
江戸川さんは走ってやってきた私に若干警戒した顔を見せた。世良さんとのボディーチェックイベントをスルーするという、いつもの私らしからぬ行動を取っているから、キッドの変装じゃないかと疑っているんだろう。自分でも怪しいことはわかっているので「私はキッドじゃないよ!」と周囲に聞こえないように声をひそめて伝える。

「私が小一の時に江戸川さんのランドセルの中にゲロ吐いた話とか絶対キッドは知らないでしょ。あと私が小二の時に江戸川さんのランドセルの中に蛙三匹入れた話とか私が小三の時に江戸川さんのランドセルの中に納豆とオクラ………」
「わかったから思い出させんな」

過去に起きたランドセル事件の詳細を語ろうとすると江戸川さんは青い顔で私を止めた。どうやらキッドの成り済ましじゃないと信じてくれたようだ。
なんだよ、と聞いてきた江戸川さんに「あの人世良さんじゃないよ!」と伝える。驚く江戸川さんに自分なりの根拠を説明した。


***


園子ちゃんを探偵役にして消えた宝石の在り処を突き止めた後、時間も遅いので私達は帰されることになった。おじさんは中森警部ともう少し話をしていくらしい。
蘭ちゃんと園子ちゃんがトイレに行くと言って離れると廊下に残ったのは私と江戸川さんと世良さんだけになる。
世良さんが「さっきの推理は不十分じゃないか?」などと言い出したので江戸川さんがその疑問に一つ一つ答えていく。怪盗キッドは強力な磁石を隠し持っていて、そのせいでカーペットが捲れる直前、蘭ちゃんの携帯は液晶画面が消えてしまった。江戸川さんはその時彼女の側に居た人物の名前を挙げていく。江戸川さんと園子ちゃんと私と。

「オメーだよ、怪盗キッド」

がらりと声色を変えた江戸川さんに、世良さんの顔をした怪盗キッドはにやりと笑うと「どこでオレの正体に気付いたんだ?」と言った。その質問に、江戸川さんより先に私が口を開いて答える。

「どこって、全部解釈違いなんだよ!」
「解釈違い!?」

まさかそんなことを言われると思わなかったのか、怪盗キッドは素っ頓狂な声を上げた。オイ……と江戸川さんが止めようとするが、無視して続ける。

「何が可愛いサンダルだよ!そもそも可愛いのはサンダルじゃなくてそれを履いてる私でしょ!?本物の世良さんならまずそう言います!」
「え、……ええ……?」

思考が追い付かないのか怪盗キッドは目を丸くした。私は拳を握り締める。こうなるともう止まらないとわかっている江戸川さんは諦めて私の好きなようにやらせてくれた。

「そんでもって世良さんにとって黄色いサンダルはよくわかんないけどなんか特別なの!そこに触れてこないとかありえないから。世良さんは私に黄色いサンダルが世界一似合うね、愛してるよって言ってくれたんだよ!」
「お前それ嘘だろ」
「嘘じゃないよ、ちょっと誇張してるだけだよ!」

妄想と思い出がごっちゃになってるだけだし。江戸川さんの鋭いツッコミにそう返した後、怪盗キッドをビシッと指差す。

「あと照れるのも解釈違い!照れるのは私だけ!世良さんは私がくっついても照れません。余裕があります」
「な、なるほど……」

自分の観察力が足りなかったと思っているのか、割りと素直に頷きながら話を聞いている怪盗キッドに「まあ、根拠は他にもあるけど……」と江戸川さんが正体を見破った理由を丁寧に説明をする。どうやら怪盗キッドは世良さんを男だと勘違いしていたようだ。私のことをめちゃくちゃ積極的な女だと思ってたらしい。
世良さんが女の子と聞いて驚く怪盗キッドに、江戸川さんがベルツリー急行での借りがあるから今日は見逃してやる、と言い出した。

「でも江戸川さ〜ん、あの人どさくさに紛れて私の身体にベタベタ触ってきました〜」
「やっぱり捕まえとくか……」
「そっちが抱きついて来たんだろォ!?」

私と江戸川さんが「痴漢ってのは皆そう言うんだよ」と声を揃えると怪盗キッドは「誰が痴漢だよ!不可抗力だろ!」と叫んだ。この期に及んで言い訳とは往生際の悪い奴だ。
このままだと窃盗犯ではなく性犯罪者として引き渡されると思ったのか、怪盗キッドは一歩、また一歩と後退る。

「ていうか世良さんの無事を確認させてほし……」

と私が言いかけた時、後ろから下着姿の世良さんが走ってきて怪盗キッドに飛び蹴りを食らわせた。無事だけど無事じゃないその姿に言葉が出ない。
すぐに蘭ちゃんと園子ちゃんが追いかけてきて、世良さんの腰にタオルを巻く。その間に怪盗キッドは煙幕を張ると近場の窓から逃げていった。
あ、あの痴漢野郎〜!次に会ったら刑務所にぶち込んでやる……!窓の外を眺めながら闘志を燃やした。


世良さんの着替えが済んでから皆で建物の外へ出る。世良さんが今日被っている帽子は亡くなったお義兄さんの真似をして選んだものらしい。お義兄さんの話をする世良さんはいつもと違って寂しそうだった。身近な親しい人の死とは、私なんかには想像もつかないほど悲しいものだから当然だろう。
夜も遅いので園子ちゃんの迎えに来た鈴木家の車で各自送ってもらうことになった。このまま解散、みたいな空気になる前に急いで口を開く。

「あ、あの〜、世良さん、私……」

そう言いかけて、もじもじしていると世良さんは「どうした?」とこちらを振り向いた。この世良さんは本物なので、ヒントを与えずともすぐに私のサンダルに気が付いた。

「黄色いサンダル!」

嬉しそうにそう言った世良さんは、満面の笑みを浮かべると私の両手を包み込むようにぎゅっと握った。

「やっぱり早希子と言えば黄色いサンダルだよ。思い出しちゃうよな……」
「思い出す……?」

首を傾げる私に、世良さんは昔を懐かしむような目でうんうんと何度も頷いた。そのまま「可愛い可愛い!」と言いながら私の頭を撫で回す。髪がくしゃくしゃになったが世良さんなので普通に許した。

「可愛い早希子に可愛い黄色のサンダル、最高の組み合わせだな!」

解釈一致の台詞に「えへっ、えへへ〜〜!?」とデレデレする。
やっぱり世良さんって最強。こんなに周りは暗いのに一人だけ眩しいくらい光ってるもん。蛾が寄ってきちゃうよ。

pumps