なんてったってアイドル

「世良さんとテレビの収録!?」

ランドセルを背負った江戸川さんに呼び出されて立ち寄った駅前のファストフード店は学校帰りの学生で賑わっており、驚いてつい大きな声を出した私を気に留める人はいなかった。向かいの席でお子様向けセットに付いてきたオマケのおもちゃを開封していた江戸川さんは「観覧な」と言い直した。

「その言い方だと出演者みてぇじゃねーか。というか、そこは別にどうでもいいんだよ。それより……」
「どうでも良くないよ!」

江戸川さんがさらっと流そうとするので、慌てて口を挟む。説明を求めたところ、先日、園子ちゃんのお父さんのコネでとある番組の観覧に招待され、毛利家と世良さんの五人で参加したらしい。 
それってつまり世良さんの姿が全国のお茶の間に流れるってことじゃん。そんな超重大ニュースをどうでもいい?私が説明を求めなかったらそのまま何も言わないつもりだったの?なんだこいつ、頭おかしいのか……?
目の前の小学生が急に得体の知れない生き物に見えてきてゾッとする。まあ、でも江戸川さんは知能が高すぎて一般常識を理解出来ないみたいなところがあるからね。常識があったら彼女のお父さんに躊躇いなく麻酔針打ち込んだりできないし。

「けど、五人まで招待されてたんだよね?それでなんで世良さんを誘うわけ?毛利家と園子ちゃん、ときたら次に誘うのは私じゃん」
「だってお前テレビ嫌いだろ?」
「それで世良さんを誘ったの?なんで世良さんが来るのに私を呼ばないわけ!?」
「お前がテレビ嫌いだからだよ」

同じこと言わせんな、と江戸川さんはうんざりした様子で言った。嫌いというか、画面の向こうの皆が私の可愛さに夢中になっちゃうから遠慮してやってるだけだ。

「世良さんがテレビなんて、全国放送なんて………」
「だからただの観覧だって。そもそもこれは……」
「世良さんが世間に見つかっちゃうよ〜!」
「何言ってんだオメーは……」

嫌だ〜!!と両手で顔を覆う。
正直みんなに世良さんを知ってほしい気持ちはある。同時に知られたくない気持ちもある。私だけの世良さんでいてほしい。でもみんなにも世良さんを好きになってもらいたい。世良さんはもっと沢山の人から愛されるべき存在だと思ってる。でも、でもそしたら……。

「世良さんが世間に見つかったら、遠い存在になっちゃうじゃん……」
「見つかんねーから安心しろ」

世良さんが世間に見つかる世界線を想像して声を震わす私に、何故か江戸川さんはそう言い切った。
さっきから何なんだこの反応。世良さんみたいにカッコよくて可愛くて頭の切れるアメリカ帰りのボクっ娘とかテレビ映えしかしないだろう。金輪際現れない一番星の生まれ変わりだぞ。
トーク番組のゲストから競馬番組のMC、二時間ドラマの主役の娘役、高校サッカー選手権の応援マネージャーと胃薬のCMを経て、きっと来春には朝ドラ女優になっているはずだ。スターダムを駆け上がる世良さんの姿が目に浮かぶ。私もアイドルにでもなろうかな。
世良さんとの芸能生活を妄想してため息をつくと、せっかちな江戸川さんが「そろそろ話進めてもいいか?」と聞いてきたので断る。駄目に決まってるだろ。

「それで、世良さんが全国デビューするのはいつ放送のなんて番組なの?リアタイして録画も二万回観るよ」
「あ、いや……放送はされねーよ」
「は?」

意味が分からず首を傾げると江戸川さんは「収録の途中で殺人が起きて……」と言いづらそうに切り出した。番組観覧どころではなくなり、いつも通り勝手に現場を荒らしてきたらしい。
し、信じられない。世良さんの芸能界デビューのチャンスを潰しやがったのかこいつ。
今すぐ江戸川さんの頭からコーラをぶち撒けてやりたいくらいの怒りを覚えると同時に、ほっとする自分もいた。私はアイドルにならなくてもまだ世良さんの側にいれそうだ。
目の前の眼鏡に「まあ今日のところは見逃してあげるよ…」と私の寛大な心を見せつけると「何様?」と返ってきた。うるさい。

「もうこの話いいだろ?それで本題に入るけどよ」

江戸川さんが打って変わって真剣な顔つきでそう言い出したので、私もふざけるのはやめた。何やら大事な話らしい。返事はせずに目で続きを促す。

「お前、世良のこと覚えてるか?」
「は……?忘れるわけないんですけど?」
「いや、そうじゃなくて。あいつが米花町に来るよりも前に……多分オレ達どこかであいつに会ってるはずなんだよ」

その言葉を聞いてすぐ、黄色いサンダルを履いた私を見て昔を懐かしむような目をした世良さんの顔が浮かんだ。
そこから必死に過去の記憶を辿ろうとするが、何も思い出せない。私の返答を待つ江戸川さんから視線を外し、首を横に振る。

「悲しいくらい、全然覚えてない………」
「だよな……まあ、元からお前の記憶には期待してねぇからいいよ。気にすんな」

がっくりと肩を落とす私を気遣うように、江戸川さんは優しく言った。若干喧嘩売ってないか?と思ったが、私の記憶は本当に当てにならないので突っかからないでおいた。

確かに世良さんって、初めて会った頃から江戸川さんのことを知っていたみたいだし、私には黄色いサンダルが似合うと言ってきて、実際に履いて見せたら「思い出しちゃうよな」なんて呟いていた。
単純に洞察力がめちゃくちゃ優れてるから私のパーソナルカラーを見抜いて似合う色を指定しただけかもと思ったけど、やっぱりそうじゃなくて、世良さんは最初から私のことを知っていたんだろう。

しかし具体的にいつ頃出会ったのか、全く見当がつかない。私より記憶力が良い江戸川さんがすぐに思い出せないということは、相当昔、それも一回、二回とかそんなレベルじゃないだろうか。そんなの一々覚えているわけない、と思ったが、世良さんが覚えていて江戸川さんも何となく引っ掛かるものがあるということは、相当印象深い出来事があったんだろう。人が死んでたのかもしれない。
どこだったかな……と考え込んでいる江戸川さんを眺めながら世良さんへ想いを馳せる。

「なんかさ、昔どこかで出会った二人が再会って少女漫画みたいじゃない?」

ほう、と思わずため息が出る。うっとりと語る私に、江戸川さんはオイオイ……と呆れたような顔をした。

「きっと結婚の約束とかしたんだよ……!」
「じゃあ忘れんなよ」
「私は昨日の夕飯も覚えてないんだから仕方がないじゃん」

言いながら、昨日の夕飯を思い出そうと頑張るが全く出てこなかった。でも多分煮込み系だったと思う。昴さんって暇さえあれば鍋煮込んでるから。

「本人に聞いてみようか?」
「聞いたけど教えてもらえなかったんだよ……」

クッソ〜と江戸川さんが悔しそうに頭を掻く。
世良さんと昔どこかで会っていて、大きくなってからこうして再会できたなんて、なんだかとっても素敵。うふふ、と一人で喜んでると江戸川さんに「お前は暢気で良いよな」と言われた。江戸川さんは分からないことがあると答えが気になって仕方がない質だから、思い出そうと必死なんだろう。
私も気になるけど、覚えてなくても世良さんは私に優しいから問題ない。昨日の夕飯が思い出せたらそのうち思い出すだろう。

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