花より殺人

江戸川さんと愉快なお子様達に誘われ、皆でお花見をしようとお弁当を持って近くの神社へ行くと休日かつ晴天のためか、境内は花見客でごった返していた。
先頭の博士が「おおー!桜満開じゃ!」と言うと共に皆頷きながら桜を見上げる。「まさに花見日和です!」と嬉しそうなミッチーの声が耳に入ると同時に「ねえねえ、さっちゃん!」とあゆみんが私を呼んだ。

「あのねー、歩美達この間太閤名人に会ったんだよー!」
「タイコー?誰?」

逸れないように私と手を繋いで歩いていたあゆみんが謎の単語を発したので聞き返すと後ろにいたミッチーと小嶋先輩が「さっちゃんさん、知らないんですか!?」「早希子オメー遅れてんな〜!」と小馬鹿にしてきた。まあまあ腹が立ったが、実際私は流行りモノに疎いところがあるので言い返さずに「で、誰?」と素直に尋ねる。お子様達は声を揃えて将棋の名人だと教えてくれた。

「将棋〜?」
「歩美のママもファンなんだよ。ママに言ったら『いいなー!』って。さっちゃんも一緒だったら会えたのにね!」
「いや、いいよ。さっちゃんは将棋に興味ないから」
「でもイケメンさんだよ?」
「さっちゃんはイケメンにも興味ないから」
「えー!!」

私の答えにあゆみんが信じられない、という顔をした。余程衝撃的だったのか「なんで!?」と理由を求められたが特に理由なんてない。興味ないものは興味ないだけだ。

「そもそもさっちゃんさんは太閤名人の顔も知らないんじゃないですか?」
「そっか!ねー、コナン君、名人のお写真見せてあげて!」

あゆみんが振り返ってそう言うと江戸川さんはワンテンポ遅れてから「え?ああ……」と頷いた。何か別のことに気を取られていたらしい。
それでも話はちゃんと聞いていたらしく江戸川さんは簡単な操作の後「ほら、この人」とスマホを渡してきた。画面には『太閤名人、四冠達成』というニュースサイトの記事が表示されていた。名人とやらの顔写真と共に『羽田秀吉』という文字列が目に入る。

「ああ……、誰かと思ったら“ヒデヨシ”か。知ってる知ってる。見たことある」
「連れみたいな言い方すんなよ」
「いつも髪の片側ハネてる人でしょ?」
「変な覚え方してるわね、あなた……」

私の適当な返事に、江戸川さんと哀さんが呆れたような顔をした。記事を流し読みする私の周りでお子様達が実際の名人について色々語り始める。普段は冴えないとか、由美さんの元彼とか、なんか本当に色々なことを教えてくれたが、全く興味がないので全部耳を通り抜けていった。画面の向こうのどうでもいい棋士の情報を得ることより、この子達は色んなことに興味があってすごいなぁと思う気持ちの方が大きかった。

「ヒデヨシって将棋の人だったんだ。へー、ふーん」
「ヒデヨシじゃなくてシュウキチな」

江戸川さんにスマホを返すと名前の読みについて訂正された。目を瞬かせる私の代わりに「ちょっと変わった名前ですよね」とミッチーが続ける。………シュウキチ……?
どうやら羽田秀吉とは『はねだしゅうきち』と読むらしい。私はずっと『はねだひでよし』だと思っていたので何とも感じなかったのだが、シュウキチと言われた途端、妙な引っ掛かりを覚えた。
ミッチーの言う通り珍しい名前だと思うが、私は何故か昔どこかで彼の名を聞いたことがあるような気がした。テレビで彼のニュースが流れた時に聞いていたのだろうか?記憶を遡ってみるが、よくわからない。
ちょっと不思議だったが、どうせこの先一生関わらない人だし、と考えるのはやめた。私が将棋を始めることなど絶対にないのだから、太閤名人なんてどうでもいい。世良さんが将棋を打つなら私も勉強するけどね。


博士に花見の場所取りを頼み、私達はおみくじを引くことになった。結果は吉。悪くはないが、大したことは書いていなかった。
お子様達が楽しそうにクジの結果を口にする中、江戸川さんがつまらなそうな顔をしていたので、後ろに回り込んで彼のおみくじを盗み見る。ちらっと見えた『凶』の文字に、私は心の底から納得して頷いた。

「うわ、江戸川さんのクジ解釈一致」
「どーいう意味だよ……」

江戸川さんはサッとおみくじを隠すと睨むように私を見た。どういう意味も何も、江戸川さんが凶じゃなかったら逆に誰が凶なの?って感じだし。細かい内容は見えなかったけど、多分『待人 死ぬ』とか書いてあるんだろう。
すぐそこのおみくじ掛けを見ながら、あゆみんが「みんなでおみくじ結んでこよ!」と言った。“みんなで”と言うが、おみくじは引いたら必ず結ぶものでもないだろう、と思って引き止める。

「あゆみんは中吉だから別に結ばなくていいんじゃない?」
「その通り!せっかくいいクジを引いたんじゃから持って帰りなさい!」

だ、誰!?
いきなり知らない声が聞こえてきたので振り向くと謎の一般通過おじいさんが私の意見に同調するよう頷いていた。マジで誰?
呆気に取られていると一般通過おじいさんはおみくじを枝に結ぶ本来の理由を語り、私達が返事をする前にこちらへ背を向け「近頃じゃあ何でもかんでも結んでいく悪しき習慣がついてしまったようじゃがな…」と呟きながら去っていった。
吃驚した、神域だからおみくじの精霊が出てきたのかと思った。お年寄りは歩いている子供を全員自分の孫だと思って接してくる人が多いのであの人もその類だろう。

「やっぱり暖かいと色んな人が出てくるね」
「あら、あの手のご老人は季節問わずそこら中にいるわよ」

つい圧倒される私の横で哀さんが、ふ、と笑った。そのまま「この中でクジを結ぶのは江戸川君だけかしら?」と江戸川さんへ視線をやる。
哀さんは大吉を引いたらしい。死線を越えてきた人なので解釈一致だ。
大吉って初めて見た、と哀さんのおみくじを見せてもらっていると今度は江戸川さんの後ろからお花見仕様の一般通過ジョディ先生が現れた。つい先日まで片言の日本語しか話せなかったはずの外国人女性の口から「凶は滅多に出なくて逆に縁起が良い」という話を聞くのは、分かっていてもまだ違和感があった。

「ジョディ先生は日本文化に詳しいね」
「え?あ、ほら、私日本好きだから!勉強したのよ!」

思わずツッコむとジョディ先生は慌ててそう言った。最早取り繕うことを忘れたとしか思えないくらい流暢な日本語。私でなきゃ聞き逃しちゃうね。
どうやら江戸川さんはジョディ先生と待ち合わせていたらしく、二人で色々話したいようなので私が江戸川さんのクジを代わりに結んであげることにした。哀さんと一緒にさり気なくお子様達をおみくじ掛けの方へ誘導する。
おみくじ掛けは既にクジでいっぱいだった。私がおみくじを結ぶ場所を選んでいると小嶋先輩が「結んだらアレやりに行こうぜ!」と参拝客の列を指差した。
クジを結びながら「絶対行く!」と参加を表明すると「さっちゃん、そんなに鈴鳴らしたかったの?」とあゆみんがくすくす笑った。参拝イコール鈴のイメージらしい。

「わかるぜ、アレ楽しいよな!」
「いや〜、私はお願い事したいだけだから」
「へえ、あなたも神頼みなんてするのね」

哀さんが少し意外そうに言った。彼女の中の私はどうなっているんだろうと思いつつ「うん、神の力で語学力アップするんだ」と頷いた。

「何故……?」
「テストでもあるんですか?」
「ううん、いつかアメリカにある世良さんの家に行く日が来るはずだからさ。その時英語喋れないと困るでしょ?アメリカで日本語喋ると射殺されるし」
「そうなの!!?」

あゆみん達の悲鳴に近い声が上がると哀さんが「そんなわけないでしょ」と呆れたように言った。でも郷に入っては郷に従えって言うし。

「だから最近ちょっと勉強してるんだ。ア〜、アイ、ライク seafood アンド…… wanko soba!……アー……Thank you!」
「あ!すっごーい!英語だ!」
「さっちゃんさん英語そんなに喋れるんですか!?」
「おめーやるじゃねーか!」

スピーチを聞いたお子様達が、ワッ!と盛り上がる。私の流暢な英語に感動してくれたらしい。とても気分が良くなったので「いえいえ、それほどでも」と謙遜した。私って奥ゆかしいなぁ。

pumps