あぶない婦警物語

職員会議があるため短縮授業となり、いつもより早く家に帰ることができた金曜日。
明日は休みなので宿題もやらなくていい。今日はだらだら過ごそう、とうきうきしながら玄関を開けた私を待っていたかのように家中鳴り響くコール音。
誰だこんなタイミングよく電話を掛けてくるのは、と受話器を取れば母の怒り声が聞こえてきた。
え、学校サボってるのバレた!?今日はちゃんと行ったぞ!と思っていたら単に父と喧嘩しただけだった。
自分という最高の妻がいるのに朝帰りをしやがったとご立腹である。

『ひっどいと思わない!?そういうパパのことどう思うさっちゃん!』
「既婚者としての自覚が足りないと思います」
『そうよねそうよね!やっぱりさっちゃんは私の味方なのね!離婚してもママについてきてくれるわね!?』
「そうだね、工藤より藤峰の方が良いよね」
『わかるー!?藤峰早希子の方がしっくりくるわよねー!』
「うんうん、わかるー超わかるー。じゃあねー」
『バイバーイ!』

受話器を置いた。なんて意味のない会話だったのか…工藤でも藤峰でもどっちでもいいわ…。

***

「おはよう、寝坊助さっちゃん!早く着替えなさい、出掛けるわよー!」
「なん…えええ…?」

次の日の朝、起きたら母が帰って来ていた。驚きのあまり言葉の出ない私に対して母は「むかついたから飛び出してきちゃった」と舌を出した。フットワークが軽いにも程があるだろ。
とりあえず朝食を詰め込み、着替えろと言われたので着替えたが、どこに行こうと言うのか。
外からバイクの音が聞こえたので行ってみると黒のライダースーツを身にまとった母が胸元に熟睡中の江戸川さんを入れてエンジンを吹かしていた。どうしよう、ツッコミ所が多すぎて対処できない。私はどちらかと言えばボケ担当なんだが。
後ろに乗りなさい、とヘルメットを手渡されたので一先ず考えるのを止めてバイクに跨った。

「へ?え、え?なんだここ!?」

ひたすら走り続けて流れる景色が都会から田んぼしかないようなド田舎に変わったところで、江戸川さんの目が覚めた。
状況が呑み込めないでいる彼に「群馬県だよ」と教えてあげたら「群馬!?」と聞いたこともないような甲高い声を上げた。そらそうなるわ。
どれだけ困惑しようとマイペースに運転を続ける母は、日本に帰ってきたのはここに来る用事もあったからだと笑った。その用事と言うのが、ここ群馬県で暮らす幼馴染の家へ行く事だった。

「有希ちゃん!来てくれたのね!」
「そりゃーもう!幼馴染の広美の頼みなら地球の裏側からだって飛んでくるわよ!」

流石は田舎というか、お屋敷と言っても過言ではない位大きなお宅に到着すると母の幼馴染だと言う薮内広美さんが出迎えてくれた。
二人は今でも年賀状のやり取りをしているらしく初めて会うのに彼女は私のことをばっちり知っていた。もちろん私だけではなく父やお兄ちゃんのことも知っている。
てっきり家族全員で訪ねてくるものだと思っていたようで、私と母しか来なかった事を残念がっていた。
そんな広美さんに「でも大丈夫よ!代わりにこの子を連れてきたから!」と言って母が江戸川さんを持ち上げた。

「私がロスで産んだ息子2号のコナンよ!子供だけど中々鋭いんだから!」

なんてこった私に弟がいたなんて。
はじめまして、と弟に挨拶をしたら悪乗りは止めろと怒られた。いいじゃん、息子2号の設定。

さて、我々は単に広美さんに会いに来ただけではない。
なんでも広美さんは3日前にブラジルから帰ってきたばかりの義房叔父さんについて調べてもらいたくて母(というかうちの家族)をこの家に招いたそうだ。
もう30年以上も前からずっとブラジルで過ごしていた義房叔父さんは、カルロスという背の高い外人さんを連れて帰ってきたのだが、この家の人間は彼が偽者ではないかと疑っているんだとか。
つい先日病死した広美さんのお父さんの遺産は相当な額であり、もしかしたら叔父さんに成りすましてそれを騙し取ろうとしているのでは?と自分達の取り分が減ることを恐れる親族たちが本人かどうかを確認したくて母を呼んだのだ。
なんでうちの母かというと30年以上前に日本で暮らしていた本物の義房叔父さんと会ったことがあるのが母と広美さんしかいないからである。

そんなことを言っても30年も前の記憶なんて当てにならず、江戸川さんの案でお茶をぶっ掛けて昔の古傷があるかどうか、右利きか左利きか、筆跡はどうかを確認していった。
その結果、私の意見としては今のところは本物っぽい。何より本人の所に遺産の件について脅迫状が届いたと言うので、なんかもう本物でいいんじゃないのって気がする。
偽者のところに脅迫状なんて来るわけないよな?あ、でも自分で用意した可能性もあるのか??

「上がったわよー。さっちゃん、お風呂入らせてもらいなさい」
「はーい」

明日の夜、遺言状を読み上げることになっているので今日はお泊りだ。夕食の鍋も食べ終わって順番に風呂に入って10時を回った頃、母が出てきて私に入浴を勧めた。
その前に大分お湯が冷めてきていると母から聞いて広美さんが焚き直しに行ってくれた。

「時間勿体ないからコナンちゃんと二人で入りなさいよ」
「無理、ホントに無理」
「だからやだって…」
「何よー、蘭ちゃんとは入れて私やさっちゃんとは入れないの?」

え、何その話初耳なんですけど!
ぺらぺら喋ろうとする母の口を江戸川さんが押さえつけた時、廊下から広美さんの悲鳴が聞こえてきた。
嫌な予感がする。その場にいた全員で彼女の元へ駆け付けるとサングラスをかけた妙な男がこちらを覗いていたのだと腰を抜かしていた。
それよりもっと気になったのが、桶の位置がおかしくなっている井戸だ。昔、広美さんの母親が落ちて亡くなった曰くつきの井戸で周りは柵に囲まれている。
もうずっと使っていないのに、何故か桶が高く上がっていたのだ。確認しに行くと何か引っかかっているようだった。
男性陣が力を合わせて引き上げてみるとその正体が明らかになった。

「お、お義母さま!?」

それは友人の結婚式の二次会に行くと言って家を出ていた広美さんの父親の後妻……の死体だった。
うわああああ、江戸川やってくれたなテメー。

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