真木理佐を推したい中学生3
やった!ついに出来た!

ラミネートしたカードを様々な角度から眺めてみる。完璧!
私が『それ』を納得いく形で完成させたのは、あと2日で3月になるという時だった。3月1日は真木先輩の誕生日だし、なんとか間に合って良かった。
久しぶりに訪れたボーダーは思いの外、明るい雰囲気に包まれていた。大規模侵攻を経験し、現実を突きつけられて辞めてしまった者もいるが、その倍以上の数の入隊希望が殺到したと言う。記者会見で発表された長期の遠征計画に突き動かされた人も多いのだろう。
少し来ない間にどうやら今期のB級ランク戦で玉狛第二が大躍進を遂げたらしく、歩いているとちらほら彼等の話題が耳に入った。色んな事があったけど、みんな頑張っているんだなあ。

ドキドキしながら冬島隊の作戦室を訪ねると入り口近くのソファーでアイマスクをつけた当真先輩が昼寝をしていた。私の声で目が覚めたらしくアイマスクをずらしてこちらを確認すると「おひさ〜」と欠伸をした。

「来てもらって悪いけど、真木ちゃんならいねーよ」
「えっ!」

まだ何も言っていないのにズバリ用件を当てられ驚く私に、当真先輩は壁にかけられたボードを指差した。冬島隊では、その日のタイムスケジュールをボードに書き記している。
真木先輩のところを見ると綺麗な字で午後の予定が書いてあった。どうやら今の時間は小会議室にいるらしい。もう少しすれば空き時間になるようなので、訪ねてみよう。

「つーか、髪切った?かわいいじゃん」
「ありがとうございます。よく言われます!」
「よく言われんのか」

ボーダーへ来ることが出来なかった間に、私はずっと伸ばしていた髪を肩につかないくらいまで切った。
本当は真木先輩みたいなカッコいいショートカットにするつもりだったが、美容師さんと鏡の前で三十分ほど熱い議論を交わした末、私には似合わないだろうと泣く泣く諦めたのだ。妥協した形になったが、この髪型もそれなりに気に入っている。
毛先を指に絡める私に、当真先輩は「あの子に似てる。コーラのCMの」と最近テレビでよく見かけるアイドルの名前を上げる。とても嬉しかったが、真木先輩に「かわいい」と言われた時のような胸の高鳴りはなかった。
早く真木先輩に会いたい。



「真木先輩、お疲れ様です」

小会議室から程近い位置にある簡易休憩所で目当ての人物を見つけ、後ろから声をかける。
振り返った先輩は私と目が合うと幽霊でも見たかのように驚いていた。まさかこんな表情が見れるなんてラッキー。嬉しくてニコニコしてしまう私を前に真木先輩はまだ驚きの表情を浮かべていたがすぐに我に返ったのか、いつもの無表情で「お疲れ様」と口にした。

「最近ずっと見かけなかったから、辞めるのかと思ってた」
「ああ、ちょっと色々あってお休みを頂いてたんです」

言いながら、くる、と毛先を指に絡めた。ドキドキしながら先輩の言葉を待つ。

「髪切ったの」
「そうなんです!わかります?」
「そりゃそんだけ短くなればね」

やった!気付いてもらえた!わかりやすいアピールが無事に届いたようだ。流石は真木先輩!
当真先輩のように可愛いと言ってもらえるかと思ってわくわくしていたが、先輩は眉を潜めるだけだった。レア顔だ……と喜ぶより前にショックを受けた。ダメなんだ、私はロングじゃなきゃダメな女なんだ。

「この前の大規模侵攻で、怪我をしたんだってね」

しょぼくれる私に、そんな言葉がかけられる。

「大丈夫?」
「は、はい。ちょっと掌を切ったくらいだったので」

右の手のひらを上げてひらひらと振ってみる。傷も何も残っていないし、ちゃんと動く。怪我といってもその程度のものだった。
それだけ?と確認されたので何度も何度も頷くと真木先輩は「そう……」と呟いた。

「無事なのは知っていたけど全然ボーダーに来ないから、………心配したよ」

心配させちゃった……。
心配したよ心配したよ心配したよ――先輩の声が頭の中でこだまする。この心の奥底から湧き上がる感情をなんと説明すればいいのだろうか。動揺した私は「あ、あスァ……」と訳のわからない返事をした。
真木先輩はなんだこいつと言いたげな顔をした後、小さく息をつく。

「でも、髪を切ったのは怪我の治療のためとかじゃないんだね。安心した」

安心させちゃった……。
安心した安心した安心した――先輩の声が頭の中でこだまする。伝えたいことは沢山あるのにやっぱり言語化できず「あ、あツァ……」と訳のわからない返事をした私に、先輩はますます不可解だと言わんばかりの顔を見せた。

「まあ、元気そうで何より」
「は、はい!元気です!」

いつも以上に元気の良い返事をした私は、更に元気な自分を見てもらおうとその場でくるりと一回転する。
先輩は相変わらずこちらを射るような冷たさを感じさせる目をしていて、私が4歳女児なら怖くて泣いていたかもしれない。でも私は先輩のことが大好きな14歳女子なので平気だった。姿勢を正して礼儀作法の授業で習った優雅なお辞儀を披露する。

「それであの、少しお時間良いですか」
「いいよ。座りなさい」

今更ながら確認すれば、真木先輩は自分の向かいの席を示した。
お言葉に甘えて椅子に腰かける。ごく、と喉を上下させてから「先輩にお礼が言いたくて」と話を切り出した。

「お礼?なんの」
「この間の大規模侵攻でのことです」

その日、私は通信室にいた。
人型近界民の侵入を報せる警報が鳴り響く中、逃げるどころか声を上げる暇もないほどあっという間に通信室は壊滅的な被害を受けた。ボーダーに入隊して8か月ほどの私は、倒れたまま動かなくなった先輩オペレーターを見た時、初めて近界民の危険を肌で感じたのだ。
当然ながら私も攻撃されたが、こうして五体満足で基地へやってくることが出来た。何故助かったのかと言えば、持たされていた護身用トリガーと単純に運だった。

「私、先輩が教えてくれた通り換装していたからあの日も助かったんです。ありがとうございました」

そのまま頭を下げる。護身用トリガーは技術者もオペレーターも全員所持しているが、強制されていない分いざという時しか起動しないと決めている人も多かった。その『いざという時』は瞬きをするくらい一瞬のことで、使うと決めた時にはもう遅かった。

椅子に座った状態では伝わりにくいかも、と一度立ち上がろうとすれば、私の意図を汲み取ってくれたらしい真木先輩に止められた。

「そんなのはきっと他の人も教えたよ。わざわざ頭を下げてもらうようなことじゃない」
「でも私が教えていただいたのは真木先輩です」

あの日、指導担当として来たのが別の方だったら確かに同じように言ったかもしれない。けれど、最初にその話を教えてくれたのは真木先輩で、私はそれに従ったから助かった。それは紛れもない事実だ。

「怖かったでしょう」

はい、と返事をした私の声は、自分で思っていたよりも小さく震えていた。

「あの後、両親に今すぐボーダーを辞めなさいって言われたんです。それで今日までここに来れなくて」

私が一か月以上ボーダーへ来ることが出来なかった理由を聞いた真木先輩は、ぐっと眉根を寄せた。

「ご両親の気持ちはわかるよ。死ぬかもしれなかったんだから」

真木先輩はそのまま唇を結ぶ。彼女にしては珍しく言い淀んでいるようだった。私はそんな先輩を真っ直ぐと見て、静かに言った。

「私、確かに一回死んだんです」

そう、私は通信室に侵入してきたあの人型近界民に攻撃されて、一度換装が解けたのだ。その場に倒れ込み、砕けた機器の欠片で手のひらを切った私に目もくれず、人型近界民は進んでいった。多分死んだと思ったのだろう。結果、私は助かった。
真木先輩の言う通り武器も持っていないし何もできないけど、一回は死ねるのがトリオン体なのだと身を持って理解することができた。
私の九死に一生体験談を真木先輩は黙って聞いていた。いつもの無表情だけど、伏せた目は時折揺れていた。
「だから……」と言いかけて、口を閉じる。ほんの数秒ほど間が空いた。真木先輩の切れ長で鋭い目がこちらを捉える。私は自分の顔が自然と笑みを浮かべていることに気付いていた。

「だから、これからは生まれ変わった気持ちで頑張ろうと思いました」
「……はあ?」

ぽかんと口を開けた真木先輩を見て、その表情を写真に収めたい衝動に駆られたが必死に堪える。今はそういう時じゃないだろう。
すぐに先輩はハッとして口元を手で覆った。

「いや、失礼。そう来るとは思わなかった」
「そうですよね。私、人の裏をかくのが得意で」
「初めて知ったわ」

へへ、と鼻の下を擦れば真木先輩の呆れた目が向けられる。やだ、素敵。
真木先輩は軽くため息をつくと顔にかかった髪を耳にかけた。

「生まれ変わって、ね。目標は決めたの?」
「はい。まずは部隊を組んでランク戦に参加します」
「うん」
「そして頑張ってA級1位になります」
「そう、努力する子は好きだよ」

好きって言われちゃった……。
好きだよ好きだよ好きだよ――先輩の声が頭の中でこだまする。先輩は「あ、あバァ……」と狼狽える私を甘やかすことなく「それやめな。バカみたいだから」と一刀両断した。

「それであの、実は是非見ていただきたいものがあって」
「なに?」
「これです」
「……なにこれ?」

一枚のカードを手渡すと先輩は片眉を上げた。それはラミネートされた手作りカードで、真木理佐先輩ファンクラブという文字と共に会員ナンバーが書いてある。昨日までの間に家で必死に作ったものだった。
こほん、と咳払いをしてから言った。

「実は、先輩のファンクラブを立ち上げたんです」
「は!?」

声デカッ。
真木先輩はかつてないほど驚いた顔をしていた。元々ハキハキ話す人だけど、今この瞬間、確実に音量が12くらいは上がっていた。

「今はまだ私一人なんですけど、でも先輩のこと好きな人たくさんいると思うんです。すごく素敵だから」

この素晴らしく美しい人に、ファンがいないはずがない。ボーダー内で特にそういった話を聞かないのは、恐らく個人で活動しているからなのだろう。となれば私が会長となり、皆を纏める必要がある。
その旨を伝えている間、真木先輩は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。レア顔〜!!

「メンバーはこれから私がどんどん勧誘します!」
「やめてくれる?」

熱が入ってグッと拳を握った私に、先輩はぴしゃりと言い放つ。その冷たさに、つい怯んだ。最初に頭に浮かんだのは拒絶の二文字だった。
流石に調子に乗りすぎたかもしれない――今更後悔してサッと俯く。だって先輩の怒った顔なんて見たくな……見た……見たいな……すごく綺麗なんだろうな……。
欲望に抗えず顔を上げることを決意した私の耳に、フッと小さな笑い声が届いた。

「バカな子」

その言葉に、弾かれたように顔を上げる。目の前の真木先輩が浮かべていたのは、私の期待した怒りの表情ではなく、いつもの無表情でもなかった。

「勧誘とかそういうのはやめてほしいけど、ありがとね。気持ちはすごく嬉しいよ」

不恰好な手作りカードを手に、暖かい目をして綺麗に微笑みながら真木先輩は言った。
この人に一生ついていこう。感極まり、涙ぐみながらそう誓った。

[pumps]