真木理佐を推したい中学生2
通信の媒介に戦闘記録、からのデータ収集と解析。オペレーターはやる事が多い上に一つ一つが複雑だ。
ややこしい機器の操作に最初はどうなる事かと思ったが、ほぼ毎日基地に来て触れていれば嫌でも覚えるもので、この頃は一人で仕事をすることも多い。

昼からずっと続いていた仕事も一段落つき、先輩方の厚意で少し早めに休憩を取らせてもらえた。鞄を持って向かったのはオペレーターが集まる専用の休憩室だ。利用者の大半は作戦室を持たない中央オペレーターなのだが、ちょっとした情報交換や交流の場でもある為、部隊オペレーターもよく利用している。
入ってすぐのテーブルの上には「よかったらどうぞ」というメモと共にお菓子が置いてあった。いつ来ても誰かからの差し入れがあるそうだ。
お菓子を一つ貰って、目についた席へ向かう。その途中何気なく部屋の中を見回せば、こことは真逆のテーブルに真木先輩が座っているのを見つけた。行かなきゃ――と無理に体勢を変えたせいで足を挫いた。痛くはない。トリオン体すごい。
一人でバタバタと音を立てながら側に寄れば、私が声をかけるより前に先輩が顔を上げた。

「お疲れ様」

先手を取られた…!慌てて「お疲れ様です」と頭を下げる。入隊してかれこれ二月は経つが、ボーダー隊員がよく使うこの挨拶の仕方にはまだ慣れなかった。

「あの、聞きたいことがあって、質問いいですか?」
「どうぞ」

そう言って真木先輩は自分の横の椅子を引いた。座っていいの!?
緊張しながら「失礼します……」と腰掛ける。近い近い近い近い。真横に先輩の気配を感じて、あまりの近さに動悸がしてきた。どうしよう、迂闊に横を向けない。
トリオン体の感覚の再現ってすごいな、と思いながら小刻みに震える手で持ってきた鞄から物を取り出す。
仕事用のノートとペンケースを取り出すつもりが、焦って全く関係のない物までテーブルの上に並べ出した私を見ておかしく思ったのか、真木先輩が控えめな笑い声を出した。

「わかりやすい趣味をしてるね」
「よく言われます……」

顔に熱が集まるのを感じながら答える。メモ帳、下敷き、ハンカチ、鏡……テーブルに広げられた持ち物全てに同じキャラクターがデザインされていた。
赤いリボンをつけたこのウサギは世代を問わず愛される人気キャラクターで、私は身の回りの殆どの物をこのシリーズで揃えていた。
子供っぽいかもしれないが、好きなものだからやめる気はない。
ようやく仕事用のノートを見つけたので、白紙のページを開いた。黒のペンを片手に知りたかったことを尋ねる。

「先輩の誕生日っていつですか」
「そっち?」

私の質問に僅かながら先輩の無表情が崩れる。

「聞きたいことってオペレーターの仕事のことじゃなかったの」
「あっ、すみません。こういう話は今するべきじゃないですよね……」
「いいよ。お互い休憩時間なんだから」

ちょっと吃驚しただけ。先輩はそう言って表情を緩めた。
真木先輩は3月1日生まれのみつばち座。忘れない様にしっかりとメモをする。他にも聞きたいことは沢山あったが、一度に聞きすぎると不審がられるかと思ったのでとりあえず誕生日だけにしておいた。
お礼を言えば真木先輩は「そんなことが知りたかったの?」とおかしそうに笑う。写真撮りたい、という欲望は隠し「へ、へへ……」とにやける。

「ボーダーには慣れた?」
「はい。皆さんよくしてくださって……特に当真先輩にはお世話になっています」
「へえ」

私の言葉に真木先輩は意外そうに目を少し見開いた。
当真先輩は私に真木先輩との親しい様子を見せつけてマウントを取ってくる敵だと思っていたが、ちゃんと話したら普通に親切な方だったのだ。先日も基地内で迷っていたら助けてくれたし、飲み物を奢ってくれたし、チームメイトしか知らない真木先輩の情報を横流ししてくれたり、彼には本当にお世話になっている。

「オペレーターの仕事もようやく理解できて来たかなって感じですね。楽しくやれてます」
「そう、よかった。目標はあるの?」
「目標……?」
「オペレーターとしての技術を上げるとかチームを組むとか色々。どう?」

促され、暫し考える。ダメだ、早寝早起きしか出てこない。
そもそも私はボーダーに入隊した理由だって面白そうだから、といういい加減なものだ。目標などあるわけがない。

「必ずしも決めなきゃいけないわけじゃないけど、あるとこの先も迷わず行動できるよ。よく考えてごらん」

真木先輩は椅子から立ち上がると「じゃ、お先に」と私の肩を叩いた。
決めた。私、もう肩洗わない。

***

目標か〜、やっぱり真木先輩と一緒にご飯食べたいとかかな?
翌日の午後、ぐう〜と喧しく鳴るお腹を押さえながら、少し遅めの昼食を取ろうと食堂へ向かった。トリオン体でもお腹が空くけど、生身と違って食べても満腹感は得られないらしい。そのせいで太った人がいるそうなので、常時トリオン体の隊員は気を付けているそうだ。

何を食べようかと食堂前のサンプルを見に行けば、大好きな人の後ろ姿を見つけて一気に空腹が吹っ飛んだ。
真木先輩だ!といそいそと駆け寄れば、気が付いてくれた先輩にまたもや先手を取られて「お疲れ」と言われたので私もすぐに挨拶を返す。

「これからお昼なの?一緒に食べようか」

目標達成しちゃった……。
真木先輩もついさっき防衛任務が終わったらしく、ようやく昼休憩だそうだ。やはり私は運が良い。
それぞれ注文した品が乗ったトレーを持って、席に着く。食べる前に手を拭きながら、向かいに座る先輩に「あの」と小さく言う。

「食べ終わったら質問良いですか?あ、仕事のことなんですけど」
「もちろん」

快く承諾してもらえて、ほっと胸を撫で下ろす。

「熱心だね」
「いえ、そんなことは全然」

顔の前でパタパタと手を振る。真木先輩の目にはそう映っているようだが、実際は違う。仕事について聞くなら中央の先輩で事足りるし、何ならどれもこれも既に習った事ばかりだ。結局のところ下心しかない。

「自分でどう思っているかは知らないけど、こっちからすれば真面目で働き者で、十分熱心だよ」
「でも私って落ち着きなくて、学校でもしっかりしなさいってよく言われるんです」
「そうなの?そんなことないと思うけど」
「もう本当に、すぐ隙間に挟まるし穴にも落ちるし」
「穴に落ちる……?」

真木先輩は眉をぴくっと動かすと暫く次の言葉を発さなかった。何やら考え込んでいるようで、その顔も素敵だった。じっと観察していると先輩が口を開く。

「…別に注意力散漫ってわけじゃないと思う。集中力もあるし。ただ何か気になるものを見つけるとその一つのことに没頭しちゃうのかな」

そう言うと真木先輩は真っ直ぐ私を見た。

「やりたいことが多過ぎて、身体が付いていかないんだろうね。一度深呼吸して、足元をよく見るといいよ」
「確かに、穴に落ちる時はいつも下を見てませんでした」
「穴に落ちる……?」

私は本当によく穴に落ちるのだ。浅い穴から広い穴、ちょっと深めの穴まで色々。皆が避けて通るようなところで足を取られてしまう。
次からは足元に注意しよう、と肝に銘じていると向かいの真木先輩に「星輪って穴だらけなの」と訝し気に尋ねられた。別に星輪に限った話ではないが、ぐだぐだと私の纏まらない話(ヤマなしオチなし)をしても迷惑だと思ったので「まあ、不審者対策で……」とだけ返しておいた。



真木先輩は厳しい人だ。
それは外見からもわかるし、当真先輩もよく怒られると言っていた。能力ある者がそれを活かさずに怠けている事が何より嫌いらしい。
私は特別能力のある人間ではないが、怠け者でもない。真木先輩って私のことどう思ってるんだろう。
きっと嫌われてはないだろうけど…いや、わからない。先輩は大人だから気を遣ってくれているのかもしれない。

「当真先輩はどう思います?」
「俺に聞く?」

ラウンジ近くで真木先輩の防衛任務が終わるのを待っていたら、リーゼントの方が現れたので代わりに尋ねてみた。
真木先輩は世話焼きというわけでもないので、私のように姿を見つけては傍に寄ってくるようなタイプは煩わしく感じているのかもしれない。黙って仕事しとけと思っているのかもしれない。

「不安なんです。真面目にお願いします」
「まあ、別に大丈夫じゃね?」

緩くて適当な言い方に、納得できずに「真面目にって言ったでしょ」と口を尖らせれば「真面目に言ってる」と返ってきた。

「真木ちゃんはお前みたいに一生懸命な奴が好きだからさ。わかりづらいかもしんないけど、あれで結構喜んでると思うぜ」
「……ですよね〜!」
「ですよね?」

嬉しくなって当真先輩の腹部をドスドス殴る。
分析通り、真木先輩は自分の仕事をちゃんとやる人には好意的だ。だから私は真木先輩にそこまできつく怒られたことはないし、優しくしてもらえている。いや、一回くらい怒られたいな。
大きく頷いていると当真先輩に「全然不安じゃねぇじゃん」と笑われた。

「ありがとうございます!元気になりました!」
「どーいたしまして。俺の鞄持たせてやろうか?」
「すみません!嫌です!」

私が鞄を持つのは真木先輩だけと決めているのだ。でも先輩は優しくてしっかりした人だから、後輩を荷物持ちに使ったりはしない。
口の端に笑みが浮かぶ。ボーダーに入ってから、いや、先輩に出会ってから毎日が楽しい。元々楽しかったけど、以前は落ち込むことも多かった。
しかし今は明日も真木先輩に会えるかもと思うだけで活力が湧く。今夜は唐揚げが食べられるかも!と思ってワクワクしていた頃とは全然違う。これが幸せってやつなのかな。

そんな風に私はボーダーへ入隊してから充実した毎日を過ごしていた。途中で遠征があって、先輩に会えない日も続いたけど、遠征部隊が戻ってきてからはそれまで以上に積極的に会いに行ったし、沢山話をした。
そして大規模侵攻があったのが1月の半ば過ぎ。平日だが、その日も私は本部でオペレーターとして働いていた。
それから暫くの間、私はボーダーへ行くことが出来なくなってしまった。真木先輩に会うことが出来たのは一か月以上先だった。

[pumps]