迅と歩く死亡フラグ
※夢主と迅は高校三年生の設定です。



最初はちょっと変な男の子だなって思っていた。

「苗字ちゃん、帰りは頭上に気を付けてね」

帰りのホームルームが終わって帰宅しようと鞄を持ったところで隣のクラスの迅くんがわざわざうちの教室までやってきてそう言った。頭に手を当てながら「わかった。バイバイ!」と返事をすれば迅くんは「また明日ね」と笑った。

頭上注意、頭上注意、と忘れない様に呟きながら帰路につく。今日は一人だし、寄り道しないで真っ直ぐ帰ろう。
急な突風にぴたりと足を止めた。いつもなら気にせず進むけど、迅くんの言葉を思い出して上を見る。目に入ったのは個別指導塾の黄色い看板。経験上、こういう時が一番危ないんだ。一歩、二歩、……三歩かな?いや、やっぱり四歩下がった。
そのすぐ後、強風に煽られたのか黄色い看板が落ちてきた。あのまま進んでいたら直撃しているところだった。危ない。
最悪の事態を想像してドキドキしている胸を押さえる。また迅くんに助けられちゃった。


無事に生き残ることが出来た翌朝、登校中に前を歩く迅くんを見かけたので後ろからそ〜っと忍び寄れば、彼は私が手を伸ばすと同時に振り向いて「おはよ」と短く言った。
迅くんはいつもこうだった。彼へのサプライズは成功した試しがない。後ろに目でもついているのかな?ってくらい隙がなくて、アミダくじもじゃんけんも全部強い男の子だった。

「おはよう。昨日は教えてくれてありがとうね。言ってくれなかったら死んでたよ」
「どういたしまして」
「迅くんに助けてもらったのはもうこれで九……十……?あ、十二回目だね」

指を折って数える私に迅くんは苦笑した。私が彼に命を救われたのは十二回目だ。多分。
迅くんに出会ったのは高校の入学式当日。同じクラスで隣の席だった彼の最初の言葉は「階段には気をつけて」だった。
自己紹介とか挨拶とかする前にそれだったから「毎日気を付けてるよ?」と返しながら心の中では変な男の子だな、って思っていた。その二日後、お昼休みに階段の一番上の段から落ちそうになった私を助けてくれたのはその変な男の子だった。
その後はまあ、色々――登校中にゴミ収集車が突っ込んできそうになったところを既の所で助けてくれたり、三階の窓から落ちた私を体育倉庫から引っ張り出してきたマットで助けてくれたり、飛んできた野球部のボールを打ち返してくれたり、調理実習で皿洗いしかさせてくれなかったり――本当に色々あって、迅くんには何度も危機を救われてきたし、ここまで死の危険に見舞われる私って相当やばいと自覚した。一応毎朝占いはチェックしてるんだけど、運勢最悪でも『最下位はぺんぎん座のあなた!ごめんなさ〜い、死にます!』とまでは教えてくれないので、ああいうのは当てにならない。迅くんの方が余程頼りになる。
そう、ここまで来れば、鈍いと言われる私でも気が付くことができた。迅くんはとんでもない占い師なんだと。



「苗字ちゃんってさ、なんでそんなに死ぬの?」
「わかんない」

放課後、一緒に帰ろうと誘ってきた迅くんと並んで歩いているとめちゃくちゃカジュアルに死について振られた。死にそうになるの?じゃなくて死ぬの?って私の死が確定した世界線を知っている人間の言い方じゃん。

これについては、私になりに色々考えてはいるのだが、いまいちよく分からない。特別不注意でもないし、高校生になるまでこんなことはなかった。運はどちらかといえば良い方だと思う。ビンゴ大会に参加すると大抵2番目にビンゴになるし。
もしかしたら、私の寿命はもうとっくの昔に尽きていたのかもしれない。本来死ぬべき時に死なずに助かってしまったから、死神が帳尻を合わせようとしているのかも。そんな感じの映画があったはずだ。

「う〜ん、どうだろうね?そういうのは無いと思うけど」

私の考察を聞いた迅くんは軽く首を傾げながら持論を展開した。

「死ぬ運命とか、寿命とか、最初から決まってるわけ無いよ。運悪くそういう道に入っちゃうこともあるだろうけど、そんなの行動次第で回避できる。できなかった時に運命だったって言ってるだけ」

わかる?と聞かれて全然分からないけどとりあえず頷いた。なんかスピリチュアルな話になってきたな。
ただ、迅くんは占い師としての自信に満ち溢れているからか発言全てに何とも言えない謎の説得力がある。彼がそう言うなら、よくわかんないけどそうなんだと思えた。

「運命は最初から全部決まってるとか、嫌でしょそんなの」

ちょっと目を逸らしてそう呟く迅くんは、高校生の今でもこんなにすごい占い師なんだから、そのうち大成するだろう。もしかしたらオー○の泉的な番組に出演しちゃうかもしれない。

「迅くん、迅くんがもし有名になって冠番組持てたら私のことアシスタントに使ってね」
「なになに急に何の話?」
「未来の話だよ」
「おれの知らない未来の話しないで?」

未来なんて誰にもわからないのに変なことを言う。
そういう未来があるかもよ、と言ったら、迅くんは「うん、あったらいいかも」と苦笑した。あまり乗り気ではないようだ。流石の彼もテレビ業界でやっていける自信はないのかもしれない。テレビって本当に大変そうだもんね。
私はいつでも迅くんの味方だよ、と伝えたら、迅くんは意味不明だけど嬉しいとお礼を言ってくれた。

「それで、迅くん。私思ったんだけどね」
「はい」
「先回りして躓かないように障害を取り除いてもらっていたら私は強くなれないと思うの」
「え、うん」

これは、辛いけどずっと言おうと思っていたことだった。
私はちょっと迅くんに頼り過ぎだ。彼は彼で色々と忙しいのに、限りある時間を割いて私のために奮闘してくれている。今日だって一緒に帰ろうと誘ってきたのは私が帰り道に死ぬという凶悪な占い結果が出たから心配してくれたんだろう。
だから私は自立しなくてはいけない。進む道にどんな障害があろうと一人で頑張らなくてはいけない。

「でも、苗字ちゃんの場合はその障害を取り除いてあげないと死ぬんだよね」
「マジで?こわ」
「おれ達このやり取り何回目?」

呆れた調子で返される。何回目だろう、と考えていたら丁度交差点に差し掛かった。青信号だったので横断歩道を渡ろうと足を踏み出した時、後ろから強く腕を引っ張られる。当然ながら私はそれ以上進めなかった。

「なに?」
「いや、危ないから」

私の腕を掴んだまま迅くんは困ったような顔で言った。
青なのに危ない?と聞き返すより先に、物凄い速度で横断歩道に車が突っ込んできた。完全に信号無視だった。人通りが少ない道だから行けるとでも思ったのかな?酷い。
通り過ぎていった車を睨むように見つめてからすぐに振り向いてありがとね、と命の恩人にお礼を言う。また助けられちゃったよ。

「どういたしまして。ちょっとそこのコンビニ寄っていい?」
「迅くんってコンビニとか行くんだ」
「おれのことなんだと思ってる?」
「占い師」
「占い師でもコンビニくらい行くでしょ」

確かに。ハッとする私を置いて迅くんは先に店内へ入って行った。
占い師も人間だからコンビニで買い物くらいはする。でも私達一般人からすればミステリアスな存在のままでいてほしい、みたいな気持ちもあるので複雑だ。
迅くんの買い物中、特にすることがなかったのでバックヤードに繋がる扉に貼られたアルバイト募集のチラシを見ていた。
高校生の時給は安い。眉根を寄せていると買い物を済ませた迅くんが「バイトしたいの?」と聞いてきた。

「苗字ちゃんに稼げる良いバイト紹介してあげようか」
「風俗はちょっと……」
「違うよ?」

稼げる良いバイト、なんて怪しい謳い文句には騙されないよう日々気をつけている私に、迅くんは学ランのポケットから取り出した四つ折りの紙を手渡してきた。開いてみると同じクラスの嵐山くんの顔が写っていた。

「ボーダーじゃん」
「うん、ボーダー」

三門市の住民で界境防衛機関ボーダーの名を知らない人はいない。ここからだってあの大きな基地は見えるし、最近は幼稚園生でも習うって友達のお姉ちゃん(幼稚園勤務)が言ってた。
ボーダーは、世界で唯一異世界と繋がり定期的に怪物がやってくるこの街で、一番安全で一番危険な場所だった。

「防衛隊員は絶対無理」
「一般職員でどう?」
 
難色を示す私に、ボーダー所属の彼はそう提案する。
給料は並のバイトより良いし、ただの職員なら危険に晒されることも少ない。絶対ではないけどね。職員って言っても色々種類があるから何か出来そうなものを探してやってみれば良い。おれは本部所属じゃないけど、行き来はするし、それに。

「それに所在がはっきりしてる方が助けやすいし」
 
迅くんが事も無げに続けた言葉は、多分彼が私にボーダーを勧める最大の理由なんだと思った。一瞬、言葉に詰まる。

「……迅くんってみんなにこんなことしてるの?」
「まさか」

即答だった。それが余計に私の心をざわつかせる。

「というか、こんなに毎日死と隣り合わせでいるのはおれの周りじゃ苗字ちゃんくらいだから、比べようがないっていうか」
「ごめんね、デンジャラスな女で……」

私にできる最大限の申し訳ない表情を披露しながら両手を顔の前で合わせた。私がデンジャラス=苗字(18)だからか。本当にレアリティ高めの女で申し訳ない。
行こう、と促されて足を動かす。ようやく店を出ると迅くんは冗談めかして言った。

「まあ、分かってて死なれるのは寝覚めが悪いからね」

そこで一度言葉を切る。迅くんはちょっと迷っているような表情を見せてから、ふ、と口角を上げた。

「それにおれは苗字ちゃんの夢を応援しようって思ってるからさ。その時までは死んでほしくないんだよね」

一瞬、私の周りだけ時間が止まったような気がした。迅くんの口から私の夢なんて言葉が出るとは思わなかったからだ。私の夢ってアレのことだろうか。
ゆめ、と呟く私の小さな声を迅くんは聞き逃さなかった。

「あれ?もう諦めた?」
「ううん……一回だけしか話してないのによく覚えてるね」
「印象的だったからさ」

それは一年の秋、放課後の教室の話。前日の夜に親と喧嘩した私がボロボロと落涙しながら「自分に才能がないことは知ってるけど」と感情をコントロール出来ず勝手に憤っていた日のことだ。

「でも未来のことなんて誰にも分からないじゃない。私はもしかしたら芸能人になってるかもしれないし、起業してるかもしれないし、政治家の秘書とかになってるかもしれない。決めつける権利なんて誰にもない……」

みたいなことを居合わせた迅くん(多分偶然じゃなくて私が死にそうだから残ってた)にぶちまけちゃった気がする。まだ私達が仲良くなる前だったから覚えている。なんなら私に対して死ぬ死ぬ言ってくる迅くんのことをちょっとウザいなと思ってた頃だ。

「あれを聞いたから余計に助けてあげたくなったんだと思う。おれ、この子が夢を叶えられるように応援したいなって」

私は知らず知らずのうちに迅くんの心を動かしていたようだ。でもその前から普通に助けてもらっていたので迅くんは相当なお人好しだと思う。やっぱりボーダーに籍を置いて街の平和のために怪物と戦うような人は違う。嵐山くんは言わずもがな、柿崎くんはいつも優しいし、生駒くんもドリブルが上手い。

「未来ってのは分岐していくからね。行動一つでいくらでも変えられる。苗字ちゃんが諦めなければ夢を叶える未来は存在し続けるよ」

迅くんは真っ直ぐ私の目を見て言った。

「苗字ちゃんは諦めるような子じゃないから大丈夫」
「良いこと言うじゃん……」
「でしょ」

鼻高々の迅くんに尊敬の眼差しを送ってから、今度は私の方が、いま頭に浮かんでいる言葉を言うべきか少し迷って黙る。迅くんも喋ろうとしなかったので沈黙が続いた。ただ足だけが迷うことなく動いている。
どのくらいかはっきりわからないけど、かなり間をあけてから、あのさ、と恐る恐る口を開く。

「私、卒業したら引っ越すんだ」
「へえ」

迅くんは別に驚いていなかった。これは知ってたな。そういう占い結果が出てたんだ。
県外の大学に行くと話せば「うん、頑張って」と返ってきた。

「苗字ちゃんは三門にいるのが一番危険みたいだから、外に出ちゃえばもう大丈夫だよ」
「そこまでわかるの?もしかして、お父さんの転勤も迅くんが仕組んだんじゃ……」
「いや、それは知らないけど」

上の指示じゃないかな?そっか。と間抜けなやり取りをする。
お父さんが転勤の話を持ち帰ってきたのも、家族みんなで付いていくことを決めたのも、つい最近のことだった。私達は黒い穴から怪物が出てくるようになった日からずっと三門を出る理由を探していたので特に迷わなかった。

「私、三門にいたら死ぬんだ……」
「死ぬっていうか、数年以内に死ぬ可能性が限りなく100に近くなるって感じ?」
「ほぼ同じでは」

ごめんごめん、と迅くんは軽く謝ってきた。私達は変に慣れてしまっているのでこんな重たい話を昨日観た歌番組について話すくらいのノリで話せるようになっていた。結構やばい。

「もし私がここに残ってさ、三門の大学に通うって言ってたら迅くんはどうする?」
「その時はずっと傍で見てようと思ってたよ」

思いの外、真剣な声色だった。迅くんは、少なくとも私の前ではいつも軽い調子で話をするから相当珍しいことだ。だからこそこの言葉が決して冗談ではないとわかり、つい反応が遅れる。
だって、それって、それって……。

「守護天使じゃん……!」
「そうくるか〜」

迅くんが声を上げて笑った。その笑い声があまりにも明るく楽しそうにするので、なんだか私もおかしくなって釣られて笑ってしまった。時々車が通る程度の静かな道を二人揃って笑い袋か?ってくらい笑いながら進んでいく。
ようやく落ち着いたのは私の家のすぐ近くまで来てからだ。その時になって初めて私は迅くんが家まで送ってくれたことに気が付いた。ってことは、あの信号無視の車の後も何処かで死ぬタイミングがあったんだ。本当に三門にいるとすぐ死ぬな私。
また助けてもらっちゃった、とちらりと横の迅くんに視線をやれば、彼も丁度私を見ていた。ばっちりと目が合い、なんだか照れくさい気持ちになった。誤魔化すように口を開く。

「じゃあ、ここで。また明日ね」
「うん。あ、ひとつだけいい?」

歩き出してすぐ、迅くんに引き止められる。

「明日はいつもより早めに家を出た方がいいかも」
「わかった!ラッキーアイテムは?」
「ぼんち揚げ」

大きく手を振って別れた。迅くんの占いはよく当たる。つまり、ぼんち揚げを片手にいつもより早い時間に家を出れば明日の私は最強ってことだ。
とん、と小さくスキップをする。家にぼんち揚げあったかなと考えていたら、真後ろからガシャン!と何かが割れたような音が響く。反射的に振り向くとついさっきまで私が居た場所に植木鉢が落ちてきていた。よし、さっさと三門市から出て行こう。

[pumps]