お菓子をくれる二宮
※ネームレスです

射手の二宮さんと言えばボーダーで彼を知らない人などいないだろう、というくらいの有名人だ。流石に入隊したばかりの訓練生や普段あまり関わりのない支部所属の職員さん達にはひょっとしたら馴染みがないかもしれないけど、本部所属の防衛隊員なら普通に歩いているだけで彼の話が耳に飛び込んでくるので、名前くらいはすぐに覚えるだろう。
二宮さんは元A級部隊の隊長を務めていて個人ポイントも射手で一位、個人総合では二位となんかもう色々すっごい人。それに加えて背が高くて声も低くて表情はあまり変わらないし冗談を言うタイプでもないのでちょっと近寄り難いイメージがあり、元から交流のある人達以外で積極的に二宮さんに絡みに行くような人は殆どいなかった。

「二宮さん、アステロイドで6000いきました」
「そうか」

そんな二宮さんと私は最近お話するようになった。ボーダーに入隊して二年目になるが、ちゃんと口を利いたのは一ヶ月前がはじめて。狙撃手から射手に転向する時、東さんが私のことを二宮さんに紹介してくれたのがきっかけだ。
「今日から射手でやっていくそうだ。何かあったら助けてやってくれ」という東さんの言葉に二宮さんが「わかりました」と頷いてから、度々、稽古をつけてもらってる。私としては偶に助言を頂くだけで弟子入りしたつもりはない(どうせ弟子になるなら蔵内先輩とか那須先輩が良い)けど、みんなからは弟子だと思われているっぽい。

「そういえば、お前今いくつだ?」
「年ですか?15です」

何の脈絡もない質問に素直に答えると二宮さんはまたもや「そうか」とだけ返して上着のポケットに手を入れた。
なんで急に年なんて聞いてきたんだろう。私の年なんて興味ないだろうに。

「おい、手を出せ」
「?こうですか…」
「片手じゃ無理だろう」

そう言われたので両方の手のひらを差し出す。何をする気だろう、と首を傾げつつ待っていると二宮さんは上着のポケットから筒状の何かを取り出し、その蓋をポン、と軽い音を立てて開いた。
それがみんな大好きマーブ○チョコレートであることに気が付いたのは、私の手のひらに色取り取りの丸いチョコレートがザラザラと降ってきてからだ。

「え……………?」
「やる」
「…………、え………?」
「どうした」

こっちの台詞だよ。
なんてツッコめるはずもなく飲み込む。両手に盛られたマーブ○チョコを見つめながら必死に考え、かろうじて「あ、りがとう…ございます……」とお礼を言うことができた。お礼は言えたけど、未だこの状況について理解は出来ていないので二宮さんの説明を待っていると、この後防衛任務が入っているらしく彼は「先に行く」と私に一言断ってから振り返ることなく去っていった。
説明を……!説明をしろ……!
一人ぽつんと残され、手のひらに乗ったマーブ○チョコ達と見つめ合う。なんでマーブ○チョコ?二宮さんとマーブ○チョコってどういう関係?急にどうしたの?もしかして皆に配ってるのかな?お願いだから説明して……?

「わっ、すっご〜い。どうしたのそれ!」

手を下ろすことも出来ずに途方に暮れていると明るい声が聞こえた。顔を上げると同学年で狙撃手仲間だった茜ちゃんがいつの間にか側に来ていて、目を輝かせていた。

「茜ちゃん!茜ちゃんも二宮さんにマーブ○チョコ貰った?」
「二宮さんに?貰ってないよ?」
「えっ」

配り歩いてるんじゃないの……?
どうやら無差別に配っているわけではないらしい。どういうことだ?と困惑したが、今はこの手のひらの上のものをどうにかするべきだろうと思い、茜ちゃんに「良かったらどうぞ」と声をかけた。



その翌々日も私は二宮さんからマーブ○チョコを貰った。
個人ランク戦後、二宮さんは去り際に「手を出せ」と言うとまたもやマーブ○チョコの筒を上着のポケットから取り出したので「もしかして来る……!?」と身構えていたら本当にくれた。
先日同様、手のひらいっぱいに乗ったマーブ○チョコを今回は偶々通り掛かった樫尾くんに協力してもらい、広げたティッシュの上に移した。そして発見した。

「15……年の数だ……!」

ティッシュの上に乗ったチョコの数は15個。よく考えれば、この間も私の年を確認してからマーブ○チョコをくれた。ひとつ、ふたつではなく、手のひらが埋まるくらいの量をくれたので変だなと思ったけど、多分年の数だけ渡すようにしてたんだ。いや、一番変なのは二宮さんがマーブ○チョコを持ち歩いてるという事実だけど。
数量の謎は解けた(多分)。あとは何のつもりでマーブ○チョコを渡してきたのか、ということだ。一人謎解きをしている私の横で、なんだこの状況は、と言いたげな顔の樫尾くんにも確認を取る。

「ねえ、樫尾くんはマーブ○チョコ貰った?」
「いや?そもそも君は誰にこれを?」
「二宮さん。訓練終わりに最近くれるの」

樫尾くんは、二宮さんの名を聞いて「へえ、結構優しい人なんだな」と少し驚いたように言った。
対して私は何故このエピソードを聞いて彼の口から『優しい』という単語が出てきたのか理解出来ず、どういうことかと聞き返す。

「君が訓練で成果を上げたから、ご褒美のつもりでくれたんじゃないかな。王子先輩も偶にそういうことをされるし」
「……あ、あ〜!そういうこと!?」

これご褒美のお菓子だったの!?
いや、でも確かに最初はアステロイドで6000ポイント取れた話の後にこれをくれたし、今日も模擬戦で二宮さん相手に奇跡的に二本取れた。今日は凄く頑張ったなと自分的には満足してたけど、二宮さんも頑張ったと思ってくれていたからご褒美でマーブ○チョコをくれたってこと?そんなのわからないよ…!「手を出せ」だけでわかるわけがないよ……!
顔を両手で覆いながら、二宮さんを思い浮かべる。あの人は、なんて不器用な人なんだろうと思った。うちのお父さんより不器用。あんなに能力が高くて何でも出来る人なのに、圧倒的に言葉が足りないし、なんか色々おかしい。
きっと自分で考えたのではなく、知り合いの誰かから後輩にはお菓子でもあげろと教えられたんだろう。多分犬飼先輩か、出水先輩のどちらかだ。まあ、犬飼先輩かな?スマホ弄りながら冗談のつもりで言ったら真に受けたんじゃないだろうか。二宮さんって天然だし。
はあ、と小さくため息をついてから樫尾くんにチョコを分けようとしたら「君が貰ったものだろ」と断られた。確かに、私が二宮さんから貰ったものだ。

***


「お疲れ様です」

翌日、私は初めて自分から二宮さんの元を訪ねた。今までは個人ランク戦か防衛任務の交代の時間くらいしか会うことがなかった彼と初めてラウンジで会った。
二宮さんはボーダーから支給された端末を使って何か作業をしているところだった。忙しそうだったので「やっぱり出直します」と告げたら「別にいい」と言われて、向かいの席に座るよう勧められた。
私服の二宮さんを見たのはこれが初めてだったし、まさか彼と仲良く同じテーブル席に着く日が来るとは思わなかったので不思議な気分だった。最初に言ったと思うが私は二宮さんの弟子ではないし、弟子入りするなら蔵内先輩か那須先輩が良いからだ。彼と積極的に交流を持つつもりはない。

「それで、何の用だ」

端末を遠ざけながら二宮さんが言う。
わざわざ話をする環境を整えてもらったので、もう腹を括るしかない。頑張れ自分と心の中で己を鼓舞しながら口を開いた。

「あの、マーブ○チョコの話なんですけど」

自分で言っておいてこんな切り出し方ってないと思った。マーブ○チョコの話って。ふざけてるのか。
二宮さんはぴくりと反応を見せる。いつもと変わらない、怜悧な目がこちらを向いたので緊張からつい背すじを伸ばす。

「その……マーブ○チョコを手のひらに出されると……どうやって持って帰ればいいかわからなくなるので、次からは出来れば個包装タイプのお菓子がいいです……」

言った。勢いで言い切った。けど、本当に何を言ってるんだ私は。
私達の間に沈黙が降りる。返事を待つ間、先程の自分の発言を脳内で反芻する。なんだかお菓子を強請ってるようにも取れる言い方だったことに気が付き、慌てて「違うんですよ」と自分の言葉について補足した。

「別にお菓子寄越せって言ってるわけじゃなくて、もし、今後も頂けるなら個包装タイプのものがいいなって」
「何がいいんだ」
「えっ!……と、……ハッ○ーターンとか」
「甘くなくていいのか」
「はい……貰えるならなんでも嬉しいので」

本心だった。私がそう伝えると二宮さんは少し考える素振りを見せた後、納得したのか「わかった」と短く答えた。

その三日後、二宮さんがハッ○ーターンの袋を片手に現れたのは本当に面白かったし、個人ランク戦後にパァン!と勢いよくハッ○ーターンの袋を開封して「15個だな」と言い出した時は絶対に笑ってはいけないボーダー隊員24時が始まったと思った。やっぱり二宮さんってすごい天然。

[pumps]