焼肉と二宮
※ネームレスです

鳩原隊員の隊務規定違反により連帯責任として二宮隊がB級に降格した話は瞬く間に広まった。私達本部所属の正隊員が上からの通達でその話を知った頃には原因となった鳩原隊員は既にボーダーを辞めていたし、私は彼女と親しい間柄ではなかったので詳しくはよく知らない。詳しく知らないからこそ驚いた。
今までも隊務規定違反によりクビになった正隊員は何人かいたが、A級隊員は恐らく初めて、しかも特別素行に問題のある訳でもないあの鳩原さんが、と外野にとっては中々に衝撃的な話で、流石に二宮隊を前に根掘り葉掘り聞くような者はいなかったが、彼らから遠い存在であればあるほど好奇の目を向けていた。
空気が読めないことに定評のある鈍感な私ですらその目や空気を感じ取れたので、渦中の二宮隊はさぞ居心地が悪いだろうなと思った。それが一応先々月の話。
流石に二か月も経てば鳩原隊員の話題を口にするものはいなかった。人のうわさも七十五日というが、件の二宮隊が早い段階から普段通りに振舞っていたことも大きく影響していた。彼らと接して「あれ?こっちが思ってるより案外気にしてない感じ?」みたいになった人が多くて、部隊の順位もシーズンごとに激しく変動するものなので彼らがB級にいることへの違和感も徐々になくなっていった。それが私以外の皆の話。

私はと言えば、同い年で同期入隊でもある二宮への接し方に悩んでいた。降格処分に文句も言わず、鳩原隊員への恨み節も吐かず、一見すると何事もなく日常を過ごしているかのように見えた二宮は、二か月経った今でも明らかにこの件を引き摺っていたからだ。鳩原隊員の名前を出すと明らかに纏う空気が変わる。恨み節は言わないけど冴えない女だとか悪口はまあまあ言い始める。
でも決して彼女を嫌っているわけではないことを私はよく知っていた。二宮は誰よりも鳩原さんに目をかけていたからだ。だからまあ、寂しいんだと思う。可愛がっていたのに裏切られたような気持ちで辛いんだと思う。
こういう時、東さんなら気の利いた言葉の一つや二つをかけてあげられるんだろうけど、残念ながら私は二宮に負けず劣らずの口下手な性分のため彼と話していても「うん……」と相槌を打ちながらソシャゲに課金することしかできなかった。一応友達なので心配ではあるし、元気を出してほしいが、私がアカペラで『元気を出○て』を歌っても二宮は不可解な顔をするだけなのでどうにもならない。


「二宮、明日ご飯行かない?私奢るからさ」

色々考えた結果、食事を奢ることにした。
励ましてあげたいけど何を言えばいいかわからないのなら好物を奢ってあげればいいじゃない。二宮は私と違ってiTu○esカードじゃ喜ばないだろうし、これが一番安牌じゃないだろうか。
そう思って大学のカフェテリアで偶々同席した際にボーダーの給料を全部突っ込んでガチャを回しながら誘うと「時間は?」と前向きな返事がきた。ぶっちゃけ断られると思っていたので物凄く驚いた。反射的に「えっ来るの!?」と言ってしまい「お前が誘ってきたんだろうが」と普通に怒られた。
慌てて謝罪し、お互いの予定を確認して時間を決める。短い話し合いの結果、明日の夜二人で焼肉を食べに行くことになった。吃驚した。二宮って誘ったら来るんだ。
でも確かに予定が合えば飲み会にも出席してるし、部隊の子達を食事に連れて行っていると聞く。なんで二宮ってこんなに付き合い良いの?私なんて出不精だから誰に誘われても八割方断るし、断る理由に「アレルギーが〜」を連呼してきたせいで太刀川から「食べられるものが米と芋しかねーじゃん」って言われてるのに。すごいな。


次の日の夜。二人だけだし、と思っていつもは行かないような少し価格設定が高めの焼肉屋に来た。メニューを見ながら心の中で「高〜」と呟いてる私に気がついたのか向かいに座る二宮が「無理はするなよ」と気を遣って来たので「し、してねーし!」とクソガキ感溢れる返事をしておいた。

「二宮、好きなの頼んでいいよ」
「ならジンジャーエールを」
「初手ジンジャーエール?肉食え肉」

そのまま店員さんを呼んで勝手に注文を始める私に、二宮は若干切れかけていたがお金を払うのは私だからか特に何も言ってこなかった。

「お前米と芋しか食えないんだろ」
「今日のために克服したから大丈夫」

軽口を叩く。二宮と焼肉屋に二人で来るのは初めてだったのでどうなるか少し不安だったが、案外和やかな空気だった。
今日の目標はこの空気のまま終わらせる。あと、鳩の話とかできるようにする。元々私達は歩いていて鳩を見かけたら「ねえ、鳩がいる」「おい、鳩がいるぞ」と報告し合う仲(冷静に考えると意味が分からない。多分お互い鳩が好きなんだと思い込んでる)だったのだが、例の件があってからセンシティブな内容だし……と鳩のはの字も言えなくなってしまった。鳩かわいいねって言いたい。

よし!と意気込み、トング片手に景気付けで恒常ガチャを回す。大爆死して暴れる私を二宮は何だこの生き物はと新型の近界民を見た時のような顔をしながらカルビを焼いてくれた。
 
***

「ねえ、二宮。二宮はまだ若いじゃないですか……」
「同じ年だろうが」

食事を始めて一時間が経った頃、酒の力を借りて私は二宮に絡んだ。励ましの言葉、という程のものではないが、私が今伝えられる精一杯の気持ちを話す。

「二宮の人生には……これからも色々辛いことや悲しいことがあると思います」
「なんだ急に」
「でもきっと楽しいことも同じくらいあると思うので、腐らずに日々健やかに過ごしてくださいね」
「おい、何なんだこの浅い言葉は」

私は太刀川と同じくボーダー推薦という闇ルートを使って三門市立大学に入ったので浅いことしか言えなかった。私と二宮って基本的に全然話が噛み合わないんだけど、多分知能指数に差がありすぎるからなんだよね。
これが太刀川なら感動して泣いてたのにな〜と残っていた酒を呷る。

「俺からもお前に言っておくことがある」

すると、二宮が突然そんなことを言い出した。私と違って素面の彼は持っていたトングを静かに置いた。その様子に只ならぬ何かを感じ、一気に酔いが醒める。一体何を言われるんだろう。

二宮はテーブルの端に置いてある私のスマホに視線をやった。つられて目を向ける。イベント中なのでゲームを起動したままだった。画面には私が手に入れるために課金を繰り返してガチャを回し天井までいったお気に入りのキャラクターが表示されている。

「そのゲームは辞めろ。そんな絵のために何万も使って何になる」
「は!?絵じゃねーし!きらめき学園が生んだ奇跡のアイドル天上寺茉莉様の新イベ衣装(SSR)だし!!」
「今月はいくら使ったんだ」
「今月はまだ八万だし!!」

私の課金額を聞いて二宮は一瞬呆気に取られていたがすぐに眉を顰めて「八万あったら何ができた…?」とクソリプをしてきた。うるせえ。八万あったらガチャ回すよ。
確かに世間的にはあまり褒められたものではないと思うが、別に生活全部を捨てて課金してるわけではないし私はこれで多幸感を得ているんだからお父さんみたいなことを言わないでほしい。ボーダーの給料全部突っ込んでるだけだ。防衛任務の時に心の中で「ガチャ○○回分」とニコニコしてるだけだ。

この話で私達は一触即発になりかけたが、店員さんが追加分のお肉とお酒を持ってきてくれたおかげで事無きを得た。あぶねぇ、クソリプは相手にするなって常識じゃん。
気を取り直して「ロース焼いてあげるね」と優しく言っておいた。二宮が呆れた目で見てきたが無視した。





「えっ、ここQ○ICPayだめなの!?」

レジの前にある表記を見て酔っ払い特有の大袈裟な声を上げる。
お腹いっぱい食べて満足したので会計をしよう、とレジまで来てから、初めて自分が普段使用している電子マネーが使えないことに気がついた。後ろに控えていた二宮が「おい」とこちらに寄ろうとした気配がしたので慌てて止める。

「大丈夫!二宮は下がってて。カードが……J○Bだめなの!?」

カードはこの一枚しか持っていない。今まで不便を感じたことがなかったので気にしていなかったが、確かに店によっては使えないところもある。
レジの店員さんが申し訳無さそうに眉を下げるのを見ながら、表記をもう一度確認した。交通系も駄目ね、はいはいなるほど。
コツ、とこちらに向かって一歩踏み込んだ二宮の足音が聞こえたが、今度は振り返らずに手で制する。

「大丈夫!二宮は下がってて。現金が………………ない……」

そういや全部iTu○esカードに変えたんだった。
空っぽの財布を見て、いっけね、と天を仰ぐ。天井の照明がチカチカと眩しかった。
私が八万かけて取った天上寺茉莉様はこんな時助けてくれない。助けてくれるのは生身の人間だけだ。ようやくすべてを理解した私の手は見てわかるほど震えていた。財布を落とさないように注意しながら恐る恐る振り返る。

「に、二宮く〜ん。いくら持ってる……?」

その時の二宮の目を私はきっと一生忘れない。

盛大なため息をついた後「退け、俺が払う」と前に出てきた二宮が財布を取り出し、会計をする。
彼に向かって頭を下げ、ゴチになります、と消え入るような声で続けた私の頭上で「明日から米と芋だけ食ってろ」と妙に低くて静かな怒気を帯びた声がした。すいませんでした、ゲームも今すぐアンインストールします。

[pumps]