二宮と生意気な小学生
※ネームレスです。夢主の性別については明言していないので読もうと思えば一応男女どちらでも読めるかと思います。



通学路の途中にある綺麗なマンション(こういうの新築って言うんだって)に住んでる『まさたか』とは週に三、四回、朝学校へ行く時だけ顔を合わせる。
まさたかは、どこかの学校に通っている学生なんだけど、オレと違って毎朝同じ時間に起きて学校へ行くわけじゃないらしい。もしかして保健室登校なのかな?って思ってる。

「まさたか!昨日のリリエンタール観た?」
「観てない」

それだけ短く答えると『まさたか』はさっさと歩いて行ってしまった。まさたかはオレより足が長くてオレより歩くのが早い。
「ねえ、待って」と声を出しても絶対に立ち止まらない。ちょっと走るとようやく追い付いた。

まさたかの本名は、にのみやまさたか。
『にのみや』は二宮で『まさたか』はどういう漢字を書くのか知らない。聞いたけど教えてくれなかったので、多分まだ学校で習っていなくて、まさたかも書けないんだと思う。きっと難しい字なんだろうな。

「ねえ、まさたかはユ◯チューバーなら誰が好き?」
「………………」
「あのさ〜、よっちゃんが皆でユ◯チューブやってみようぜって言ってるんだけどどう思う?」
「好きにしろ」

まさたかは前を向いたまま素っ気なく答えた。いつものことだ。殆どオレが喋って、時々面倒そうに返してくれる。
でも、まさたかは悪いやつじゃないんだ。ゴカイしないでやってほしい。
まさたかは、人と仲良くするのがちょっと苦手なだけで、物知りで頭が良い。オレが読み進めるのに苦労している小説をまさたかは何年も前に読み終えているし、オレが全然解けなかった面積の問題も秒で解いた。

まさたかはオレ達の間じゃ『通学路の魔人』と呼ばれていて“デカくてこえー奴”としてちょっとした有名人だった。以前、隣のクラスの広川が絡みに行って泣かされたらしい。みんなずっと遠巻きにしていたけど、その怖いまさたかに平気な顔して話しかける自分すげーってなるからオレはまさたかに話しかけるようになった。
最初はすっごくドキドキしたけど、いざ喋ってみたら、まさたかは思ってたほど怖くなかったし、広川が言うような嫌な奴じゃなかった。愛想はないけどそれは人見知りなだけで、良いところが沢山ある。広川は大袈裟な奴だから、色々勘違いして勝手に泣き出したんだと思う。

暫く小走りでついて行きながら色々話しかけていると横断歩道で信号が赤になったので立ち止まった。まさたかは渡りたかったらしく小さく舌打ちをした。やっとゆっくり話せそうだったので「まさたかは夏休み何すんの?」と聞いたら「さあな」と返ってきた。

「明日さ〜、よっちゃん達とクワガタ採る約束してるんだけどまさたかも来る?」
「行くわけ無いだろ」
「心配しなくてもみんな良い奴だからまさたかでもすぐ仲良くなれるぜ」
「そういう理由で断ってるんじゃない」

えっ、違うの?他に断る理由が見当たらなかったので「なんで?なんで?なんで??」としつこく聞いたらまさたかは渋々口を開いた。

「明日は用事がある」
「ふーん、まさたかっていつも忙しそうにしてるよな。塾とか行ってんの?」
「………まあ、そんな感じだ」

まさたかは眉を寄せて言った。やっぱり頭良い奴はみんな塾通ってんだなと思った。
オレは塾の話よりクワガタの話がしたかったので「それよりさ」と話を戻そうとしたら、まさたかがふと思い立ったように「お前、遊びの話ばかりだがちゃんと勉強してるのか?」と聞いてきた。
まさたかがオレに質問をしてくるなんて中々無いことだったので嬉しくて「してない!!」と元気よく答えたら本気で呆れた顔をしていた。

「父ちゃんが勉強できなくても人の良いところを見つけられる人間になれればそれで良いって言ってたからさ〜」
「親の言葉を勉強しない言い訳に使うな」

まさたかは学校で一番怖い本田先生よりもずっと怖い目をして言った。まさたかは良い奴だけど担任の高山先生より厳しいことを言う。


***

夜にコンビニで立ち読みをしていたら後ろから「おい」と声をかけられた。
吃驚して慌てて雑誌を閉じて逃げようとしたら肩を掴まれる。今まで何も言われなかったけど、ついに店員が注意しにきたんだ。そう思って咄嗟に目を瞑る。「ごめんなさい!!」と謝ったら「は?」と言われた。恐る恐る目を開けてみたら、まさたかが「なんだこいつ?」みたいな顔して立っていた。

「まさたか!何してんの?」
「こっちの台詞だ」

ほっとして、肩の力が抜ける。「ったく、ビビらせんなよぉ〜!」と言うと「デカい声出すな」と怒られた。安心して声デカくなっちゃった。

「お前一人か?」
「うん」

まさたかはお店の壁にかかってる時計を見た。遅い時間なのはオレも分かってた。

「親はなにも言わないのか」
「二人共仕事中だから知らないし」
「なら今すぐ帰れ」
「やだよ、家帰ってもどーせ誰もいねーし」
「それは夜に一人で外へ出る理由にはならないだろ」

まさたかは、ちょっとうるさい。
本田先生より怖い顔をしたまさたかに引っ張られて、いつもよりずっと早い時間にコンビニを出ることになった。きっと何か買いたい物があってここへ来たはずなのに、まさたかは何も買わずに店を出てオレと一緒に歩き出した。オレん家の近くまで一緒に来てくれるらしい。

「あ、ボーダー」

三門市のどこからでも見える巨大な基地を指差す。まさたかは珍しくオレが示すものに目を向けた。

「まさたかは嵐山隊の中で誰が一番好き?オレはやっぱり佐鳥」
「………考えたこともないな……」
「全員好きってこと?わかるわかる」

嵐山隊はカッコイイからな、と頷く。
まさたかは何も言わなかった。ただ、薬のCMでよく見る頭痛持ちの人みたいなポーズと顔をしていた。

「まさたか今日うちに遊びに来いよ。特別に佐鳥のレアカード見せてやるよ」
「誰が行くか」
「なんでだよ。中々見れねーぞ佐鳥のレアカード」
「…………………」
「あと頭痛に効く薬あるからやるよ」
「いらねぇよ」

不機嫌そうに断られる。てっきり頭が痛いのかと思ったが違うらしい。「我慢すんなよ?」と言ったら「もうお前黙ってろ」と言われた。

「まさたかはさ、ボーダーに入りたいって思う?」
「何なんだ急に」

まさたかとは今まで色んな話をしてきたが、ボーダーの話はしたことがなかった。まさたかはボーダーの話だと結構返事をしてくれるんだな、と思った。

「父ちゃんと母ちゃんが言ってた。ボーダーは子供を戦争に使う悪い組織なんだって」
「……そうか」

まさたかは思っていたよりずっと真剣に話を聞いてくれた。
この話をしたのは、まさたかが初めてだった。よっちゃん達にはこんな話できなかった。
ボーダーは悪い組織だって、ボーダーの大人はみんな悪い奴なんだって。

「でも、でもさあ。オレ佐鳥に助けてもらったことあってさ。すげー優しかったし、話も面白かったし、ジュースもくれたしさ。ボーダーに入りたいって言ったら、いつでもおいでって言ってくれてさ。……佐鳥は……悪い奴らに騙されてるのかな……」

言ってて、ちょっと泣きそうになってしまった。佐鳥のことを思うと心配で、不安だった。

「月に一回、日曜日に嵐山隊が参加するイベントがある」

まさたかが言った。
行ったことあるか?と聞かれて首を横に振った。

「そこに行って、佐鳥に会ってこい。親の話なんてどうでもいい、お前の目で見て判断しろ。ボーダーが悪い組織かどうか、今のお前の頭じゃ難しいだろうけど、佐鳥が騙されてるかどうかくらい分かるだろ」

まさたかは珍しくオレの話をちゃんと聞いて、オレの方をまっすぐ見ながら答えてくれた。


それから四日後の日曜日、オレは一人でまさたかが言っていたボーダーのイベントを見に行った。市民ホールでやってるやつで、三門市民なら誰でも無料で入場できるやつだ。
父ちゃんと母ちゃんには「今度4組とサッカーの試合があるから特訓する」と言って、水筒と昼飯代とじいちゃんに買ってもらったサッカーボールを持って家を出た。
噂には聞いていたけど、ずっとボーダーのイベントなんて行っちゃダメだと言われていたので、なんだか悪いことをしているようですごく緊張した。入り口で本当に入っていいのか少し迷っていたら、嵐山隊の木虎がやってきて子供用の席(小学生は前に座っていいんだって)まで案内してくれた。こいつも強くてカッコいい。
イベントは時間ぴったりに始まった。ボーダーの活動報告とか隊員の紹介とか、ちょっとした質問コーナーとかがあって、その辺が全部終わったら最後に好きな隊員のところへ行って話をしたり、写真を撮ったり、サインが貰えた。オレは迷わず佐鳥のところへ行った。

「佐鳥!あのさ、ここに“まさたかへ”って書いて!」
「おっけ〜」

家から持ってきたサッカーボールを渡すと佐鳥は慣れた手付きで黒いペンを走らせた。

「まさたかくんっていうの?」
「ううん。まさたかはオレの友達!」

佐鳥は不思議そうな顔をした。オレの分はなくていいのかな?と思ってるみたいだったから「オレは佐鳥に会えたから大丈夫!」と言った。

「オレ今日ここに来るかすごく迷ったんだけど、まさたかがさ、佐鳥にちゃんと会ってこいって言ってくれたから、来れたんだ」
「そうなんだ。じゃあ、おれからもまさたかくんにお礼言っとかないとね」

そう言って佐鳥はサインの下に「ありがとう!」とお礼の言葉を書いてくれて、イベントが終わるギリギリまで色んな話をしてくれた。佐鳥はやっぱり良い奴だった。


***


オレが次にまさたかに会えたのは夏休みに入る直前の水曜日だった。
道路を挟んだ反対側の歩道を歩いていたので「まさたか〜!!」と名前を呼びながら手を振る。こういう時まさたかはいつも無視するのに、今日は一応立ち止まってくれた。信号が青に変わったので横断歩道を走って渡って側に行った。

「おはよう!良いもんやるよ!」
「別にいい」
「遠慮すんなって!ケンキョだな!」

ハイ、と佐鳥のサイン入りサッカーボールを渡す。まさたかは「は……?」と言うだけで受け取らなかった。

「佐鳥にお願いしてちゃんとまさたかの名前入れてもらったぜ」
「な…………」

まさたかはすごい顔をしていた。未だかつて一度も見たことがない顔だった。「おま…………これ……」と言葉を失っていた。そんなに嬉しいのか。喜んでくれてオレも嬉しい。
遠慮しているのか、いつまでたっても受け取らないので無理やり押し付ける。ボールを手にしたまさたかは思いっきり顔をしかめた。

「こんなもの俺にどうしろってんだ」
「飾ればいーじゃん」
「泥ついてんだろうが……」
「拭けばいーじゃん」

神経質な奴だなと思った。
泥ついてるって言うけど、まだニ回しか使ってないんだぜ。こんなの汚れてるうちに入んねーよ。

「さては、まさたかA型だろ。オレO型だから輸血が必要な時は呼べよ」
「いきなり何の話をしてるんだお前は」

「A型じゃねーの?」と聞いたら、むすっとした様子で何も言わなかった。やっぱりA型じゃん。

「オレが怪我した時は佐鳥呼んでくれればいいから。佐鳥もO型だから輸血してもらうんだ」
「この話に佐鳥を巻き込むな」

うんざりした様子のまさたかに、オレは一つ大事なことを伝える。

「あのさ、佐鳥、やっぱり良い奴だったよ」

そう言ってすぐ、遠くから「お〜い!」と声が聞こえてきた。名前を呼ばれたので振り返ると黒いランドセルを背負ったよっちゃんが走ってきた。ランドセルの蓋は開いていて、パカパカ動いているのが見えた。

「よっちゃん!おはよ!」
「おう、一緒に……って、出た!通学路の魔人じゃん!」

よっちゃんはまさたかを見るなりぎょっとして指を差した。まさたかが「指差すな」と迷惑そうに言ったので、オレは「魔人じゃねーよ、人間だよ」と言いながらよっちゃんの指を下げさせた。

「こいつはまさたか。オレの連れ」

その時のまさたかはマジでキレる5秒前みたいな感じだったけど我慢したのか何も言わなかった。
オレの紹介を受けて、社交的なよっちゃんは「へー、よろしくな」と挨拶していたけど、まさたかは人見知りだからめちゃくちゃシカトしてた。

「ボール持ってるってことは、まさたかもサッカーすんの?明日の4組との試合参加するか?あ、おい、どこ行くんだよ!」
「ワリぃ、よっちゃん。まさたか人見知りなんだ」

オレ達を無視して行ってしまったまさたかの代わりに謝る。ちょっと怒ってるよっちゃんに待っててもらい、オレはまさたかを追いかけた。まだ話の途中だったからだ。
待って!と声を掛けるとまさたかは一回無視したけど、少しして立ち止まってくれた。

「なんだ。こっちは急いでるんだ」
「ごめんごめん!渡し忘れたもんがあってさ」

ランドセルを地面に下ろして中から筆箱を取り出す。父ちゃん達にバレないよう隠していた大切なカードを取ってまさたかへ差し出した。

「これもやるよ。ほら、この間見せてやれなかった佐鳥のレアカード」

まさたかは「いらねえ……」と呟いた。多分照れ隠しだと思う。

「これさ、よっちゃんに嵐山のレアカードと交換してもらって手に入れた宝物なんだけど、まさたかには世話になったし、毎日大変そうだから特別にやるよ。友情の証だ」

ん、ともう一度差し出す。オレにとってはすごく大事なものだったから、ちょっと手が震えた。
まさたかは、じっ、とこちらを見た。本田先生より冷たくて厳しい目をしていたが、本田先生と違って怖いとは思わなかった。
少し間があいてから、まさたかは深い溜息をついた。差し出したオレの手がぷるぷるしてきた頃、ようやく「……貰っておく」と言いながらカードを受け取ってくれた。オレは自然と笑顔になった。

「まさたか、塾がんばれよ」
「ああ、お前も勉強しろよ」

サッカーボールと佐鳥のレアカードを持ったまさたかは、ちょっとだけ笑った。ような気がした。

[pumps]