後輩の隠岐
※ネームレスです。

一個下の隠岐くんは大阪出身の十七歳。三門市ではあまり馴染みのない関西弁と右目の下の泣き黒子が特徴的な綺麗な顔立ちの男の子で、物腰が柔らかく穏やかな口調と人当たりが良い性格から男女問わず好かれていた。
本人に「隠岐くんはモテモテだよね〜」と言うと困ったように眉を下げ、控えめな笑みを浮かべながら「全然モテませんて」などとイケメンの模範解答をくれるが、あの顔と性格でモテないはずがないので、そんな言葉誰も信じていない。
隠岐くんはモテる。これは紛れもない事実だ。そして私はそんな彼に想いを寄せている。これも事実だ。
ライバルは多いけど、私は学校も同じだし、ボーダーでも同じ狙撃手として日々彼と研鑽し合っているので、他の子達と比べると相当長い時間を共にしていることになる。少なくとも“異性の先輩”という括りでは、私が一番彼と親しいのではないだろうか。
人は会う回数が多いほど相手に好意を持つというが、最近その効果がより現れてきているように感じた。二人で話していると隠岐くんが時々熱っぽい目でこちらを見てくるようになったからだ。なんてことない普通の話をしているのに、なんだその目は。一体どういうつもりなの。
どきまぎして段々呂律が回らなくなるので、そういう時はすぐに目を逸らした。変に期待をしてしまう。

「あっ、すんません。じっと見ちゃって」

狙撃手の訓練終わり、今日も話の途中で注がれた熱視線に耐えきれず顔を背けると、流石にまずいと思ったのか隠岐くんが恥ずかしそうに言う。
私が人間と初めて交流を持ったロボットのように「別に……イイケド……ナンデ……」と片言になりつつ真意を探ると隠岐くんはふ、と微笑んだ。

「先輩っておれの好きな子に似てるんですわ。だからつい」
「えっ」

その時、私は足元がボロボロと崩れていくような感覚に陥った。
照れた顔で続けられたその言葉の意味をすぐには理解できなかった。
なん……好きな子……?好きな子いるの……?とひたすら脳内で彼の発言を反芻する。好きな子が私と似てるって?それって、つまり、完全に脈ナシじゃん。

理解した途端、凄まじい勢いで“失恋”という単語が降ってくる。まさかこんな形で唐突に失恋するとは思わなかった。まだ何も伝えてないのに。せめて告白くらいしたかった。
悔しさと悲しさと色んな感情が入り混じり、思わず涙が溢れそうになったが、ぐう、と下唇を噛み締めて耐えた。大丈夫、私は長女だからこの程度の痛みは我慢できる。頑張れ私!とりあえず黙ってないで何でもいいからコメントを出せ!
一度深呼吸してから口を開く。声が震えないように、今の感情を悟られぬよう気をつけながら言葉を紡ぐ。

「私が、隠岐くんの好きな子に、似てるんだ。へえ〜……」
「はい。あ、写真見ます?」

こいつ悪魔かよ。
吃驚して涙が引っ込んだ。見たい、と反射的に答えると隠岐くんは喜々としてスマホを弄り出した。
その姿を横目に、よくそんな残酷なことができるな……と震える。いや、彼は私の気持ちなんか知らないだろうから仕方ないけど。知っててこれやってるなら本当に悪魔。近界民より酷いと思う。
あまりにも鈍感だと刺されるよ、と先輩として注意しようかと思ったが、それよりも隠岐くんが目当ての写真を見つける方が早かった。

「この子なんですけど」
「……ふ、ふ〜ん……どれどれ……」

心臓が早鐘を打つ。あの画面の中に隠岐くんの好きな子がいる。私に似てるのに私じゃ駄目な理由はなんだろう。一体その子には何があると言うのだろう。
その謎を解き明かすためにも覚悟を決めてスマホの画面を覗き込む。見てやるか、隠岐くんの好きな子。拝んでやるか。

「えっ……わ、きゃ〜!かわいい〜!!」

画面を見た途端、素直にそんな感想が飛び出た。目を輝かせる私に「でしょ〜?」と隠岐くんは満足気に笑う。
画面に写っていたのは、それはそれは可愛らしい猫の姿だった。隠岐くんの実家で飼っている猫らしい。
目の形や全体的な雰囲気、そして普段のちょっとした仕草が前々から私とよく似ていると思っていたそうで、二人で話をしているとつい大好きなこの子を思い出して熱い視線を送ってしまっていた、と隠岐くんは白状した。
この猫ちゃんと私が似ていて、隠岐くんはこの猫ちゃんが好き?それってつまり隠岐くんは私のことが好きってコト……!?やった〜!最高〜!
すっかり機嫌を直した私は女子中学生のようにキャッキャッとはしゃいだ。我ながら単純。

[pumps]