勘違いトリップ3
「問題です。コナンと言えば?ヒントはアニメ」
「あー、未来少年!」

そっちか。挨拶もそこそこに、本題へ入る前の軽いジャブとして友人に尋ねてみれば推理ものではなくSFもののタイトルが返ってきた
米花町駅前で待ち合わせた彼女は私の記憶と変わらぬ姿だった。メッセージのやり取りはしていたが、別人の可能性もなくはなかったので心の底から安堵した。

「眼鏡をかけてるコナンと言えば?」
「えー?ドイルの方?顔見たことないからわかんないけど」

急にどうしたの?と笑う彼女を見ながらやはりコナンという作品が存在していないことを確信する。漫画やアニメに詳しくないとしても眼鏡をかけたとまで言われれば、若い人ならまず間違いなく作品名を挙げるだろう。名前の元ネタがわかるなら尚更だ。
考え込む私に肩を竦めながら「どこか適当な店に入ろう」と促す彼女を止める。

「待って、今から凄いこと言うからここがいい」
「逆にここでいいの?」

ここがいいんだ。何故なら人が多くて騒がしいから。
よく考えたら私のぶっ飛んだ異次元な話を静かなカフェなんかじゃ話せない。本当は私の家がいいのだが、友人はこの後バイトなのであまり時間がない。移動に時間をかけるくらいなら外でいいからすぐ話したいのだ。
運良く私達のすぐ近くで四人組のバンドが演奏を始めた。この喧騒の中なら他の人には聞かれないだろう。覚悟を決めて「実は…」と朝からの出来事を告白する。



「それって異世界転生ってやつだ」

私の衝撃の告白を聞いた友人が神妙な面持ちで最初に口にしたのはそれだった。漫画のタイトルとかで聞いたことはあるが、詳しくは知らない。
よく分からず「転生はしてないけど…」と首を傾げる。

「じゃあ異世界に飛ばされてモテモテになるやつだ」
「何言ってんの?」
「そういう話考えたんでしょ?完成したら読ませてよ」

肩を叩かれる。ダメだ、こいつ現実の出来事だと思ってない。
決死の覚悟だったが全く伝わらず、がっくりと肩を落とす。いや、それもそうか。私が彼女の立場だったとしてもきっと同じ反応をした。急にこんなこと言われたら自分が考えた物語のことだと思うし、証拠がない限り信じない。
そう、証拠は一つもないのだ。私がコナンの漫画を持っているならともかく何一つとして元の世界に繋がるものなど持っていない。
むしろこっちが現実で向こうが夢の世界だったのかもしれない…そう思ってもおかしくない状況にゾッとした。

元に戻る方法はないのだろうか。もう一生このままなのだろうか。
泣きそうになる私に友人は「展開に悩んでるの?アドバイスしようか?」と慰めるように言ってきた。違う、そうじゃない……こともないと思えてきた。
世の中の異世界ものはどうやって終わるんだろう。そのまま異世界に定住するのか、帰る方法を見つけて元に戻るのか。私ももしかしたら似たような方法で戻れるかもしれない。
地面に向けていた視線を友人に戻す。

「異世界に飛ばされて最後は帰るとして…どうやって戻るのがいいと思う?」
「えー?なんか仲間のパワーとか?」

こいつダメだ。使えない、と思ったのが顔に出ていたらしく「だって私あんまりそういうの読まないし」と頬を膨らませた。お前アドバイスするって言ったろ。

「でもさ、漫画の世界とかに飛ばされたんなら帰ることは一回忘れて楽しませたら?あんたの話ネガティブで暗いと思うよ」
「楽しむ…?」
「主人公に近づいたり、ヒロインと友達になったりとか」

主人公は近づいてきたけど心臓に悪かった。反応の薄い私に、友人は先程私が語ったコナンという作品を例えとして挙げた。

「眠りの小五郎がフィクションの存在だとしたら、例えば彼の弟子になったりご近所さんになったり、ポアロでバイトして見守るのもいい……あ」

言いかけて何かを思い出したように友人は指を立てた。
安室さんとやらがまさに今挙げたような立場にいるらしい。話を聞いてみると安室さんとは私が出入り口でぶつかった金髪のイケメンのことのようだ。
彼は最近になってポアロのバイトを始めたらしいのだが、噂によると毛利小五郎の弟子になる為にわざわざ米花町へやってきたそうだ。あれだけの美形なので彼が来てから元々評判の良かったポアロの人気はさらに上がり、彼目当てでお店に通う人も多い。そういった方達が彼の情報を集めようと色々話しかけるそうなのだが、毎回上手くはぐらかされてしまい、彼のプライベートは謎に包まれている。

「そう考えたら安室さんってベストポジションなんだよね」

明るく笑い飛ばす友人とは違い、私は真剣に考察を始めた。毛利小五郎の弟子になるために米花町へやってきた?彼のプライベートは皆知らない?
コナンは初期しか知らないので、後から出てきた新キャラは分からない。だが、私の記憶には間違いなく存在しなかった。飛び飛びで読んでいたが、どこにも出てきていないはずだ。

確かめる価値はある。行かなきゃ、ポアロへ。
ぐっと拳を握り、友人にお礼を言う。バイトへ向かう彼女を見送り、容疑者のいるポアロへ行こうと足を踏み出した瞬間、転がっていた空き缶を踏んでひっくり返った。勢いが良すぎて靴も片方脱げて吹っ飛んだ。ああ、私は!いつもこう!

[pumps]