真木理佐を推したい中学生
※真木理佐が星輪女学院の生徒ではない、と仮定して話を進めています。原作でお嬢様校組だと説明された場合はこのお話は非公開にします。
※ネームレスです。


本日付で中央オペレーターの仕事につくことになった私が最初に行ったのはトリオン体への換装だった。
新人の指導担当として来てくれた部隊付きオペレーターの真木理佐先輩は私より三学年上の高校二年生。綺麗な人だったけど、それ以上に厳しそうな人だというのは鋭い視線と硬く動かない表情からすぐに伝わった。
彼女の指示に従い、入隊時に渡された護身用トリガーを起動させる。これは戦闘員が持つものとは異なり、武器も緊急脱出機能とやらもついていないそうだが、具体的にそれがどういう意味なのかまだよくわからなかった。

実際トリオン体になったからといって謎のパワーが溢れてくるとか三割増しで美少女になったとかそんなことはなく、せいぜいオペレーターが着用する揃いの制服姿になったくらいで、感覚的にも外見的にも生身とそう大差ないように感じる。気になるものといえば、きっちりと締まったネクタイくらい。制服姿になったことで突然現れた首元の違和感に、そっと手をやる。
設定を弄れば色々と変えられるらしいが「そこはどうでもいい」と真木先輩にばっさりと切られてしまった。少なくとも今は本当にどうでもいいことなのだろう。
本部基地にいる間、必ずしも換装する必要はないらしく隊員は生身派とずっとトリオン体派に二分しているそうだ。業務内容的にも基地内での活動が中心となるオペレーターや技術者が換装する意味はなさそうだけど……?そう思ってすぐに、私の心を読んだかのように目の前の真木先輩が「別に生身でも仕事は出来るけど」と口を開いたので、びくりと肩を揺らしてしまった。

「トリオン体になることでとりあえず一回は死ねるから、仕事中は換装しておいた方が良い」
「死ねる……?」
「いざという時のためだよ。普段やっていない事を必要な時に出来るはずがないからね」

実際、真木先輩のような部隊付きのオペレーターは常にトリオン体らしい。戦闘員のように戦う術を持たないオペレーターはトリオン体を起動する癖をつけておくべきだと淡々と語る真木先輩はどこか別の世界の人のようだった。
正直に言って私の家は本部基地のある警戒区域からかなり離れていて、三門市出身と言ってもほぼ市外のようなものだ。当然数年前の近界民侵攻でも被害など皆無に等しく(振動でお気に入りのカップが割れたくらい)近界民の危険など感じたこともなかった。ボーダーに入隊したのだって単なる興味本位で、どうせ無理だと思って試験を受けたら家のポストにオペレーターとしての採用通知が届いたから来ちゃった、というだけの話。
いざという時とやらが本当に来るかはわからないが、可能性としてなくはない。テレビでどれだけ嵐山隊が格好良くて頼りになる街のヒーローとして扱われていてもちょっとシュールで笑える謎のCMが流れていてもここはそういう場所なのだ。
なんだか急に現実味を帯びてきて、少しだけ不安になる。それでもまだ私の心は未知の組織への興味が上回っていた。

「ネクタイは初めて?」

先程から落ち着かない様子でしきりに首元を弄る私に気が付いていたらしく真木先輩は切れ長の鋭い目を細めた。一瞬、集中していないと怒られるのかと思ったが、その声色はどちらかと言えば温かみのあるものだった。
少し恥ずかしく思いながら「はい」と返事をする。私が通う星輪女学院中等部の制服はジャンパースカートに赤い紐リボンで、ネクタイなどまともに触れたこともなかった。学校によっては男女共にネクタイというところもあるだろうが、内部進学で高等部生になったらセーラー服を着る予定の私には当分無縁のものと決めつけていた。

「別につけなくてもいいけど、気が引き締まるから最初のうちはある方がいいよ」

そう話す真木先輩はきっちりとネクタイを締めていた。黒のショートカットで私よりも背が高くて、大人っぽい雰囲気の彼女にはよく似合っている。
真木先輩と話をしていると学校で一番厳しい生徒指導の先生を前にしている時のように背筋が伸びてしまうのは、何を話しても変わらない表情と彼女が纏うクールで理知的なオーラのせいだろうか。傍にいるとつい圧倒されてしまう。
それでもかけられる言葉には、厳しさだけでなくこちらを気遣うような優しさが含まれていることを感じて、この人は怒っているとか不機嫌なわけではなく、ただ笑わないだけなんだと気が付いた。とても綺麗な顔をしているけど表情が変わらないせいで人形のようにも思える。笑っちゃダメだと言われた証明写真の撮影で我慢できずに満面の笑みを浮かべるような私とは、真逆のタイプなのだろう。

「ねえ、ちょっといい?」

なんてまじまじと観察していたら、私の首元に向かって真木先輩の指が伸びてきた。緊張で身を固くさせる私とは裏腹に、先輩の白くて細くて長い指は踊るように動く。
私が弄っていたせいでヨレたネクタイを直してくれているのだと気が付いたのは、指が離れた後だった。

「うん、似合ってる」

真木先輩が小さく微笑んだ。
その瞬間、私の心は射抜かれた。昨年の夏、熱中症になった時と似た体温の上昇を感じると共にくらくらと目眩がしてきた。トリオン体って本当に生身と変わらないんだ、と今にも飛び出しそうなくらい激しい心臓の鼓動を感じながら誤魔化すように「ありがとうございます!!」と叫んだら「声が大きい」と注意を受けた。その姿の凛々しいこと。なんとか堪えたが、素敵すぎて倒れるかと思った。

そんな素敵な真木先輩の案内で施設内――主にオペレーターが立ち入る部屋を見て回る。
中央オペレーターと部隊オペレーターでは当然ながら仕事内容が違う。度々行われる研修では、今日のように部隊オペレーターの方が指導役として来てくれることもあるらしいが、今後の仕事については中央所属の方が指導についてくれることになった。ちょっと残念。

部屋に入る度、先輩方へ挨拶をしながら知っている人がいないか確認する。高等部の小南先輩、オペレーターだって話だけど今日はいないのかな?
移動しながらきょろきょろと辺りを見回していると真木先輩に誰か捜しているのかと尋ねられたので聞いてみる。すぐに「あの人は玉狛だから」と返ってきた。
どうやら小南先輩はいくつかある支部の一つに所属していて、本部には滅多に来ないらしい。残念。

「同じ学校だっけ?」
「はい。私は中等部ですけど、うちではボーダーの人って珍しいから有名なんです」

那須先輩も照屋先輩も星輪で知らない人はいない。テレビにも出ている木虎先輩なんて中等部じゃ殆ど芸能人扱いだ。

「たしかにお嬢様って感じだね」

真木先輩は髪を耳にかけながら言った。
それが私のことを言っているのだとすぐに分からなくて、反応が遅れる。私が言葉を発する前に先輩はフッと笑った。

「可愛いって意味だよ」

う、うわーーーー!!!!
思わず、その場で叫びだしたくなった。こうなるともう気の利いた返事などできるはずもなく、私は「へ、へへ……」とおよそお嬢様らしくない笑い声をもらした。先程からずっと顔が熱いのできっと真っ赤になっているんだろう。その日の研修が終わる頃には、私はこの年上の美しい人にすっかり心を奪われていた。


真木先輩、真木理佐先輩。
家に帰ると頭の中では今日のやり取りが延々と繰り返されていた。止めようにも止められない。
可愛い、だって。私のこと可愛いって言ってた。両手で顔を覆うと呻き声と共に息を吐き出す。可愛いだって!
ふわふわと不思議な感覚だ。先輩ともう一度話したい。あわよくば仲良くなりたい――そんな思いが胸を占めた。

私は中央、向こうは部隊付きなので仕事場は違うけど、合同研修や防衛任務など関わりを持つ機会はいくらでもある。というか同じ施設内にいるんだから、こちらから訪ねていけばいいんだ!私のような新人などすぐに忘れられてしまうだろうから、出来る限り会いに行って覚えてもらおう!
先輩はあんなに綺麗で素敵な人なんだから、きっとボーダーにもファンが大勢いるんだろう。
私、負けたくない――まだ見ぬファン達への闘志を燃やした。次の日から、私は真木先輩にお近づきになるべく行動を開始したのだ。


「おはようございます!鞄持ちます!」
「なんで」

中央オペレーターになって二日目、まだ早朝と呼んで差し支えのない時間帯に本部の通路で出会った真木先輩へそう言いながら頭を下げれば、疑問の声だけが返ってきた。
学校の制服を着た真木先輩とこうして出会えたのは、別に張り込んでいたとかではなく、単なる偶然だった。私はとても運が良いのだ。日頃の行いが良いからだろう。
首を傾げる先輩に、自分で出来うる最高の笑顔を浮かべながら言った。

「鞄持つの好きなんです」
「そう、でもいいから。おはよう」

遠慮ではなく、きっぱりと断る真木先輩の横には見たことのないリーゼントの先輩がいた。学ラン姿の彼の目がこちらを向いたと思ったら、ニヤリと笑われた。

「じゃあ俺の鞄持つ?」
「すみません!嫌です!」
「断られちゃったよ」

リーゼント先輩は「真木ちゃーん」と言いながらわざとらしい泣き真似を見せた。真木ちゃんだぁ!?何その呼び方!!あんた誰よ!?
ムッとしている私を庇うように前に立った真木先輩は、彼に対して「当たり前でしょ。変なことさせないで」と冷たく言った。やっぱり真木先輩ってかっこいい。
その後姿をうっとりと眺めていれば、リーゼント先輩に「何ちゃんって言うの?」と名前を聞かれたので真木先輩の手前、一応素直に答える。このリーゼント先輩は真木先輩と同じ冬島隊の方で、当真先輩というそうだ。
現実でリーゼントにしている人を見たのは初めてだったので「気合い入ってますね」と伝えれば、弓場隊の隊長さんもリーゼントだから見てきた方がいいと教えてもらった。ボーダーってすごい。そんなにリーゼントが身近な髪型なんだ。

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