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帰宅した美也子は太刀川との会話を脳内で何度も思い出してはベッドの中で眠れぬ夜を過ごした。聞き間違いでなければ彼ははっきり自分を好きだと言っていた。それってつまり……つまりどういう事?

一晩明けても美也子は相変わらず大混乱中である。朝から授業も聞かずにずっと考えているが、答えは出ない。いや、普通に出ているのだが彼女は全く理解できていなかった。
散々悩んだ末、ついに美也子は第三者に相談することにした。自分一人ではどうしても都合の良い解釈をして偏った見方をしてしまうので客観的な意見が欲しい。相談相手として選んだのはボーダーに関係ない別のクラスの友人だ。本当は国近に話すつもりだったのだが、彼女は美也子と太刀川両方に近いので暈して話しても勘付かれる可能性が高い。美也子はどうしても太刀川に恋愛感情を持っていることを周りに知られたくなかった。
昼休みに昼食片手に友人のクラスまで出向いた彼女は「これは…友達の話なんだけど…」と定番の枕詞を使ってから、がやがや騒がしい教室内で目の前の友人にこれまでの経緯を説明した。

「うっそー、それって両想いじゃん!おめでとう美也子!」

慌てた美也子が「しっ!」と人差し指を立てると友人も両手で口元を覆う。自分の話だとバレた上に興奮したのかそれなりに大きな声だったので近くにいた数人の視線が集まった。このクラスにはボーダー関係者が何人かいるので肝を冷やす。
見た限り周りに隊員はいない…と思いきや丁度教室に戻ってきたばかりのポカリこと穂刈篤に「お前最近上の空だったよな」と笑われた。彼の耳にもしっかり届いたらしい。参加するな…!と思ったが現在美也子が腰掛けている椅子は穂刈の席だったので余所で昼食を終えた彼がここへ戻ってくるのは仕方がない。
席を明け渡そうとした美也子を「いい、そのままでいい」と手で制したかと思えば穂刈は適当な椅子を引っ張ってきて腰掛け、話を聞く姿勢を整えた。だから参加するな。
どうやら美也子が最近ずっとぼんやりしていたことはボーダーでも周知のことで、彼女を知る隊員達の間では恋煩いに違いないと噂になっていたそうだ。
顔を顰める美也子の代わりに友人が穂刈に状況を説明する。おおまかな経緯を把握した穂刈は「おめでとう」と手を叩いた。話を聞いた結果、彼も友人同様両想いという答えに至ったようだ。
にやにや笑った穂刈が「で?」とひどく愉しげに見てきた。

「誰だ、相手?絶対ボーダーだろ」
「は!?違いますけどっ!!」

まるで候補が絞れているかのような発言をする穂刈に対して焦った美也子が半分キレながら机を叩けば、今度は教室中の視線が集まった。

***

友人と穂刈から両想いのお墨付きを貰った美也子は、未開封の缶ジュース片手に落ち着かない様子で基地内をうろうろしていた。このジュースは彼女が買ったものではなく諏訪が間違えて買ってしまったもので、自販機前で「月見とは上手くいったか?」と冗談交じりに譲られたのだった。
彼の茶番に付き合っている暇はなかったので笑顔でグッと親指を立てれば、予想外の反応を返された諏訪は「マジかよ…」と言葉を失った。彼は暫くの間、美也子と月見がデキていると勘違いして生きていくのだろう。

それより今は太刀川のことで頭がいっぱいだった。今というよりここ最近ずっとだが、昨日までとは意味合いが違っていた。美也子はついに太刀川に告白しようと決心したのだ。
もうほぼ告白はしているようなものだが、あの日は結局彼女の有無まで確認できなかった。美也子は太刀川を人としては全く信用していなかったので、まだ彼女がいる可能性を疑っていた。そもそも友人や穂刈は両想いだと囃し立てたが、あの『好き』は家族に対する『好き』かもしれない。普通にあり得そうで笑えなかった。
しかし実際のところどうなるかは告白するまでは分からない。もしかしたら受け入れてもらえるかもしれない。

早速美也子は告白の方法について考えだした。やはりランク戦で勝ったら付き合ってください、というのがベターだろうか…などと缶ジュースを振りながら脳内でシミュレーションをする。
そう、美也子は中学生の頃からボーダーにいるせいか骨の髄まで攻撃手なので何かあったら戦闘で決めようとする悪い癖があった。混乱していることを差し引いてもどうかしているが、誰にも相談しないので軌道修正ができない。このままだと弧月で斬り合う案が採用されそうだ。
太刀川との実力差は10本勝負で7対3、調子が良くてせいぜい4本引ける程度だ。もっと昔は五分に持ち込めたこともあるが、最近はもうずっと負け越している。まあ、これは美也子に限った話ではない。彼相手に勝ち越せる相手などほぼいないのだ。
ブレードでは分が悪いか…、と考えながら少し移動すれば、曲がり角で出合い頭に誰かとぶつかってしまった。完全にぼーっとしていた美也子は咄嗟のことに力が入らずにバランスを崩し、尻餅をついた。

「わりーな、大丈夫か?」

そう言ってこちらに手を差し伸べたのは弓場隊オペレーターの藤丸ののだ。考え事をしていた自分の方が悪いと思っていた美也子が謝りながら彼女の手に自分の手を重ねる。ぐっと引っ張って立ち上がらせてくれた藤丸は何か思うところがあったのか「ん〜?」と美也子の顔を覗いた。

「しけた面してらしくねぇな、シャキッとしろ!今のが勝負だったらあたしの勝ちだぞ?」

バシッと美也子の背中を叩くと豪快に笑う。美也子は藤丸に言われたことを頭の中で反芻するとハッとして目を輝かせた。こ、これだ!
トリオン体に身体能力の優劣はない。何の武器も使わないのなら、男女でも条件はほぼ五分だ。ただ、身体を動かすというのはイメージだけで出来るものではないので、戦闘ではやはりスポーツ経験者などが有利になる。
忘れてはいけないのが美也子は面接でオペレーター志望から戦闘員へ勧められるくらいの運動神経の持ち主であるということだ。特別何かやっていたわけではないが、まあまあ器用なので大抵のことは普通より出来る。
一筋の光明が差し込み、表情を明るくした美也子にお礼を言われて藤丸は不思議そうにしていたがすぐに「おう!元気だせ!」と頷いた。

美也子はすぐさまランク戦のロビーまで駆け込んだ。きょろきょろ辺りを見回す彼女に真っ先に声をかけてくれたのは生駒で「遊佐ちゃん今日もカワイイな」と言われたので諏訪の時と同じく親指を立てた。生駒が心を射止められたかのように大袈裟に胸を押さえているのを無視して、太刀川が来ているかどうか尋ねるとついさっきまで二人で10本勝負をしていたらしい。まだブース内にいるはずだと言うのでナンバーを教えてもらい、お礼を言ってから階段を上っていった。

「お疲れ様です!」

脇目も振らずに太刀川がいるはずのブースへ乗り込んでそう言った。休憩中なのかパネル前の椅子にもたれかかるように座っていた太刀川は、美也子を見るなり「おう」と背もたれから身体を少し離した。
美也子は外に人がいないことをしっかり確認してから「質問があります」と挙手した。今日も元気な彼女の姿に太刀川は少し笑った後、どうぞ?と促す。

「太刀川さんって彼女いるんですか?」
「いや?別にいないけど」
「本当に、本当ですか?」
「本当に本当だぞ」
「神に誓えますか?」
「そこまで?」

誓えないんですか!と缶ジュースを振りながらキレると「誓える誓える」と軽く返ってきた。言質がとれた――美也子はほっと安心しつつ拳を握った。

「じゃあ相撲取りましょう!」
「なんで?」

あまりにもぶっとんだ申し込みに太刀川が首を傾げるのは当然のことだった。じゃあ、じゃないだろ。
しかし美也子は聞いていない。持っていたジュースをパネルの前に置くと地面に向かって円を描くように人差し指を大きく動かした。

「この範囲を土俵とします」
「うん」
「行司は…下に生駒さんがいたので、頼んできます」
「うん」
「だから、私が勝ったら付き合ってください!」
「うん?」

これには流石の太刀川も面食らった。
お互いに経験がなくトリオン体なら五分に持ち込める勝負ごとを探した結果、選ばれたのは相撲だった。もっと他にも別の方法はあるはずだが、美也子は東と嵐山から立て続けに自分が信じていたこととは違うことを指摘された時からずっと混乱状態だったので物凄い名案だと思い込んでいた。
いまいち状況が飲み込めない太刀川は自身の顎を軽く撫でた。

「お前俺と付き合いたいの?」
「はい!様々な情報を統合した結果、どうやら私は恋愛的な意味で太刀川さんが好きだったようなのでお付き合いしたいです!」
「なんだその感情を知ったAIみたいな答えは」

ふっ、と笑って椅子から立ち上がると美也子の額を軽く小突く。美也子は恥ずかしそうに触れられた箇所を擦った。
太刀川にとって美也子は可愛い妹分である。彼が彼女へ抱く感情の大部分はそれだ。
けれどプロフィールカードに書いたことに嘘偽りはなく――詳しくは割愛するが異性として意識し出したきっかけとなる出来事もある――その彼女に付き合ってほしいと言われたら相撲勝負なんかなくとも断らない。
たった今AIのようだが交際を申し込まれたので、頷いてそれで終わりで良いと彼は思ったのだがそんな事を知る由もない美也子はやる気満々で腕捲りをした。彼女の脳内は太刀川を負かすことでいっぱいである。
一先ず行司抜きで練習試合をすることになり、土俵を確認しながら取り組む。練習だろうと真剣な美也子に対して、いまいち乗り切れない太刀川がわざと力を抜いて相手をすれば、あっさりと事前に定めた土俵から足が出た。
瞬間、美也子の視線が鋭くなったことに気が付かず、太刀川はへらへらと笑って頭に手をやった。

「いや〜、負けちまった。これじゃ本番もお前の勝ちだな」
「は?ふざけないでください!手抜きする奴はこっちからお断りです!」
「ええ…?大丈夫か?どうした?」

先程までの恥じらいを見せていた彼女はどこへいったのか。その瞳には闘志と少しの憎悪しかない。
気遣うように太刀川が肩に手を伸ばすと「触らないでください!」と払い除けられた。そのさまはまるで人間を恨む野性動物である。すっかり興奮状態だ。
どうどう、と両の手のひらを向けられ、美也子は唸った。

「つーか、なんで相撲?」
「だって国技ですよ。これで決めないでどうするんですか!」
「……美也子、お前はホントに面白い奴だな!」

当然ように返され、太刀川はとうとう我慢できなくなったのか吹き出した。中学生の美也子は素直で、ちょっとずれてて可愛い奴だった――と昔を思い出す。
その彼女に「笑っていられるのも今だけですよ」などと真剣な目を向けられたので太刀川は益々笑いが止まらなくなった。なんなんだこれは、と目の端に薄ら涙が浮かんできたのを指で拭いながら、彼は改めてルールの確認をする。

「なあ、本番は弧月有りか?」
「有りなわけないでしょう!」
「シールドは?」
「無しです!」

マジの相撲じゃん…と太刀川の身体が小刻みに震える。その彼を放置してすっかり士気を高めた美也子は生駒に行司を頼もうと声をかけに行った。しかし彼は米屋と模擬戦を始めてしまったらしい。仕方がなく偶々来ていた出水を連れて戻ることにした。
暇そうだったから、という理由で大した説明もなく引っ張られてきた出水に「おれルール分かんないんすけど」と困ったように告げられた美也子は「出した方が勝ち!足裏以外がついたら負け!」と半ば叫びながら言った。太刀川は笑いの沸点がこれでもかと下がっているのでそれだけで笑いが止まらない。
まともに構えられない彼に対して美也子は「こいつ勝負を何だと思ってるんだ?」と冷たい視線を向けた。

「それと先に言っておきますけど、この相撲は私が勝つまで続きますからね」
「マジかよ」

太刀川はとうとう立っていられなくなり、その場に膝をつく。早く体勢を立て直して!と美也子が怒り出せば絞り出すような声で「待って…」と言ってそのまま腹を抱えて笑い出した。
そのやり取りを間近で見せられた行司の出水が「この二人また変なイチャつき方してる」と呆れていることに美也子も太刀川も気が付かなかった。それどころじゃないのだ。

実際この勝負は美也子が勝つまで続くこととなるのだが、この二人が付き合い始めたとしても出水にとっては今まで通りだったし、彼らの関係性が劇的に変わることもないのであった。そういう二人だからだ。

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