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結局、太刀川の言う「あとで」とは一緒にラーメンを食べに行こうという意味だったらしい。
そのことが判明したのは美也子が個人ランク戦を終えて帰宅しようと歩いていたら、ラウンジで休憩中の王子を見掛けたのでちょっと話し掛けようかとそわそわしていたところで後ろから現れた太刀川に「待たせたな、行くか!」と腕を引っ張られた後だった。全然待ってない。美也子は彼のマイペースで有無を言わせぬ強引さが本当に苦手である。

元々何の約束もしていないというのに連れ出された先は、警戒区域外に店を構えるラーメン屋だった。少し人通りを外れた場所にあり、美也子は今日までこの店を知らなかった。太刀川自身も他者に誘われて初めてその存在を知ったそうで、ずっと美也子を連れてきてやりたいと思っていたらしい。

「太刀川さん、うどんの方が好きですよね」
「おう。けど美味いラーメン屋があるなら行くだろ?」

そこに山があるから、みたいな返しをされた美也子は「そうですね」と適当に頷いた。
折角王子と話せるチャンスがあったので彼の元に行きたかったのだが、別にラーメンは嫌いではないし、太刀川に誘われる時は大抵奢ってもらえるので懐も痛まない。ただ、精神的な苦痛を感じるだけである。
太刀川にはなんだかんだ面倒を見てもらっているし、恩義もある。しかし世話になっていることと人間的に苦手なタイプであることは全く別の話だと美也子は思っていた。

早く食べて帰ろう、と考えながらカウンター席で狭い店内をきょろきょろと見回している間に、横に腰掛ける髭によって勝手にメニューを決められて注文されていた。ホントにもう…この人ホントにさ…と遠い目をする美也子に「お前、王子と仲良いならさ」と横の髭から声が掛かる。

「王子隊に入れてもらえよ」
「…ダメです!」
「なんで?」

そんなの緊張するからに決まってるじゃん、と心の中で叫んだ。
美也子にとって王子は憧れというか、ちょっとしたアイドル――もし王子に彼女がいたらショックで寝込むくらいには熱量がある――なので、彼にはミスをする場面や負ける姿などあまりみっともないところを見られたくなかった。

実は、王子がチームメイトの蔵内和紀と共に弓場隊を抜け、自分の隊を立ち上げる際に美也子も誘われたことがある。その時は真っ先に声をかけられた嬉しさと「もしかして…私のこと好きなの…!?」というバカみたいな深読みで舞い上がって90度に曲がって倒れそうになったが必死に堪え、即答せず返事を保留した末、彼女は泣く泣く断った。
未だに目が合うだけで心の中ではお祭り騒ぎなのだから、同隊になったらとてもじゃないが冷静でいられるとは思えないからだ。浮かれて戦力にならない攻撃手などお荷物以外の何者でもない。
美也子は王子に対してはなるべく良いところだけを見せたい、有能な人間だと評価されたい、などと思っていた。浅ましい奴である。

理由が理由なので答えられずに口ごもっていると太刀川は何かを納得したらしく「アレだろ、アレ」と彼女を指差した。

「お前地図読めない女だってバレるのが嫌なんだろ」

うっ!と思わず変な声が出る。付き合いが長いだけあり、触れられたくない部分を的確についてきたので美也子はぐさりと大きなダメージを受けた。

言い訳は色々と出てくるが、何を隠そう一番の理由はこれだ。美也子は地図の読めない女である。
その昔、太刀川とチームを組んでいた時もどこが南でどこが北なのか分からず合流を諦め、それぞれ単独で戦い続けたことがあった。
この話はオペレーター界隈では有名で、新人は機器の扱いより前に美也子の対応について学んだり、防衛任務では美也子だけ何も言わずとも丁寧にルートが示され「そこを右!」「白い壁を背中にして!」「赤い屋根の大きなお家!」などと細かく指示が繰り出されるほど彼女達から要介護認定をされていた。
ボーダー内で最もオペレーターによるサポートの恩恵を受けているのは美也子だろう。初めて行く場所だと徒歩2分の距離でも1時間半かかる美也子にとって彼女達からの支援はなくてはならないものだった。

恥ずかしい話だが事実なので「それも…そうですけど…」とごにょごにょ言えば太刀川が大笑いした。
彼は昔から美也子が迷うことを特に気にせず、任された役目さえ果たせば「とりあえず元気なら良し!」で片付けていた。まあ、漢字の読めない男が地図の読めない女を責めるのも妙な話である。

「そもそもあのチームについていける気がしないんですよね」

美也子がため息をつきながら続けると「王子隊は偏差値高いからな」と頷かれる。
ちょっと違うが、大体その通りで王子隊はランク戦の度に毎回細かい作戦を立て、終了後は勝っても負けても必ず反省会をするような真面目な隊だった。試合のログを見れば、前回の反省を生かし対策をしている部分が多々見られるし、個人としても隊としても成長が早い。
美也子がそんな意識の高い隊でやっていけるかと言うと疑問が残る。まず地図が読めないので皆と違うところで詰むのだ。

その点、太刀川隊に所属していた頃は楽だった。オペレーターの月見蓮から戦術を学ぶ前の太刀川は指示がとにかく大雑把だったので、とりあえず暴れていれば良かったし、危なくなったら射手の出水公平が助けてくれたものだ。
勿論、王子隊の面々は美也子が今更チームに入れてほしいと言っても嫌な顔はしないだろうし、オペレーターの橘高羽矢も優秀なので四人部隊になって美也子のお守りが増えても捌けないことはないだろうが、完全に気持ちの問題である。

役に立たない自分を見られるのは嫌だ。けど、入りたい。出来ることなら王子隊に入りたい。
相反する複雑な感情でぐちゃぐちゃになっていると頼んでいたラーメンが運ばれてきたので一旦話はそこで終わった。


「そういや、お前が普通にイケメン好きって分かって忍田さんも安心してたぞ」
「何故」

麺を啜っていると不意に太刀川が思い出したように言った。
唐突すぎて何を言っているのかもわからないし、忍田の反応も意味がわからなかった美也子が黙って次の言葉を待っていると太刀川が不思議そうな顔で続けた。

「ほらお前さ、髭生えてる奴が好きって話してたから」
「そんなこと言いましたか…?」
「それで俺に髭生やせって言ったろ?」
「言ってませんよ?」

全く身に覚えのない話に首を傾げる。
一応記憶を探ってみるが驚くほど思い出せなかった。だが、ここまで自信満々に言われるということは、恐らく誤解を招くような発言をしてしまったのだろう。そのせいで美也子はものすごい年上趣味なのかと思われて忍田も太刀川も心配していたそうだ。
別にそれはそれでいいだろ、個人の自由じゃないかと美也子は思いつつ「髭とかイケメンとか関係ないです」と適当に返せば横の髭に「そうか」と笑われた。

「まあ、美也子は俺のことが好きだもんな」

ハハハ、と太刀川の軽い笑い声が響く。
何言ってんだこいつぶちのめすぞ、などと美也子は出来もしないことを強く思った。

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