episode12
ボーダーに祝祭日など関係ないと言われるが、流石に大晦日ともなると本部内は普段と違ってどこも閑散としていた。
シフト決めで無事に休みが取れた隊員の多くは自宅で過ごしたり、遊びに行ったりと各々楽しんでいる。
自室を持つ者以外で年末年始をボーダーで過ごしたいと思う隊員は少ないようで、一部の例外を除いて防衛任務以外でわざわざ本部基地まで足を運ぶ者はいなかった。この時期は帰省したい隊員もいれば、特別手当目当てでシフトを入れたがる隊員もいるので普段以上に混成部隊が多くなる特徴があり、いつも通りの部隊で残っている方が珍しい。
年越しまで残すところ二時間弱という頃、防衛任務のために昼から本部入りした美也子は勝手知ったる太刀川隊の作戦室で太刀川の分のお茶を注いでいた。ここにいるのは彼女と『例外』の太刀川だけで、国近は昨日から母親の実家がある北海道へ帰省中、唯我も明後日まで家族旅行、出水は家で寝正月の予定らしい。
「私、高校卒業したら家を出たいと思ってるんです」
「へえー、いいじゃん」
返事と共に何か物が落ちる音がする。
美也子が給湯室から顔を出すと棚の上に乗っていたはずの置物を足下から拾い上げる太刀川の姿が目に入った。
「ちゃんと聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
太刀川はこちらを見ることなく、今度は引き出しを開けて中身を一通り外に出すとまた適当に詰め直す。
「さっきから何を探してるんですか?そこ片づけたんで物出さないでほしいんですけど」
「いや、USBの蓋がない。お前掃除中に見なかった?」
「見てないですし、そこにはないです」
「あと二宮に借りたノート」
「私は一緒に謝りませんからね」
美也子が冷たく言い放つと太刀川は「やっぱ怒られるよな」と頭を掻いた。
他人事らしく抑揚のない言い方で「頑張ってくださいね」と口にすると美也子は給湯室に戻りながら腕時計で時間を確認する。今日の防衛任務が終わるまであと少しだ。最近はイレギュラー門の件もあったので、万が一の増援として本部内で待機する部隊も配備されている。美也子は待機組で、年明けに予定されている入隊式の準備を終えた後はずっと太刀川隊の作戦室の掃除をしていた。おかげで見違えるように綺麗になった作戦室を今になって太刀川が荒らしているのだ。
呆れかえった美也子は流し台を軽く片付けると忙しない太刀川へ「お茶入りました」と声をかけようとして止まった。棚の真横で、太刀川は背中を丸めて蹲ったままピクリとも動かなかった。腕に隠れて表情は見えない。見たことのない彼の姿に、美也子はそんなに自分の態度が冷たく感じたのかと困惑した。
「あの、嘘ですよ。一緒に謝りに行ってもいいですよ…?」
太刀川の背中に向かって恐る恐る話し掛ける。彼の頭が動くのと同時に美也子もびくりと肩を震わせた。
「おい見ろよ、昔の報告書のコピー見つけた」
首を軽く動かしてそう言った太刀川の手元には、提出済みの報告書を纏めたファイルが開かれていた。まだ美也子や烏丸が所属していた頃のものだ。
そのまま「懐かしいな〜」などと暢気にページを捲り始めたので、美也子は丸まったままの太刀川の背中に黙って右足を乗せるとゆっくりと体重をかけた。下から「痛い痛い痛い」と訴えてくるが、彼女は暫く足を乗せたままだった。
ファイルを閉じて棚に戻した太刀川は、探しものを諦めたのか「家を出るってさ」と何事もなかったかのように先程の話題に触れた。
「本部に部屋もらうってことか?」
「いえ、本部って寮みたいな感じで四六時中他人の気配がするじゃないですか。それは嫌なんですよね」
「あ〜、ちょっとわかる」
美也子からお茶を受け取りながら太刀川は小さく笑った。
本部基地内には宿舎の区画があり、高校や大学への進学と同時に自室をもらう隊員や職員は多い。防衛任務にも入りやすいし、ボーダーが生活の軸であればあるほど過ごしやすい環境だ。
しかし一歩外へ出るとオフの日でも必ず誰かしらと顔を合わせる状況にストレスを感じる者も一定数居るので、多少の利便性を捨てても警戒区域外に居を構えることは珍しくなかった。美也子もその一人で、この先のことも考慮し駅に近い場所で暮らすつもりだ。B級でも一人で暮らすのに困らない額は貰えているし、親も特に反対していない。
ただ具体的なことは決めていない、と美也子が話してすぐアラームの音が聞こえてきた。テーブルに乗せていたボーダー用の端末からで、彼女が事前に設定していたものだ。待機任務はこれで終了、明日は昼過ぎからいつも通り巡回任務だ。
美也子はアラームを止めると置いていた荷物とコートを手に取って、のんびりお茶を飲んでいる太刀川の方を向いた。
「じゃあ私はこれで。良いお年を」
「え、お前帰るの?」
「宿泊届け出してないから残っても寝る場所無いです」
「そんなの俺の部屋でいいだろ」
「ええ〜……」
さも当然のような言い方に、美也子は不満そうな声を上げて暫し考える。
事前に届けを出せば自室を持たない者でも宿舎への寝泊まりは自由だ。太刀川は本部に自室を持っているわけではないが、美也子と違って許可を取っているそうで今夜は泊まるらしい。
彼が何故自宅や実家に帰らないかと言えば明朝に忍田と会う約束があるからだろう。それは美也子も同じだ。
明日のことを考え、一度頷いてから美也子は「…わかりました」と口を開く。
「じゃあカメレオンセットするので先に行って待ってて下さい。部屋で待ち合わせってことで」
「そんなに見られるの嫌か?」
「風紀が乱れますからね」
ハイハイ、風紀委員長〜と茶化す太刀川へ「副委員長しっかり!」と返しながら美也子は部屋番号を確認する。
宿舎へは殆ど立ち寄ったことがないので迷わず行けるか若干の不安もあったが、なんとかなるだろうと思っていた。方向音痴特有の根拠のない自信である。
すぐさま太刀川が「来る時は気をつけろよ」と言ってきたので美也子は自分の不安を見抜かれたのかと思ったが、彼が「足下注意な」と続けたので首を傾げた。
「あそこの通路、22時過ぎると誘導灯と豆粒みたいな照明以外消えるから結構暗いぞ」
「ああ、まあ、そのくらいなら大丈夫です」
「あと防犯センサーに引っかかると警報が鳴る」
「へえ〜、気を付けます」
「あと幽霊出るんだってよ」
「雑な嘘やめてください」
「いやマジだって」
笑う太刀川を無視して美也子は「また後で」と作戦室を出た。
カメレオンを持っていない彼女は、確実にトリガーチップが手に入る場所として真っ先に浮かんだ技術開発室のフロアへ向かう。エレベーターから降りると予想通りこの時間でも数人の技術者達が残っていた。
残業中というわけではなく、単純に慣れ親しんだこの場所で年を越すつもりらしい。技術者の多くはワーカーホリックの気質があり、人によっては第二の自宅のようなものなのだ。
その中の一人、チーフエンジニアの雷蔵にカメレオンのトリガーチップを貰う。彼に「何すんの?イタズラ?」と尋ねられ、美也子は「まあ色々…」と言葉を濁した。ハナから戦闘用に使用するとは思われていないらしい。
雷蔵や他の技術者達に挨拶をした後、真っ直ぐ宿舎へ向かう。何度か進む道を間違えて迷ったのだが、それもほんの数十分程度の時間で済んだことは幸運だった。
宿舎の入り口はまだ明かりが点いていたが、部屋の前の通路は太刀川の話通り大部分の照明が消えていて、かなり暗くなっていた。ここまで暗いとカメレオンを使う必要もないかと思ったが、念には念を入れるべきだと換装するなり早速姿を消した美也子は、スマホをライト代わりにして通路を進んで行く。
適当に進みながら太刀川の部屋番号を探していると、どこからか自分以外の足音が聞こえることに気が付き、美也子は足を止めた。暗がりの中、立ち止まって耳を澄ますと一定の間隔で鳴り響く足音はこちらに近づいてきているのかどんどん大きくなり、ついには前方の曲がり角から人らしき何かが現れた。
「えっ…キャーーッ!!」
その叫び声を上げたのは美也子ではなく、曲がり角から現れた人物である。ドン、と何か落としたような音が聞こえて、驚いた美也子が持っていたスマホで照らすとオペレーターの桜子が「あわ、あわわわ…!」とその場で尻餅をついていた。傍にはペットボトルが転がっている。
「ひ、ひ、人魂!!!」
「桜子ちゃん、大丈夫?」
「喋った!!え!?人魂が!?」
これ以上なく混乱している桜子を見て、己が姿を消したままであると気が付いた美也子は慌ててカメレオンを解除した。もう一度声をかければ、桜子はハッとした様子で美也子の顔を見つめた後「…遊佐先輩〜!」と安心したように胸を押さえた。
すっかり腰を抜かしている彼女に代わり、転がっているペットボトルを拾うと桜子は「すみません…」と恥ずかしそうに口を開いた。
「あの、幽霊が出るって噂がありまして…本当に失礼しました」
「私こそごめんね。紛らわしいことして怖がらせちゃったね」
カメレオンで姿を消している間、美也子が手に持っていたスマホはトリオン製ではないので透明化することはない。桜子は暗闇に浮かぶスマホの光を人魂と勘違いしたのだ。
そりゃ確かに怖い、と美也子はもう一度謝罪の言葉を口にすると立ち上がろうとする桜子に手を貸した。平気だと言うが、まだ震えていたので彼女を部屋まで送り届けることにし、二人は手を繋いで歩き始めた。
自室を持つ桜子によると一年程前からこの通路には幽霊が出ると言われているらしい。ある者は老人、ある者は赤い服の女、ある者は少年の姿を見たそうで桜子は「複数人いるみたいです…」と怯えたように呟いた。
「でもほら、幽霊って基本は地縛霊だから、ここではそんなに出ないと思うよ。殆どは見間違いじゃない?」
「へっ、そうなんですか?」
「うん。でも怖がると呼び寄せるから堂々とした態度でいるといいよ」
「詳しい…」
「万が一憑りつかれそうになったら背中叩いて衝撃で追い出してあげるから」
「もしかして霊媒師の方ですか?」
「ううん、私は普通の女子高生だよ」
逆に霊媒師っぽい自己紹介だな、と美也子は思った。
***
一晩明けて、時刻は朝の6時前。
本部基地の屋上のど真ん中で、七輪の網の上で焼き色をつける餅を見つめながら、団扇片手に美也子は小さく欠伸をした。そんなに眠っていないので、何とも言えない疲労感がある。トリオン体に換装すれば気にならないだろうが、太刀川が急かすのでトリガーホルダーは部屋に置いてきてしまった。
その太刀川は設置されている自販機の前で欠伸をしながら二人分の飲み物を購入している。早朝にわざわざ屋上まで二人が何をしに来たかと言えば答えは一つ。餅を食べに来たのだ。太刀川は施設内できな粉を口にすることを禁止されているだけで、餅を食べること自体は禁止されていない。
綺麗に焼き上がった餅を見て太刀川は「餅食うと新年って感じがする」と言ったが、その考えだと彼はほぼ毎日新年を体感していることになる。ボケ発言にすっかり慣れている美也子は今更突っ込むことなく餅を使い捨ての紙皿に取ると味付けとして用意した砂糖醤油と餡子をそれぞれに絡めた。
結局太刀川が探していた二宮のノートは宿舎の部屋にあったし、餅は上手く焼けた。USBの蓋は見つかっていないが、本人が気にしていないのでもうどうでもいいのだろう。呆れつつ美也子はとりあえず目の前のことを楽しもうと網に新しい餅をのせる。
二人の後方にある扉から、ドアノブを回す音が聞こえたのはその少し後だ。
「あれ、何してるんスか?」
扉が開いたと思えば現れたのは弓場隊の狙撃手、外岡一斗だった。美也子は彼とあまり関わりがなかったが、高校進学と共に本部で暮らし始めたことは知っていた。
軽く手を上げ「あけおめです」と簡略化された新年の挨拶を口にする彼に、美也子と太刀川は「今年もよろしく」と返す。
「外岡君はお家帰らなかったの?」
「この後すぐ防衛任務あるんで。今日の夜帰りますよ」
そう答えた外岡は私服の二人と違って弓場隊の隊服姿だった。既に準備は整っており、彼は余った時間を一人で適当に過ごそうと屋上までやってきたのだ。初日の出を見るには早いので誰もいないだろうと思っていたら、美也子と太刀川が七輪を囲む場面に遭遇した。もうなんか色々と濃い。外岡は変な笑いが込み上げてくるのを必死で耐えた。これが新年初笑いになるのは少し嫌だ。
そんな彼を「良いところに来たな。これやるよ」と太刀川が手招く。
「美也子が焼いた餅だ。俺達からお前へのお年玉」
「えっ、ありがとうございます」
「ちょっと色んな制約があるから砂糖醤油と餡子しか用意できなかったんだけどね」
もちろん制約とはきな粉禁止令のことである。個人的な理由で定番の味を用意出来ず、美也子は申し訳なさそうに眉を下げるが、その点に関して外岡は特に気にした様子はなく渡された紙皿の上の餅を見ながら「え、ええ〜?」と驚いていた。
「すご……餅のプロっすか」
「餅のプロって何…?」
聞き慣れない言葉に戸惑う美也子に対して、外岡は「いや、だって……」と今度は七輪を覗き込む。網の上では餅が二つ、綺麗に膨れ上がっていた。丁度良い頃合いだと太刀川が餅を皿に移せば、外岡が感嘆の声を上げた。
「七輪で餅ってこんなに上手く焼けるんすね。おれ、すぐ焦がしちゃうんスよ」
「そりゃお前経験不足だよ。修行が足りない」
「私達くらいになると目を瞑っていてもわかりますからね」
「プロじゃないっすか……」
伊達に何年も餅を焼いていない――そう語る二人に、外岡は圧倒された。彼らが纏う強者のオーラは、種類こそ違えど彼が所属する弓場隊の隊長、弓場拓磨を彷彿とさせた。しかし何を言っているんだこいつらは。
***
餅をたらふく食べた二人は、後片付けを済ますとその足で忍田がいる執務室へ向かった。
多忙の身である彼とは事前に約束を取り付けてあり、部屋へ入るなり美也子は「あけましておめでとうございます」と深々と頭を下げた。挨拶を返した忍田は元旦でも普段と変わらずきっちりと仕事用のスーツを着こなしていた。
「忍田さん、お年玉ちょーだい」
などと手を差し出す太刀川を美也子はちょっと、と嗜めた。そんな二人のやり取りに忍田は声を出して笑う。
「実は二人にだけ用意してあるんだ。他のみんなには内緒だぞ」
そう言って忍田がデスクの引き出しからぽち袋を取り出したので、美也子は思わず「えっ」と声を上げた。
「いただけません!」
「やった、サンキュー忍田さん」
「何もらってるんですか!」
遠慮を知らない太刀川が当然のように受け取るので美也子は呆れたように息を吐く。
「というか太刀川さんが私にくださいよ。お金あるでしょ。とりあえず2万でいいですから」
「お前それカツアゲっていうんだぞ。知ってるか?」
先程の太刀川を真似て美也子が右手を差し出せば、その上に彼の手が乗ったのでアイドルの握手会のように空いている左手を添えて軽く振る。
その間、忍田は口を挟まず、ただ微笑ましそうに目を細めていた。彼の中ではまだまだ二人は子供なのだ。
「慶は昨日ここに泊ったんだよな。随分早い時間だけど美也子は親御さんにちゃんと挨拶してきたのか?」
「いえ、まだ…私も昨日は防衛任務の後、本部に泊まったので帰ってないんです」
届けは出してないんですけど、と正直に続ける美也子に、忍田は「次から気をつけろよ」と笑いながら注意をする。
「じゃあ、どこに泊まったんだ?仮眠室か?」
「いえ、太刀川さんのところに」
「え?」
「え?」
その発言を受けて不自然に固まる忍田を見て、美也子は首を傾げる。次いで、すぐに太刀川との相撲勝負に勝ってから今日までの記憶を遡って静かに焦り出す。そういえば、忍田にはこの事を報告をしていなかった。
きっと今頃彼の中では物凄いスピードで様々な推測がなされているのだろう。いや、案外思考停止状態かもしれない。
どうしよう、どうする?何をどう言うべきなのか――迷った美也子が横の太刀川を見上げれば、彼は何とも不思議そうな顔で忍田を見ていた。いつだって場を切り開くのはこの男である。
「言ってなかったっけ。俺達付き合ってる」
その時の忍田は、弟子として他の隊員よりも彼を知っている美也子でも未だかつて一度も見たことのない表情をしていた。どういう感情なのかさっぱりわからないが、強い衝撃を受けたことだけは間違いない。
何とも言えない気まずさを感じ、美也子はサッと目を逸らした。長い沈黙の後、忍田は「なるほど……」と口を開く。
「その、まさかお前達がそういう関係になるとは………………いつから?」
「あー、付き合いだしたのは去年の遠征前くらいだけど」
「そうか、いや、良いことだ」
「忍田さん、大丈夫ですか?震えてません?」
デスクに両手をついて項垂れた忍田は「ああ…いや……え?」と分かりやすく動揺していた。
小刻みに震える師匠を見て、美也子は自分達の関係について話さない方が良かったのかもしれないと後悔したが、すぐにそんなわけにもいかないだろうと思い直した。
忍田の様子から察するに、やはりこの発表は相当な衝撃だったようだ。美也子は『心臓に持病を持つ方は注意してください』くらいのワンクッションを入れてから話すべきだったかもしれないと反省した。
弟子達からの心配そうな眼差しに気が付いた忍田は一度咳ばらいをしてから「新年から嬉しい報告を聞けて良かったよ」と照れくさそうに笑った。
「イレギュラー門の件もあって、まだ気は抜けないが、やることはいつもと変わらない。今年も力を貸してくれると助かる」
真面目な顔で続けられ、美也子はつい背筋が伸びる。横で太刀川が「了解」と緩く返すと忍田は彼の方を見て言った。
「それと慶は成人式もあるから、…………」
「…………ん?」
「……忍田さん…?」
突然忍田が言葉を詰まらせ、くるりと背を向けた。少しして、ぐす、と小さく鼻を啜る音が聞こえてきたので彼の弟子二人は動揺した。え…泣いてる……?なんで…?
忍田は弟子達の関係性の変化に困惑しつつも一応乗り越えたのか先程までは真面目な話をしていたというのに、今度は一体どこで感情が切り替わったのか。美也子と太刀川は顔を見合わせると忍田に聞こえないようにこっそりと「情緒不安定じゃないですか?」「もう酒飲んでんのアレ?」などと言い合った。
元旦といえど勤務中の忍田は当然飲んでるわけもなく、弟子二人の成長と共に時の流れを痛感し様々な意味で感極まっただけである。
暫くして「すまない」と振り返った忍田は鼻の頭がほのかに赤くなっていた。美也子は横で「飲んでる」と呟く太刀川の手を叩く。
「それで…何の話をしていたかな」
「俺が成人式だって」
「そうだ、もう準備はしてあるな?当日は楽しんでおいで。美也子はもうすぐ受験日だけど、勉強は?」
「余裕です」
「そうだな。美也子はしっかりしている」
うん、と自身に言い聞かせるように忍田は何度も頷いた。ちょっと抜けているところはあるが、勉学に関しては太刀川と違って問題ないとよく知っていた。合格は堅い。
「三門市立大学にはボーダー隊員も多いし、困ったことがあったら相談しなさい」
「はい」
返事をする横で太刀川が自らを指差したので美也子はにこりと笑って静かにその手を下ろさせた。何があっても彼に相談するつもりはない。
「あと同学年の隊員から卒業後は家を出るから本部に部屋が欲しい、という申し出がいくつか届いているが、美也子はどうだ?」
「あー、それ。美也子が高校出たら俺達一緒に住もうと思っててさ」
「そうなのか!?」
「そうなんですか!?」
太刀川の想定外の発言に、美也子と忍田は同時に彼を見た。完全に初耳である。この場の視線を集めた太刀川は、二人の勢いに特に怯んだ様子もなく美也子の方へ軽く目をやるとマイペースに続けた。
「だってお前、本部は寮みたいで嫌って言ってたろ」
「美也子!そうなのか!?」
「え!いや!それはそうですが!?」
「大体今だってちょくちょく俺ん家泊まってるんだし、なら一緒に住んだ方が楽だろ」
「美也子!そうなのか!?」
「え!いや!それはそうですが!?」
新年早々何を言われているんだ――美也子は恥ずかしさと混乱で泣いたし、忍田も泣いた。太刀川だけが「もう出来上がってんの?」と笑っていた。