拍手文W

※Telescope本編前の話です。

昼休み、普段より早めに昼食を終えた美也子は次の授業が行われる教室へ向かうために特別教室棟の廊下を進んでいた。実習室を使用する科目は、大抵生徒らが持ち回りで授業前に準備をすることになっており、今回は美也子の番だった。
授業開始時刻にはまだ早い為、教室棟と比べて廊下を行く者は少ないが、各実習室には彼女と同様に当番となっている生徒が授業の準備をしているようで、前を通ると話し声や物音が聞こえてくる。

「遊佐ちゃん、遊佐ちゃん!」

すると、どこからか自分の名を呼ぶ声が聞こえて美也子は歩を止めた。
きょろきょろと辺りを見回すとたった今通り過ぎた視聴覚室の扉から、制服姿の生駒が顔を覗かせていた。どうやら彼が呼んでいたらしい。目が合うと生駒は右手を控えめにちょいちょい、と動かして手招くので、美也子は持っていた教科書を抱え直しながら「なんですか?」と近付いた。

「嵐山に聞いたんやけど、遊佐ちゃん今日誕生日なんやって……?」
「ああ、実はそうなんですよ」

それは朝から何度も聞いた単語だった。生駒の言う通り今日は美也子の誕生日である。日付が変わってすぐにスマホにメッセージが届き、登校するなり挨拶代わりに「おめでとう」と言われ、教室に入ればロッカーにも入りきらない量のプレゼントを貰った。今日が平日で良かった、と美也子は朝からご機嫌だった。こんなにチヤホヤしてもらえるのは誕生日くらいだ。
この後もボーダーに行けば仲の良い隊員達が祝ってくれるだろうし、家に帰ればケーキが用意してある。明日の夜には一日遅れで忍田が食事に連れて行ってくれるし、週末には柿崎や月見が祝ってくれる予定だ。
じっと見つめてくる生駒に「何歳になりました?」と聞かれて美也子は「17歳になりました」と照れくさそうに笑う。

「おめでとう、健やかに過ごしてください」
「ありがとうございます」

ぱちぱちと手を叩きながら三門市ではあまり馴染みのないイントネーションで放たれた仰々しい言葉に、美也子はお礼を言って頭を下げた。
顔を上げてすぐ「ほんでな、プレゼントやけど」と生駒が言いづらそうに切り出した。

「俺、さっきまで誕生日やって知らんくて、今106円しか持ってへんねん……」
「そんな、お気持ちだけで十分ですよ」
「ゴメン……昼飯買ってもうて…」
「謝る事じゃないですよ、お昼は大切ですからね」
「ATM行ってくるから許して…」
「いいですから」
「嫌いにならんで」
「なりませんよ。好きですよ」

彼は自分を何だと思っているのだろう――美也子が眉を下げて笑うと生駒は「遊佐ちゃんを全力で祝いたいと思って」ともじもじと指を組んだ。

「生駒さんにおめでとうって言ってもらえただけで嬉しいですよ」
「めっちゃ心広ない?」

生駒は「感動した」と自身の胸に手を当てた。あまりに大袈裟な反応に美也子は少しだけ怖くなった。
本当に、彼は自分を何だと思っているのだろう。どうやら生駒の中の美也子は、自分のイメージとは随分とかけ離れているようだ。
「まだ時間ある?」と尋ねられ、美也子は深く考えずに頷いた。

「あんな、俺らの仲でおめでとうの一言で済ませるのはやっぱりアカンやん」
「そんなことないですけど……」
「せやから、ひとつ歌わせていただきます」
「歌わ……え?はい、お願いします」
「聴いてください。“ハッピーバースデー遊佐ちゃん”」

動揺する美也子を置き去りにして始まったのは定番のバースデーソングで、若干のアレンジが加えられていたが概ね原曲通りの歌い方だった。上手だな、と素直に感心していた美也子は歌い終わりに拍手をするつもりでいたが、ワンコーラスで区切り良く終わると思いきや曲調が一変し、よく耳にする定番曲は新作のオリジナルバースデーソングへと変貌を遂げた。
突如作曲の才能を見せつけられた美也子は、拍手をするために上げた手のひらを重ね合わせたまま静かに困惑した。どうやら自分は生駒達人リサイタル会場へ迷い込んでしまったらしい。
二人の傍をどこかのクラスの女生徒達が「誕生日?」「誕生日なんだ」とこそこそ言いながら通り過ぎていく。ドキドキしながら黙って聴いているとオリジナルソングはビブラートを利かせて終わった。美也子はすぐに反応することが出来ず、一拍置いてから慌てて手を叩いた。

「どう?」
「はい、あの、すごくカッコいいと思いました。ありがとうございます」
「ホンマに?モテるかな」
「モテモテですよ。最高です」
「なんでも褒めてくれるやん」

聞くところによると生駒は最近、歌の練習をしているらしい。同じ隊の南沢海――以前一緒にカラオケに行ったことがあるが高得点しか出さず驚いた――に教わっているそうだ。生駒は一度やると決めたことに対しては努力を惜しまず誰よりも熱心に取り組むためか何事も上達が早い。マジックにハマった時も忘年会の出し物どころかテレビで披露できるような難易度の高い技を成功させて美也子達観客を沸かせたものだ(通称:イコマジック)。

突然のオリジナルソングには面食らったものの美也子は彼の歌を本当に上手いと思っていたので「すごく素敵でした」と言えば、生駒は「照れる」と全く照れていなさそうな顔で頷いた。彼はどんな時も変わらない真顔が標準である。

「でも、なんか足らへんな」
「そうですか?十分だと思いますけど」
「いや、アカペラには表現に限界があんねん」
「生駒さん、楽器弾けるんですか?」
「できない」

その時の生駒の表情は自信に満ち溢れた堂々たるもので、圧倒された美也子は一瞬言葉に詰まった。

「遊佐ちゃん、なんか弾ける?」
「ピアノなら少し」
「俺と…バンド組む!?」
「組みません」

断られた生駒は相変わらず真顔のままだったが「そっか」と残念そうに肩を落とした。
唐突な勧誘を受けた美也子が「バンド組みたいんですか?」と尋ねれば「というよりモテたい」と返ってきた。あまりにも欲望に忠実で、自分に似たところを見つけた美也子は生駒に対して今まで以上に親近感が湧いた。

「モテそうな楽器ってなんやろな」
「えーっと、ギターとか?」
「なるほど弾き語りな。練習して来年の誕生日は遊佐ちゃんに弾き語りプレゼントするわ」
「楽しみです」

狭い廊下に、美也子の嬉しそうな笑い声が響いた。その約束を彼女は本気で捉えていなかった。ただの冗談だと思っていたのだ。
まさか本気でギターの練習などするわけがない――そうして迎えた翌年の誕生日、生駒隊の作戦室に招かれた美也子は約束通り生駒からギターの弾き語りをプレゼントされた。生駒に「モテるかな!?」と聞かれた美也子は「モテモテです!」と親指を立てたのだった。

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