04

ずっと昔、パシリを自覚してすぐの美也子は小南に「太刀川にやられっぱなしでいいのか。倍返ししろ!」と発破をかけられ、自分の情けなさやら何故こんな目に遭うのか何やらでどうすればいいのか分からずパニックになり泣き出したことがあった。
困り果てた小南が偶々近くにいた迅を引っ張ってきて泣きじゃくる美也子を押し付けたのだが、状況を何となく察した迅は頭を掻くと苦笑しながらこう言った。

「太刀川さんって兄弟いないからさ、遊佐ちゃんが可愛くて仕方無いんじゃない」

その言葉を受けて美也子が最初に思ったのは「だからなんだよ」だった。
可愛いから?兄弟がいないから?美也子だって兄弟はいないが、同時期に入隊した一つ下の三輪秀次をパシリにしようなんて思ったことは一度もない。可愛がってくれているのは分かるが、やり方に納得がいかない。美也子はその時から自分は太刀川のことが苦手なのだと思うようになった。


「美也子さん、明後日の飯来るのか来ないのかどっちだ?って太刀川さんが言ってましたよ」

移動教室の帰り、体育館横に設置されている自販機でジュースを買っている美也子を見つけるなり元チームメイトの出水がわざわざ友人の輪から離れて声をかけてきた。
彼の発言を頭の中で反芻した美也子はそういえば、と思い出す。『明後日の飯』というのは太刀川隊での集まりのことで、ボーダー用の端末に太刀川からお誘いの連絡が来ていたのだが、とにかく相手をするのが面倒だったので舌を出したうさぎのスタンプだけ返して放置していたのだ。

ボーダーという狭い組織において人付き合いはとても大切なのであまり断りすぎないようにしていたが、太刀川とは先日(無理やり)一緒に食事をしたばかりだし、そもそもチームでの食事会となると話は別だ。確かに昔は太刀川隊に所属していたが、今の自分はただの部外者である。
そんな思考を知らない出水が「来ますよね?」と言うので美也子は首を横に振った。

「行かないよ」
「えっ、なんで?」
「私もうチームに関係ないし、太刀川さんにはちょっと前にご馳走になったばかりだから」
「いやでもほら、もうすぐ遠征もありますし、太刀川さんも美也子さんに沢山会っておきたいと思うんですよ」
「遠征……?」
「そう、ランク戦終わってから割とすぐかな」
「…やっ………」
「や?」

やったーーーー!!!
ついに遠征が始まると聞き、美也子は今にも踊り出しそうになった。正確にはまだ遠征部隊は決まっていないはずだが出水の口振りからして太刀川隊はほぼ内定しているのだろう。
久しぶりに太刀川がいない平和な日々がやってくると思うと熱いものが込み上げてくる。今夜はパーティーだ!!
とは言え流石に出水の目の前で諸手を挙げて喜ぶわけにはいかないので、出かかった言葉を必死に呑み込みながら美也子は「うん……そっか」とにやつく顔を抑えて呟いた。

「じゃあ行こうかな」
「よかった。おれから太刀川さんに伝えておきますよ。じゃあ、また」

出水はそう言うと少し離れた位置で彼を待っていた友人達の元へ戻っていった。彼が気を回してくれたおかげで美也子は太刀川に連絡しないで済むことになったので胸が軽くなる。
出水が戻った先には三輪隊の米屋陽介もいて「美也子さ〜ん、お疲れ様で〜す」と両手を振ってきたのでご機嫌な美也子もいつもより大きく手を振り返した。よく出来た後輩である。

***

遠征のことを考えているうちに時間は過ぎ、気が付けばあっという間に約束の日になっていた。
当日、防衛任務を終えて小走りで向かった待ち合わせ場所には太刀川隊の面々が既に到着していた。その中にオペレーターである国近柚宇の姿を見つけた美也子は顔を綻ばせながら近付く。ブンブンと大きく手を振るとそんな彼女に気が付いた国近がこれまた笑顔で両手を力いっぱい振った。

「国近〜!」
「遊佐〜!」
「「会いたかったぞ〜!」」
「お前ら同じクラスだろ?」

顔を合わせるなり大袈裟に抱き合う二人へ太刀川のツッコミが入る。
いつも通り朝から放課後まで共に過ごし、何なら一緒に下校して基地までやってきたので離れていたのは防衛任務のシフト中だった僅かな時間だけだ。二人は会う度にこの茶番を繰り広げているので出水などは慣れっこで「早く行きましょうよ」と急かした。
この場にいるのは現太刀川隊の面々と美也子だけで、烏丸の姿はない。美也子はてっきり彼も来るものだと思っていたのだが、どうやら今日は来ないらしい。国近に聞いてみれば声はかけたがバイトを理由に断られたそうだ。
断る理由のストックが切れかかっているので自分も何か始めるか、などと美也子が考えている間に辿り着いたのは駅に近い繁盛店だった。個室に通されると美也子は出来るだけ太刀川から離れた位置に腰掛けた。

「なんと今日は唯我君の奢りで〜す」
「「いえ〜い!」」
「え!?ちょ、聞いていません!聞いていませんよそんな話!?」

席に着くなり太刀川がそう言うと悪ノリした国近と出水が囃し立てる。ボーダーのスポンサーの息子で、隊では新参者である唯我尊が抗議するがお決まりの流れなのか皆相手にせず遠慮なく高単価メニューを注文し始めた。
美也子はあまり唯我と親しくなかったので失礼だろうと思い、弄りには参加しなかった。きっと今日の会計は年長者として太刀川が持つことになるのだろう、とぼんやり考える。いつもふざけた態度だがそういうところはきっちりしている人だと知っていた。
一人乗って来ない美也子に気が付いた太刀川は、自分達が遠征で離れることを寂しがっていると思ったらしく「わかるぜ美也子」と深く頷いた。

「俺達が遠征に行くと寂しいよな、美也子。泣いちゃうよな、美也子」
「はあ……頑張って下さいね」
「おう、これ俺だと思って大事にしてくれよ」
「太刀川さん、もう酔ってるんですか?」
「素面だぞ?」

けろりと言った太刀川が手渡してきたのは、布巾で折った鶴だった。素面でこんなものを渡してくるなんて、やっぱり苦手である。

しかし同じ空間に太刀川がいるものの二人きりではないので美也子はいつもよりリラックスして過ごすことが出来た。
人のお金で食べるご飯は美味しいし、国近や出水とも話せてそれなりに楽しい時間を過ごす中、事件は起きる。
太刀川と出水がお手洗いに立ち、祖母から電話がかかってきた国近が一度外へ出て、個室の中には美也子と唯我の二人だけが残される形となった。
唯我と美也子は所属期間が全く被っていなかったので、こうした集まりの時くらいでしか交流がなかった。年も性別も学校もポジションも違う共通点のない後輩と二人になり、美也子は気まずい思いを誤魔化すように飲み物をちょびちょびと飲む。
きっと唯我も同じ気持ちだろう、と思いきや彼は他の皆が戻ってくる気配がないことを確認すると一度わざとらしく咳払いをしてから「遊佐先輩!」とこちらに真っ直ぐ目を向けた。
まさか話しかけられると思っていなかった美也子が「はい、なんでしょう」と少し背筋を伸ばすと唯我は真剣な声色で言った。

「先輩は太刀川隊の集まりに参加する頻度があまりにも高過ぎやしませんか」
「うん…?」

予想外のことに頭が付いていけてないのか、つい反応が鈍くなる。
そうか…?いやでも確かに先月も皆でご飯食べたな…?と記憶を遡ってみると美也子は自分がほぼ毎月太刀川隊の集まりに参加していることに気が付いて愕然とした。

言われてみれば心当たりが多過ぎて「それは…そうですね…」と申し訳なさそうに呟く彼女に、唯我は同じ元太刀川隊の烏丸に比べても美也子は顔を出しすぎだと眉を吊り上げた。
第三者から指摘され、美也子は他人事のように納得してしまった。烏丸が玉狛支部に転属し、バイトに明け暮れていることを差し引いても彼よりもずっと前にチームを抜けた美也子が未だに月一で食事会に加わっているのは冷静に考えておかしな話である。それもこれも全部太刀川のせいだ。 英語の宿題をやり忘れたのも王子と中々会えないのも昨日自転車の鍵を無くしたのも多分太刀川のせいだ。
都合の悪いことを全て兄弟子のせいにした美也子が「太刀川さんに誘われると断りづらくて」と本心からの言い訳を披露すると唯我はふう、とため息をついてから「先輩にこんなことは言いたくありませんが」とそこらの女子より艶のある髪をかきあげた。

「お二人が恋人同士なのは知っています。ですが、遊佐先輩はもう太刀川隊ではないのですし少し遠慮を」
「あぁ?」
「えっ、いや、あのすみません……」

話途中で遮るように声を発すると美也子のあまりの変貌具合に唯我は困惑して謝罪し始めた。
別に美也子は怒っているわけではない。部外者が会に参加するなという彼の主張は正当だ。そこではなく聞き捨てならない台詞があったから遮ったのだ。一度落ち着こうと額に手を当てる。

「誰と誰が…恋人同士なの?」
「あの…太刀川さんと遊佐先輩です」

いつもの尊大な彼からは想像もつかないくらい弱々しい声色でそう返されると美也子はくらくらと目眩がした。




「そりゃそーでしょ。おれも最初普通に勘違いしてましたもん」

会がお開きになった後、帰り道が途中まで同じ方向である出水と並んで歩きながら唯我との会話を教えればそんな答えが返ってきた。
最初というのは太刀川と出水と美也子の三人でチームを組んでいた時の話だ。その頃の美也子は太刀川の為に作戦室でひたすら餅を焼き続けているような女だったので、後から加わった出水の目には二人は変なイチャつき方をしているカップルにしか見えなかったらしい。誠に遺憾である。

「それに美也子さん、よく太刀川さんと二人だけで飯食ってるでしょ?男女が二人で飯食うって完全にデキてるじゃないですか」
「極論過ぎない?」

まるで思春期真っ只中のような無茶苦茶な理論である。付き合ってなくても二人で食事くらいするだろ、と美也子は頬を掻く。

「私達だって、昔よく二人で朝ご飯食べてたじゃない」
「それ防衛任務後に本部の食堂で、でしょ。美也子さんはボーダー関係なく外でウマイもん食わせてもらってるじゃないですか。あーあ、おれも肉食いてぇなー?」

独り言のようにそう言うと頭の後ろで手を組む。
もちろん出水も太刀川から沢山ご馳走になっているはずだが、美也子ほどではないし『チーム全員で』という機会の方が圧倒的に多い。確かに美也子は二人だけの時にちょっと良い肉を奢ってもらった事が何度かあったので後ろめたい気持ちになり目を逸らした。出水の目にはやはり何年経っても美也子だけが特別扱いされているように映るらしい。
返答に困った美也子は、ふと、迅から言われたことを思い出した。太刀川さんはさ、と口を開くと出水が顔を向ける。

「私が可愛くて仕方がないんだってさ…」
「え?あ、…そう……なんすか…?」

美也子はポンコツなので言い方を間違え、語弊を生んだことに気が付かなかった。突然の惚気発言を聞いて「やっぱりこの二人デキてんじゃん」と出水が誤解するのは当然の話である。

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