03
すっかり目が冴えて眠れなくなってしまったので、眠くなるまでとりあえず真一郎君の謎を解くことにした。
私にとって彼は一体どんな存在だったのか。全然覚えていないけど、頻繁にどうでもいいメールのやり取りをしていて、仏壇の写真を見て自然と涙を流すくらいには特別な関わりのある人だったはずだ。
携帯以外で何かヒントがないか探し回る。最初に思い付いたのはアルバムだ。
お隣さんで幼馴染なら、佐野家が写った写真も一緒に保管してあるはず。早速取りに行くとトイレに起きた母と鉢合わせて「寝なさいよ」とめちゃくちゃ怒られた。アルバムを持てるだけ抱えた状態で「ういーす」と返事をして部屋へ戻る。まだまだ眠れそうにない。
ベッドの上でアルバムを広げる。普通に懐かしくなって赤ん坊の頃の自分を眺めていると小学生の男の子が私を抱っこしている写真があった。他にも何枚か一緒に写っている彼の顔には、どことなくあの遺影の人物の面影がある。これ絶対真一郎君じゃん。
その翌年には赤ん坊がもう一人増えて、三人川の字で寝そべる真ん中で、顔に絆創膏をつけたやんちゃそうな真一郎君がピースをしている。増えた赤ん坊は恐らくマイキーだ。
こんなにがっつり関わっているのか、と意外に思うと同時になんで私は彼らのことを覚えていないのだろうと不思議でたまらなかった。
さらに翌年、今度はエマちゃんが出てくる…かと思いきや予想に反して赤ん坊のエマちゃんは何処にも写っていなかった。誕生日は知らない(覚えていない)が、右下の日付から見てそろそろ出てきてもおかしくない。しかし捲っても捲ってもエマちゃんの姿はなかった。
この時期だけ佐野家と険悪になっていたのかと思ったが、マイキーや真一郎君は普通に写っていたのでそういうわけでもないらしい。エマちゃんは事務所の方針で写真NGなのだろうか。
首を傾げながら続きを見ていく。それまでどこにも写っていなかったエマちゃんが突如現れたのは私が小学校に入学した後だった。
マイキーと一緒に我が家のリビングでお菓子を食べている。ただそれだけだと言うのにあまりにも愛らしい姿に「か、かわいい〜」と声に出してしまった。エマちゃんは私が初恋だと言っていたが、多分私もエマちゃんが初恋だと思う。
そして、その頃の私はと言うと既に完全なる悪ガキスタイルだった。短髪で、雨上がりのグラウンドでスライディングでもしたのかと思うくらい泥だらけの半袖半ズボン姿で、歯が抜けてて、いつも膝を擦りむいてて、大抵サッカーボールかバットを持っている。これで『オレ』とか言っていたのか、完成度高いな。
この頃には真一郎君はもう高校生。流石に一緒に写っている枚数は昔と比べて減っていた。その理由はお年頃とかまあ色々あるんだろうけど、一番の理由は中々“やんちゃ”な彼の格好だろう。
これは不良ってやつだな、とばっちりキマッている高校時代の真一郎君を見て全てを察する。下手したら警察のお世話になった日もあったんじゃないか?
それでも写真の中の尖っている彼を見ると胸がざわついた。不思議と目が離せなくなる。
彼の人となりについては全く記憶にないが、きっと色んな人に色んな影響を与えたんだろうな、と思った。少なくとも弟のマイキーは影響を受けまくっているんだろう。
真一郎君の写真が減った一方で、相変わらずマイキーやエマちゃんはよく写っている。
基本的には私と彼らの三人で写っているが、途中から知らない男の子がひょっこり増えた。マイキーや私と同じ年頃の黒髪で八重歯が特徴的な勝ち気そうな男の子だ。
私の親族にこんな子はいないし、佐野兄妹とも似ていないので、私達の友達の一人だろうか。写っている枚数が多いので、きっとご近所さん。皆で佐野家の道場で写っているものがあったので、多分道場に通っていた子なんだろう。誰だこの子?全く覚えてない。
記憶喪失で覚えていないのか、昔のことなので単純に忘れているのか判別がつかなかった。もう少し成長した後の写真はないだろうか、とページを捲っていく。
すると私の悪ガキスタイルがある時期を境に一変し、徐々に年頃の女の子らしくなっていった。
決定的だったのは小学五年生の夏。
明確に服装が変わっていて、この頃から髪を伸ばし始めている。サッカーボールもバットも持っていないし、膝も綺麗だ。歯も良い感じに生え変わっている。
今までの写真とはポーズも表情も違っていて、六年生になると昨年までとは別人のようになっていた。女子ってスゲーと他人事のように思った。
私はこの頃の自分に何があったのか、うっすらと覚えていた。好きな人ができたんだ。相手が誰だったかは思い出せないけど、すごく好きだった。
何かとても嬉しい言葉をかけられて、それで相手のことが大好きになっちゃった。なんて言われたのかは覚えてないけど、その時初めて女の子らしくなろうと決意したんだ。
懐かしい〜と当時の自分のお子様らしい単純な思考に若干照れつつ写真を眺める。
するとまた真一郎君の姿を見ることが出来た。この頃の彼は成人しているからか、もうあのやんちゃスタイルではなくなっていて、落ち着きのあるカッコいいお兄さんになっていた。遺影の姿に一番近い。
昔のように皆で写っているものの他に、私と二人だけで撮られた写真もあった。
その写真の私は、今までとは打って変わって、やや緊張した面持ちで真一郎君と一緒に写っていた。
あれ?と違和感を抱く。よく見るとそれ以降に真一郎君と写っている私は、殆どが「お前笑顔忘れたんか?」と疑いたくなるような表情だ。つまらないとか悪感情とかじゃなくて本当に緊張している顔――というかこれは、照れている?
よく見ると彼と写る時はいつも同じ柄のワンピースを着ていることに気がついた。なんだこれ一張羅?
「…………………………」
写真に写る自分をもう一度じっくり眺めてから、アルバムを静かに閉じた。そのまま部屋の中を見回す。
退院後、最初に自分の部屋へ戻った時「変だな」と思ったことがあった。机上のラック棚に、教科書や辞書、お気に入りの小説に紛れてバイク雑誌が何冊も置いてある。
ちら、と見てみると月刊誌のようで毎月欠かさずに、というわけではないが頻繁に買っている。
私は別に、バイクに興味なんかない。そりゃ乗れたらカッコいいと思うし、移動手段としても便利だから免許を取るのもいいな、と考えていたこともある。けれど、わざわざ雑誌を購入するほどの興味はなかったはずだ。
記憶喪失で忘れているだけ?なんでこんなことを忘れるんだ?忘れていることと覚えていることの差はなんだ?
適当に目についたバイク雑誌を一冊手にとって開いてみる。パラパラと捲っているとあっという間に最後の方のページまで来てしまった。ページの右下部分に、次回の発売日が記されている。その日付を見て驚いた。これは二年前の雑誌だ。
ラック棚に入っている雑誌を全て確認すると古いもので約四年前、一番新しいものは二年前に発売されたものだった。
一応本棚や机の引き出しを開けて確認してみるが、他に同じような雑誌は見当たらない。
ということは、二年前で買うのを辞めたんだ。
途中で飽きちゃった?じゃあ捨てればいいのに、なんで残しているんだろう。邪魔だし捨てていいかな。自分のだし、別にいいか。
すぐにバイク雑誌を積み上げ、紐で縛る。ついでに要らないものがないか部屋を見て回る。何故私は深夜に部屋の掃除なんかしてるんだろう、と思ったが気にしたら負けだ。
適当に机を片付けていると引き出しの奥に何かを見つけた。引っ張り出してみると小さなお菓子の空箱に『てがみ』と手書きの文字が書いてある。
開けてみれば、小学生の頃に友達から渡された手紙が入っていた。
また懐かしいものが出てきたな、と手に取る。よく見るとその殆どがエマちゃんからの手紙だった。
『繭くん、あのね』から始まり、最後は『また遊んでね、エマより』で締め括られる。お花が描いてあったり、リボンをつけた猫のシールが貼ってあったり、カラーペンで可愛く装飾されていたり、サービスが良い。
内容はその日あった出来事や今度家族で遊びに行く話、秘密基地の場所を尋ねてきたり、足を早くするコツを聞いてきたり、もう少し成長すると恋バナが中心になっていった。中には『マイキーは繭君のこと好きなんだって、ナイショだよ』という内容のものもあった。誰に内緒にすればいいのかわからない。
他にも何枚か手に取って差出人を確認するが、エマちゃんの兄である真一郎君やマイキーからの手紙は見当たらない。真一郎君は9歳も年下の女子に手紙なんか書かないだろうし、マイキーは筆不精っぽいので当然だろうなと思っていたら、一枚の葉書を見つけた。差出人は『佐野まんじろー』で切手は貼ってない。ということは直接手渡したか我が家のポストへ投函したかどちらかだ。
裏面を見ると表と同じ黒いマジックペンで『明日のためにその一』から始まるジャブの説明が書かれていた。………これは明◯のジョーだな。この頃のマイキーは私が少年院に入っていると思い込んでいたのかもしれない。
ちょっと笑いながら他の手紙も一枚一枚確認していくと葉書や手紙に混ざって、雑に折り畳まれた青色の折り紙を見つけた。開いてみると裏側の白い面に赤いマジックペンで文字が書かれている。
「えーっと…『繭へ。ずっとライバルだ。けーすけ』………?」
なんだこれゴミか?