05

選択科目を終えて教室まで戻るとついに最後の授業だ。
ここまで長く感じたが、いざ終わってしまえばあっという間である。眠くなると評判の授業を乗り越え、掃除を手際よく簡単に済ませれば帰りのHRは瞬きをしている間に終わる。
朝からずっと待ち望んだ放課後が訪れると補講のため居残りとなった国近と抱き合いながら、美也子は帰り支度を整えた今に声をかける。

「今ちゃんはもう帰る?」
「ええ、途中まで一緒に行きましょ」
「じゃあ自転車取ってくる。校門で待ち合わせね」
「了解」

今と約束した美也子は鞄を掴んで教室を出ると体育館横の自転車置き場へ向かった。

すぐそこの体育館ではバスケ部やバレー部が練習を始めたらしい。彼らの声をBGMにしながら美也子が自分の自転車の前カゴに鞄を放り込むとすぐ近くから「あっ」と何かに気が付いたような女子の声が聞こえた。反射的にそちらに顔を向けると二学年下の香取葉子が「しまった」とでも言いたげな表情をしながら自身の自転車を押していた。

「香取ちゃん、今日ボーダー行く?」
「行くけど何?」
「折角会ったし、今ちゃんと私と三人で一緒に行こうよ」
「ええ〜〜〜〜……」

先輩からのお誘いだと言うのに香取は分かりやすく顔を歪めた。誰に対しても発揮される彼女の遠慮のなさは長所でもあるし、短所でもある。美也子は正直だな、と思いながら車輪に付けてある鍵を外した。
美也子と香取はボーダー内ではそれなりに交流のある方である。女子で攻撃手――というより戦闘員――を務める隊員は少ないので、美也子は香取が銃手へ転向した後も万能手としてやっていくと決めた後も姿を見かければ積極的に声をかけたものだ。そんな美也子を香取は「ウザ絡みしてくる先輩」と思っていたが、別に嫌ってはいない。決して性格が合わないわけではないし、同じ戦闘員との交流は大切にすべきだと理解しているからだ。
自転車を動かそうとする美也子を見ながら香取はフン、と鼻を鳴らした。

「ま、いーけど?でも今先輩と仲良くやれるか分かんないから、美也子先輩が上手く取り持ってよね」
「大丈夫だよ、香取ちゃんは良い子だから」
「はあ?そんなこと言ってんの先輩くらいだけど」

わざとらしい溜め息をつくと香取は肩で跳ねたセミロングの髪を耳にかけた。
プライドが高く負けず嫌いで気が強い。それが殆どの防衛隊員が持つ香取の印象だ。
しかし何の理由もなく他者へ攻撃的になることはないし、文句を言いつつなんだかんだ周囲と上手くやろうと彼女なりに気を遣っている部分もある。
我が儘な面はあるが協調性がないわけではないし、相手に合わせることが出来るのだから十分良い子だと美也子は考えていた。今だって、先輩に誘われて面倒だと思いつつ断らない。
大人しく待っている香取に「行こっか」と声をかけながら美也子が自転車を押すとこの世の終わりのような音が響いた。

「は………?」

香取は信じられない、という表情を浮かべて美也子を見た。
美也子は「こっちだよ」と言いながら自転車を押す。相変わらず地獄のBGMのような音が聞こえてくる。どう考えてもそれは美也子の自転車が発しているものだった。

「いや、え!?ちょっと待って!!」
「どうしたの香取ちゃん?何?」
「こっちの台詞!」

美也子を見て、正しくは彼女が動かした自転車を見て香取は「はあ!?」と叫ぶような声を出した。

「何よそれ!なんなのその音!?」
「あー、これ?鍵無くしちゃって、石で壊したら鳴り始めた」
「いや、馬鹿!?」
「朝はもうちょっと控えめな音だったんだけどね……」
「乗ってくんなそんなもん!!」

香取の正論が自転車置き場周辺に響く。
「徒歩だと早く起きなきゃいけないし……」と言い訳する美也子に呆れながら、香取は自分の自転車に跨がった。

「一緒に帰ってくれる今先輩に感謝した方がいいわよ。アタシは無理だから、じゃあね」
「え、待ってよ〜!」
「追ってくんな!乗るな!」

ギィイ、と音を立てながら自転車を漕ぐ美也子を振り返った香取は「今すぐ降りなさいよ!」とおよそ先輩相手とは思えない物言いで美也子の動きを止めると自身は素早く自転車を漕ぎ、そのまま猛スピードで走り去った。

***

「この音……、大丈夫なの?」
「朝よりは大丈夫じゃないかも……」

香取に拒否された美也子は今と二人で話しながら歩いていた。その間にも美也子が押している自転車からは異音が鳴り響いている。朝よりも明らかに酷くなっており、今にも壊れそうだ。これは香取も逃げ出すわけである。

「ねえ、本当にこの自転車に乗って行くの?危ないんじゃない?」

鈴鳴支部へと繋がる分かれ道に差し掛かると心配そうな顔をした今が言った。確かに、もう限界なのかもしれない。もう自分が知っているあの頃の自転車ではないのかもしれない。美也子は神妙な顔で愛車を見つめた。

「怪我でもしたら大変だから、もう乗るのはやめておきなさい」
「うん、今ちゃんがそう言うならそうする」

素直に頷く美也子を見て、今は安心したように笑うと「じゃあ、また明日ね」と手を振った。
美也子は手を振り返して、去っていく今が見えなくなるまで見送った後、もう一度自転車を見た。

乗れない自転車(オプション:異音)をこのままボーダーへ持っていっても仕方がない。美也子はボーダーへ行く前にこの自転車を置いてくることにした。
此所からだと自宅よりも従姉妹の家の方が近いのでそこに預けよう――そう考えた美也子は早速従姉妹の家へ向かうと「休みの日に取りに来る」と約束して自転車を置かせてもらった。

身軽になった美也子は早速ボーダーへと足を進めるが、どこからともなく漂う甘い匂いに誘われて道を外れた。良い感じに小腹を空かせた学校帰りの高校生には刺激が強すぎる匂いである。凶悪だ、取り締まらないと…などと考えながら匂いの元を探れば、たいやきと書かれたのぼり旗が目に入った。
それは『鯛餡吉日』という小さなたい焼き屋で、半分ほど開いているガラスドアから見える店内には待機用の長椅子のみが設置されている。
美也子は迷うことなく中へ入るとすぐに定番の餡子と果実クリーム、夏限定のアイス入りを一つずつ注文した。彼女の家の近くにたい焼き屋はなく、せいぜい祭りの時くらいしか口にしないので見かけるとつい買ってしまう。

支払いを済ませて待っていると「美也子?」と後ろから名前を呼ばれた。振り向けば、店の前には星輪女学院の制服を着た小南が立っていた。暑さのせいか長い髪をポニーテールにしている。偶々通りかかったらしい小南は手で額の汗を拭いながら店内に入ってくると美也子の横に並んだ。

「珍しい。あんたこんなところで何してんの」
「たい焼き買ってる」
「見りゃわかるわよ」
「従姉妹の家に行ってたから、ついでに寄ったの」

質問の意図を察した美也子がそう答えれば、小南は「この辺なんだっけ?」と記憶を探るように小首を傾げた。
美也子は従姉妹の家の場所を簡単に説明しながら、この辺りが玉狛支部に程近い所であることを思い出した。彼女からすれば滅多に立ち寄る事のないこのたい焼き屋も玉狛の面々にとっては馴染みの店になるだろう。
店員から焼きたての熱いたい焼きとアイス入りをそれぞれ別の袋で分けて受け取った美也子は、焼きたてが入った袋は鞄にしまって小南と共に店を出る。

「それすぐに食べるの?」
「持って帰って後で食べるよ。でもアイス入りは溶けちゃうから、どこかで先に食べて行こうかな」
「なら、そこに公園あるわよ。場所教えてあげる」

付近に詳しい小南の案内で向かった小さな公園は、幼い頃に従姉妹と遊んだ記憶のある場所だった。当時と変わらない古めかしい遊具に懐かしさを覚えながら、木陰にあるベンチに腰を下ろす。美也子の横に座った小南は鞄から飲み物を取り出して口をつけた。
アイス入りのたい焼きは気温のせいで少し溶けていたが冷たさは変わらず、口に含むと暑さが和らいだように感じた。

「そういえば見たよ桐絵ちゃん」
「何を?」
「これ、ちょっと持ってて」

そう言って美也子は半分食べかけのたい焼きを小南に渡すとスマホを取り出して両手で操作し始めた。すぐに「あったあった」と楽しそうに笑うと何事かと見守る小南に見えるようスマホの画面を差し出す。

「ほら、星輪のパンフレット。桐絵ちゃん、すごく可愛く写ってるよね」
「ちょっ、なんであんたこれ持ってんの!?」
「従姉妹が星輪入る予定だから」
「聞いてないわよ!?言いなさいよ!」

小南は分かりやすく顔を赤くすると預かったたい焼きを落とさない様に気を付けながら美也子の肩を軽く掴んで揺らした。どうやら内緒にしたかったらしい。美也子がこの事を知ったのは本当に偶然で、従姉妹が貰ってきた星輪女学院のパンフレットを開いたらよく知る人物が載っていた、というだけなのだ。

「恥ずかしい!美也子に見られるのが一番恥ずかしい!」
「なんで?私は教えてほしかったな〜」
「うるさい!もう食べるわよ!これ食べるからね!?」
「どうぞ」
「あー!美味しい!!」

やけになった小南は赤い顔のまま預かっていたたい焼きに齧りつく。
「全部食べてもいいよ」と言う美也子に「言われなくても!」と返した小南は眉を上げて残ったたい焼きを一気に食べ尽くした。拗ねた様子で腕を組み、頬を膨らます彼女とスマホの画面に映っている星輪の在校生代表として優雅に微笑む小南の姿を見比べた美也子はにこりと笑った。

「でもパンフレットに載る子って学校のイメージそのものだから、桐絵ちゃんはぴったりだと思うよ」
「えっ……そ、そう?」
「従姉妹も桐絵ちゃんのこと芸能人みたいって言ってたし」
「そうなの…!?やだ、やめてよね。お世辞かもしれないけど……」
「お世辞じゃないよ。私もそう思う」
「ふ、ふーん……なんか飲む?」

満更でもない様子で聞いてきた小南に「別に大丈夫だよ」と遠慮すれば、彼女は「じゃああたしのおススメ買ってあげる!」と嬉しそうに立ち上がって側にある自販機へ走った。美也子はあんな妹が欲しかったな、と微笑ましく思った。

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