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「正午までに俺からこの鈴を奪うこと。それが今日の演習課題だ」

あ、知ってるこれ。
シダ先生の手元で揺れる鈴は三つ。私の記憶じゃ鈴は二つしかなくて仲間割れを仕組んだものだったが、そうじゃないってことはシダ先生が優しいのかカカシ先生が厳しいのか。
鈴は一人につき一つで取れなかったらもう一度アカデミーからやり直し、というシダ先生の淡々とした説明を聞いて騒いだのはてっちゃんだけだった。そのてっちゃんも先生の合図で演習が始まれば、すぐに切り替えて姿を消した。まともに話し合うこともないまま三人とも散々になる。

シダ先生は隠れた私達を捜すこともせず、かと言って構えるわけでもなく、その場から一歩も動かずにじっとしていた。見方によってはただぼんやり突っ立っているだけにも思える。
とりあえず今のところ向こうから何か仕掛けてくることはないようだ。シダ先生の横顔がギリギリ判別できる位置にある大きな木に登って辺りを窺いながら考える。

えーっと、確かこの演習って卒業生をさらに振るいにかける試験なんだっけ?
騒いだのがてっちゃんだけで私とイタチが何も言わなかったせいか、あまり細かい説明をしてもらえずにいきなり始まってしまったが、合格率がめちゃくちゃ低いやつだった気がする。ナルト達がやってた。

合格条件は鈴を取ること、ではなく全員で協力すること。これは班のチームワークを見るための試験であり、その隠された意図を読み取ることが出来ず、大抵の子達は不合格になるのだ。
私達の場合はどうかって言うと、この事を知らないのは多分てっちゃんだけだ。私は反則だけど、イタチは既に下忍なんだから前に一度この演習を受けているはず。そもそも彼は試験対象から除外されてるんじゃないか。
まあ、私も知らないものとするとシダ先生に試されているのは私とてっちゃんの二人だ。
初めから合格条件がわかっているんだから、無駄に時間を潰す必要はない。シダ先生がいつ痺れを切らして動き出すか分からないのだし、早めにやるだけのことをやろう。
とりあえずイタチは後回しにし、好戦的で勝手に暴走する可能性のあるてっちゃんを探すことにした。

探知系の能力は持っていないが、普通に考えて先生の様子がわかる範囲に身を潜めているはずだ。演習が始まる前に彼がいた方角へ向かう。先生が向かってこないならこちらも必要以上に移動する意味がないので現在位置を割り出すのはそう難しいことじゃない。実際、てっちゃんはあっさり見つかった。

「てっちゃん、ちょっと」
「なんだよ、いてぇ!」

草むらに身を隠す彼の後ろから近付き、声をかけるのと同時にぐいっと首根っこを掴む。
つい大きな声が出たことに慌てて口を手で覆いながら私を睨む彼に短く謝罪した後、本題に入った。

「上忍相手に一人で勝つなんて絶対無理だからさ、ここは協力しない?」
「…お前が一人じゃあいつに勝てないから俺に助けてほしいって言うなら、まあ、助けてやってもいいけど」
「うん、助けてほしい」

素直に頷くとてっちゃんは「仕方ねぇな〜」と満足そうな顔で言った。めんどくさい奴だ。
俺に続け、と早速先生の方へ向かおうとしたてっちゃんの服の裾を掴んで動きを止める。ちょ、早い早い。

「ちょっと待って。うちはイタチも捜そう」
「は?なんであいつまで」
「二人より三人の方がいいよ。イタチは私達より経験もあるし」
「必要ねぇよ」
「そんな我が儘言わないで」
「我が儘じゃねーよ!必要ねぇから必要ねぇって言ってんだろ」
「必要あるから捜そうって言ってるんでしょ」

それでも納得せずにふん、と鼻を鳴らすてっちゃんを見て頭が痛くなった。
精神年齢が違うからかこちらの意見を聞き入れてくれない彼に不思議とイライラはしなくて、ただひたすら困った。どうすれば良いんだろう、と少し考えてからアカデミーの授業を思い出し口を開いた。

「私が死んだらてっちゃんのせいだよ」
「はあ?」

私のあまりにも飛躍した発言を受けたてっちゃんの顔には何言ってんだコイツ、と書いてあった。
そんな彼に出来るだけ穏やかな口調でスリーマンセルの重要性を説く。アカデミーでもう何度も聞いた話だ。
嫌いだから協力しない、なんてバカらしい。そんなこと言ってたらいざという時に連携が取れず最悪の場合誰かが死ぬ。同じ班になったからには多少気に食わなくても初対面でも背中を預けるくらいはしなきゃいけない。こんなの忍ならわざわざ言わなくても誰でもわかる当然のことだろう。私達はもうアカデミー生じゃないのだ。
てっちゃんは黙って話を聞いていた。その横顔を見ながら、多分もう大丈夫だろうと思った。
これで「うるせえ知るか」なんて言う子じゃない。お姉さんを亡くした彼は、元々忍の任務の危険性をよくわかっている。イタチへの態度は結局のところ意地を張っているだけなんだ。

「…わかったよ、今回だけな」

その小さな返答に二重の意味でよしっ、と心の中でガッツポーズをした。
もしかしたらシダ先生の蟲が傍にいるかもしれない。よく覚えてないけど、あの蟲って攻撃以外にも偵察用に使えるんだよね?
ってことは、シダ先生は蟲を使って私達の様子を探っている可能性が高い。蟲(の能力?)を通してこの会話が聞こえているかどうかは分からないが、もし聞こえてたらラッキー。私とてっちゃんが試験の合格条件である“協力”を理解していることが先生に伝われば、この演習は殆ど合格したようなものだろう。
てっちゃんの説得は終わったので、後はイタチを捜すのみ。

「とりあえずイタチを……、…!」

捜そう、と私が言いかけたところで上から葉が数枚落ちてきた。人の気配に気が付いたのはその時で、私とてっちゃんは同時に上を見る。先生かと警戒したが予想に反して姿を現したのはイタチだった。

「イタチ……くん、いや、さん」
「お、お前!いるならいるって言えよバカ!」
「すみません」

やや理不尽な理由で怒られたイタチが文句も言わずに素直に謝るものだから、面食らったてっちゃんはうっ、と言葉に詰まってそれ以上何も言えずにいた。
一瞬、シダ先生が変化でイタチに化けている可能性が頭を過ったが、昨日出会ったばかりでまともに会話もしていないイタチに化けるより私かてっちゃんに成り済まして残りを騙す方が効果的だろう。まず私達がイタチと協力するかどうかもわからないのだ。
蟲で話を聞いた後に変化したというなら別だが……そこまで時間的な猶予があったわけではない。どうもイタチは最初からすぐ傍にいたみたいだからだ。
ちょっと協力してほしいんだけど、と声をかければ彼はすぐに「わかりました」と頷いた。私達の会話を全部聞いてたらしい。途中で話に割り込んでこなかったのは出るタイミングが分からなかったか、彼は試験の意図を知っているので下手に声をかけられなかったか。
まあ、仮に私達が落ちてアカデミー行きになっても既に下忍のイタチには関係無いから、自分からアクションは起こさなかったのかも。私達の様子を窺っていたら、自分を捜そうという話になったので親切に出てきてくれたのだ。
三人揃って協力も得られたので早速作戦を立てることにした。上手くいくだろうか。
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