火の国は気候の乱れが少なく他国に比べてかなり過ごしやすい環境である。しかし今日は珍しく気温が上がり、前日と比べても尋常じゃない暑さだった。国全体がこうなのかは分からないが、少なくとも木ノ葉は猛暑日となった。異常気象というやつだろうか。
そんな日だからか、暑さにやられて倒れる人もいるらしい。母の「気を付けなさい」という言葉を背に家を出て、今日の集合場所へと向かう途中、早速人が倒れていた。黒髪で見た感じ背が高くて、緑色の……全身タイツ……?
恰好からして触れちゃいけないタイプのような気がするのであまり関わりたくなかったが、暑さからか外を出歩いている人は少なく、私以外に彼を助けてくれそうな人は見当たらない。仕方がなく近づき、恐る恐る声をかけた。
「大丈夫ですか……?」
「う………き、君は…」
「あっ」
ガイ先生だ。会ったことは一度しかないが彼のような濃い人物は中々忘れない。
おかっぱ頭が小さく揺れて、彼の目が私を捉える。微かに唇を動かして何か言ったが、聞き取れたのは「妹の…」という部分だけだった。
私を見て妹って、もしかして兄達のことを言っているのだろうか。そういえばこの人は兄達の死を私よりも悲しみ号泣してくれた人だった。もう一度「大丈夫ですか」と声をかける。
「どうしました?具合が悪いんですか」
「みず…」
そう呟いて力尽きたのか、こちらを見上げていた顔が地面を向いた。水?熱中症?
よく分からないが、どうやら彼も異常気象の被害者のようだ。こんなぴっちりしたタイツを着用していたらそりゃ暑いだろう。
ちょっと待っていてください、と声をかけてから水を買おうと自販機を探しに行く。割りと近場にあったが、ポケットを探るとそこに財布はなかった。あらら、今日に限って忘れてきちゃった。
どうしよう。他に人が通る気配もないし、これなら一度家へ戻った方が早いかもしれない。そう思って家の方角へ足を向けた。
しかし今から戻って水をとってきてガイ先生の元へ届けに行ったら、確実に集合時間に遅れるだろう。遅刻者が罰として倒れるまでマラソンをさせられることはてっちゃんで確認済みだ。
演習場の周りを走る自分の姿を想像し、一瞬このまま無視して集合場所へ行ってもいいかと思ってしまった。けれどガイ先生は私のことを知っているみたいだし、恨まれて後日何かあったら困る。人助けをしていたと素直に言えばシダ先生も許してくれるだろう。
「いやあ、助かった。俺としたことが水を忘れてしまうとは」
「今日暑いですからね」
「ああ、それにうさぎ跳びでアカデミーの周りを四百周した後だったんだ。やはり運動の際はこまめな水分補給が大切だな」
なにその状況。渡した水筒片手にさらっと言われたのだが、私がおかしいのだろうか。数間違えてない?昭和の野球部でもそんなにぐるぐる回らないだろ。
ガイ先生は暑さ以外の要因でも水分を奪われていたようだ。もしかして私の想像以上にこの人は危険な状態だったのでは。
「そんな危機的状況にも関わらず遅くなってしまってすみません。私が鈍くさいせいで…」
「そんなことないさ。君は俺のために尽力してくれたんだろう?なら謝る必要はどこにもない!」
グッと親指をたててガイ先生は爽やかな笑顔を見せてくれた。一回見捨てようと思ったとか言えない。
私が暑さとは別に変な汗をかいていることには気が付かず、ガイ先生は水筒の水を一気に飲み干した後「ありがとう、アザミ」と私の名前を口にした。
「自己紹介をしていなかったな。俺はマイト・ガイだ。よろしく」
「あ、はい……私の名前ご存知なんですね」
「君の兄さんから話は聞いていたからね」
そう言って彼は寂しげに目を伏せた。あれからもう三年以上経つ。
何も答えられないでいるとガイ先生は「そういえば下忍になったんだろう?」と額を指差し、明るい調子で尋ねてきた。
「シダさんの班らしいね」
「ええ、よく知ってますね」
「もちろん!ゲンマから聞いたんだ」
「えっ?ゲンマ……さんからですか?」
「ああ。君の情報は大体ゲンマから回ってくるからな」
「何故」
実に朗らかに言われたのだが訳がわからない。
ゲンマってゲンマさん?下の兄と男子高校生のノリでじゃれていたあのゲンマさん?二回しか会ったことない上にまともに喋ったことすらないゲンマさん?
「あいつは君の兄さんと本当に仲が良かったからね。妹の君が気になるらしい」
首を傾げる私にガイ先生はそう言った。気になるって何?つまり私って常に何処かからゲンマさんに見られてるってことなの?
いや、流石にそんなストーカー的なことはされていないだろう。普通に考えてそんな暇ないはずだ。どの程度の情報を掴んでいるのかによる。そしてなんか知らないけどその情報を他の人に流されてる。
黙っている私を見て何を勘違いしたのかガイ先生が慌てて口を開いた。
「どうか怒らないでやってくれ!奴は君を心配してるんだ」
「いや別に怒ってはないですけど」
とても困惑しています……。
とは口にしなかった。私を心配してくださっているのはありがたいが、その割には一度も接触してこないな。姿すら見かけたことがないのだが、彼はどうやって私の情報を集めているのだろう。忍者だからバレないように情報収集なんてお手の物ってことなのかな。
私が普段ゲンマさんと全く関わりがないことはガイ先生も知っているらしく、話を聞いてからさり気無く辺りの様子を窺っている私の肩を優しく叩いた。
「シャイな奴なんだよ。これからも影から君を見守り続けるさ」
いや、だからそんな紫のバラの人みたいなこと言われても反応に困るって。
