秘書の仕事をするようになってから、知り合い、というか顔見知りが増えた気がする。
火影様の執務室へ書類を運びに行く途中、先日知り合った中忍の方に声をかけられてそう思った。
任務の受付や報告書の処理も担当することがあるので、普通に中忍として任務に出る時より秘書として関わり合いになる方が多いのだ。
最初は私のことなど誰も気にしないと思っていたが、忍者というのは人間観察が好きな人が多く、中には一度見た顔は忘れないなんて人もいる。一種の職業病のような気もするが、初めて会う人には結構な頻度で「新しい秘書?」と声をかけられるので驚きだ。
名前は知らないけど顔は知ってる、みたいな感じで私は意外と多くの方に認識されているらしい。任務で一緒になれば親しげに話しかけてくれる人もいる。
カカシ先生?カカシ先生は何考えてるのかよくわかんない。でもひょっとしたら、あの人も昔に一度、二度?だけ出会った私を覚えていたから声をかけてきたのかも。だからって「そう……」だけ言って帰っていく意味はわからないけど。
「よォ、お疲れさん」
書類を渡し、執務室から出て廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。声の主はゲンマさんだ。お疲れ様です、と頭を下げる。
初めての中忍試験の時に夕顔ちゃんによって不審者扱いされた彼とはあれ以来殆ど会わなかったのだが、私が秘書になってから顔を合わせる回数が増え、本人の人柄も相俟ってよく話すようになった。
この人は元々四代目の護衛小隊にいたらしく、周りから実力を買われていて信頼も厚い。そのため火影様が三代目に戻った今も呼び出されて傍につくことがあるという。きっと今日もそうなんだろう。
「これから休憩?」
「はい。ゲンマさんもですか?」
「まあな。そろそろ飯時だし」
そう言って一度窓の外へ視線をやる。同敷地内にアカデミーがあるので、屋上での課外授業の際はここからでも子供の声が聞こえる。まだ授業中みたいだから、もう少ししたら昼休みのチャイムが鳴るだろう。
ゲンマさんは私に視線を戻すと昼食について聞いてきた。明日の早朝から任務が入っていて、今日はもう仕事はないため家に帰って何か作るつもりだった、と素直にそう告げると「じゃあ一緒に来いよ」と言われた。
「お兄さんが奢ってやろう」
***
遠慮したのだが聞いてもらえず、半ば強引に連れていかれたのは私が滅多に通らない道にある定食屋だった。外観を目にする事はあったが、中へ入るのは初めてだったのでついキョロキョロと周りに目をやってしまう。
いかにも大衆食堂と言った感じで、席数が多く一人で来ている人も目立つ。昼ということもあり私たちが入ってすぐに満席になったが、複数人で来ていても食べたら余計な話をせずに席を立つ、といった具合に長居をする人がほぼいないので、回転率が良く席が空くまでの待ち時間はかなり短いようだった。
あちこち目をやっていると「そんなに珍しいか?」と慣れた様子のゲンマさんからメニューを渡される。
「定食屋さんは初めて来たので」
「へえー。ああ、でもお嬢さん育ちだからな」
「え?」
「冗談」
ふっと口元を緩める彼は、私の持つメニューを指差して言った。
「俺のおすすめはこれとこれとあとこっち。あ、これは意外と辛いからやめとけ。お前辛いのダメだろ」
「あ、はい」
ダメと言うほどではないが、確かに辛いものは苦手だ。
助言通りにそれは避けて別のモノから選ぼうとして、あることに気が付いた。
「私が辛いもの苦手って知ってるんですか?」
「ん?ああ、知ってるっつーか、なんとなく」
「え?」
「お前の兄貴は辛いもんダメだったからお前もそうかと」
そこで納得した。今までの彼の行動全てにだ。この人は私を通して兄を見ているのだ。
私と下の兄は結構似ていた。上の兄は父似だったけど私達は共に母似で食べ物の好みも殆ど同じだし、行動も被っていた。少なくとも上の兄よりは下の兄の方が私と感覚が近かったように感じる。
あ、そうか。この人は私自身が心配と言うより私が兄に似てるからこうして親切にしてくれるんだ。
もう何年も前に亡くなった人をこんな風に覚えていてくれる人がいることは、良いことなのかもしれない。いや、良いことのはずだ。
でもなんだか、……なんだろう。何とも言えない気持ちになった。
