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数ヶ月振りにイタチとてっちゃんとのスリーマンセルで任務につく機会があった。階級はてっちゃんの方が上なのだが、シダ班の特殊ルール(お前がリーダー)が発動されたため今回も私が隊長を務めた。

「援軍を呼ばれると面倒だから中にいる人間は民間人も含めて一人も逃さないように」
「了解」
「りょーかい」

暗闇の中、私の言葉にイタチとてっちゃんが頷く。今回の任務のターゲットがいる立派な屋敷に私達は夜襲をかけることにした。目的は木ノ葉の情報を他の里に流していたという諜報員の捕縛。
屋敷の門の前には見張り役らしい二人の男が立っていた。無線を持ったてっちゃんが裏口に回っている間、私とイタチは正面入り口から離れたところで身を隠し、並んで待機していた。
Bランク任務はもう何度もやってきたが、対人戦になるとわかるといつも何とも言えない緊張感があった。平気な顔してるてっちゃんやイタチの気がしれない。
右手で口元を覆う。イタチが私を見た。無意識に彼の名を呼ぶ。気を抜くと声が震えそうだった。

「私がヘマして捕まったら殺して死体は持ち帰ってね」

忍者の死体は情報の塊。出来ることなら他の里の忍に渡したくない。
殺すだけでなく里まで持ち帰れとはむちゃくちゃ言うな、みたいな顔をした後、イタチは少しだけ笑って「大丈夫ですよ」と言った。助けるから大丈夫なのか、しっかり殺すから大丈夫なのか、どっちの意味で言ったのかはわからない。前者だと嬉しい。
お願いね、と彼の背中に手を添える。もうすぐ13歳になるイタチは私より少しだけ背が高かったが、体格的にはまだまだ子供だった。

「そういえば髪の毛伸びたね」
「切る暇がなくて」

忙しいもんね、と言いながらイタチの背中から手を離す。
すると何を思ったのか、今度は彼の手が私の背に回された。お互い何も言わない。ただ、私は少しだけ気持ちが落ち着いた。
寒空の下で暫くの間そうしていたら、てっちゃんから無線が入った。配置についた、いつでも行けるとの頼もしいお言葉。

「俺が先に行きます」
「よろしく」

門の前にいる二人は私達と同じく雇われた忍だろう。
任務の性質にもよるが、他国の忍を必要以上に殺すと外交問題に発展するので、こういう場面ではできる限り殺さず無力化するのが望ましい。となるとやっぱり幻術が最適だ。
などと思っている間にイタチは音もなく忍び寄り、あっという間に二人を眠らせた。イタチの目がこちらを向く。
そういえば私、いつの間にか印を組むのが早くなった。あんなに手間取っていた丑の印もいつの頃からか苦手意識はなくなり、何とも思わなくなった。螺旋丸は、まあ、アレだけど。


***


秘書の仕事が終わらない。
誰もいない部屋でまあまあ厚みのある書類の束を前に天を仰ぐ。正直、事務作業がこんなに大変とは思わなかった。頼むからパソコンを持って来い。
私でこれなんだから経理担当とか地獄だろうな、と思いつつ、眠気覚ましにカフェインでも取ろうかと自販機まで行く。廊下はすっかり暗くなっていて、人の気配がなかった。受付所の夜勤(警備担当でもある)を除いてみんな帰ったらしい。

私も帰りたい、と思いながら自販機にお金を入れてボタンを押す。何も出てこなかった。
は……?なんだこいつ……?腹が立ったのでどうせ誰もいないしと思って自販機をドカドカ蹴っていると音を聞きつけたのかイルカ先生がやってきて「な、なにしてるんだ……?」とドン引きしながら言った。やばい、見られた。

「自販機にお金だけ取られちゃって……」
「だからって蹴るなよ」

尤もなことを言われて「はい……」としか言えなかった。でもこっちは金取られてんだぞ。
しゅんとする私にイルカ先生は「明日メンテナンスの担当者に連絡しような」と幼子を相手にするかのように優しく言った。

「アザミはまだ仕事してるのか」
「ええ、手が遅いので……イルカ先輩は?」
「報告書を出した帰りだ」

みんな帰ったはずなのに電気がついている部屋があるから変だと思ってここまで見に来てくれたらしい。そしたら私が自販機を蹴っている恐ろしい現場を見つけてしまったのだ。
「あとどのくらい残ってるんだ?」と聞かれて素直に答えるとイルカ先生は人の良い笑みを浮べた。

「ちょっとだけ手伝ってやるよ、内緒だぞ?」
「いいんですか?」

地獄で仏とはこのことかもしれない。普段なら遠慮するところだが、自販機に当たり散らかすレベルで疲れ果てていた私はこの提案に思いっきり甘えさせてもらうことにした。
イルカ先生は秘書というわけではないが、よく同じような雑務を引き受けているので、こういった書類仕事は私より慣れている。

結局、ちょっとだけと言ったがイルカ先生は殆ど最後まで手伝ってくれた。
この恩は忘れない、と言う私にイルカ先生は大袈裟だと笑うが、任務帰りで疲れてるのにこんな時間まで本来の自分の担当業務ではない他人の仕事を手伝うなんて中々出来ないだろう。人間が出来すぎてる。

「もう遅いから、お前も早く帰れよ」
「はい、ありがとうございました」

一足先に帰路についたイルカ先生にお礼を言って見送る。部屋に戻って残りを片付けた後、戸締まりをしてから私も外へ出た。やったー!帰れる!
外はすっかり真っ暗だ。とっくに日付が変わってる。同敷地内にあるアカデミーや火影塔に何気なく視線を向けながら外を歩いているとふと、人の気配がした。

「アザミちゃん」
「はい?………!」

うわ、カカシ先生!!?
名前を呼ばれて顔を向けたらそこにはカカシ先生がいた。中忍試験の手伝い以来である。驚きすぎて叫びそうになったがギリギリで堪えた私を誰か褒めてほしい。
ドキドキしながら「こんばんは」と挨拶をする。カカシ先生は「ああ、うん」とだけ言った。相変わらず覇気がない。声色も落ち着いてるを通り越して死んでる。
この人疲れてるな、と思ってるといきなり「はい」と何かを手渡された。反射的に受け取ったそれは任務の報告書だった。

「じゃ、よろしく」

それだけ言うとカカシ先生は以前同様にさっさといなくなってしまった。すげえ、また行っちゃったよ。本当に無駄なこと一切言わないじゃん。
というか私の勤務時間はもう終わってるのに。めちゃくちゃ時間外なんだが、きっと彼は受付まで行く元気がなかったんだろう。
これ私が届けるの?めんどくせ〜、と思いつつ急な邂逅に心臓がずっとドキドキしていた。秘書やっててよかった。
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