サスケは私の前で一度だけ、声を押し殺すようにして泣いた。
場所はアカデミーの途中にある昔二人で座ってよく話していた公園のベンチで、随分遅い時間だった。帰宅途中に一人でベンチに座るサスケを偶然見つけ、早く帰るように声をかけに行ったが、私と目が合った途端、彼は静かに涙を流した。
その時の私は恐ろしいことにハンカチを持っていなかったので、唖然としてその姿を見守ることしかできなかった。
サスケは意外にも私を遠ざけようとはせず、ただ泣き続けた。私に出来ることは慰めの言葉をかけることでも気の利いたジョークをかますことでもなく、彼が泣き止むまで側にいることだけだったので、黙って待った。
この一件で彼は自分の気持ちに整理をつけたらしい。
私が上忍に昇格したのとサスケが挨拶を返してくれるのようになったのはほぼ同時期だった。
上忍への昇格は、殆どサプライズみたいなもので知らない間にガイ先生が勝手に私を推薦していたのだ。突然火影様に呼び出された時は何かと思った。
特に目覚ましい活躍をした覚えはなく、いつも無難に与えられた任務をこなす私が何故上忍になれたのだろう。と、上忍の先輩方に聞いてみたらそこが良いらしい。
何に対しても一定の働きが出来るのはそれだけ実力がある証拠だとか何だとか。自分ではさっぱりわからないのだが、私に対する評価は案外高かったみたいだ。
あとは人手不足というのも関係しているだろう。私達とガイ先生達の間の世代は、第三次忍界大戦で未熟なうちから戦場に立たされて早くに亡くなった人が多く、圧倒的に忍の数が少ないのだ。その大戦を生き残った者達も九尾の時に半数以上亡くなり、木ノ葉隠れの里は三代目火影の外交力で他国に対して辛うじて強国という立場を維持していただけで、私が思っていたより内情はずっとボロボロだった。
上の世代がいつまでも第一線で戦えるわけじゃない。今後のことを考え、若手はどんどん昇格させようキャンペーンなのかもしれない。そんな感じで私は上忍になった。
そしてサスケ。彼はあれから大分気持ちが落ち着いてきたようで、私の挨拶に「ああ」と短く返答してくれるだけでなく、ちょっとした会話もしてくれるようになった。
本人には言ってないし言うつもりもないが、昔に比べて話し方が随分素っ気なくなったな、と会う度に感じる。私の呼び方も「アザミさん」から「アザミ」か「あんた」になった。これ降格と昇格どっちになるんだろう。やっぱり降格?
それに加えて性格も明らかに暗くなったと思う。暗くなったというより、クールになったと言った方が良いのだろうか。あの日見せた暗い目は消えたが、代わりに何かとても大きな決意をしたような目になっていた。つまりはまあ、漫画のサスケになってしまったわけだ。あの明るく素直な子はもういない。
***
秘書の仕事を終えて外へ出ると綺麗な夕焼け空で、楽しそうな子供の声が聞こえる。アカデミーの子達も授業が終わったみたいだ。
家路に向かう子供たちの中に見覚えのある後姿を見つけて、後を追う。サスケ、と名前を呼べば彼は足を止めて振り返った。
以前なら無視して止まることもなかっただろう。決して元気になったとか、そういうわけではないのが難しいところだ。
「今帰り?」
「ああ、見たらわかるだろ」
「そうだね。私も帰りだから一緒に帰ろう」
返事は待たずに進む。サスケは特に何か言う事もなく大人しくついてきた。
今日のご飯はどうするの?と歩きながら尋ねると「適当に何か買ってく」と返された。
「じゃあ、うちでご飯食べない?」
「は?」
そんなことを言われるとは予想していなかったようで、サスケの足が止まった。
そこまで変なことだろうか、と思いつつ少し迷ったが以前の約束を口にした。
「前に来るって言ってたけど、結局一度も来てないもんね。食べてってよ」
「あんたの料理を……?」
「大丈夫、上達したから!」
明るく堂々と答えれば、サスケは眉を顰めた。これは完全に信用していない顔だ。
彼が昔の口約束を覚えていてくれたことをこっそり喜びながら、肩を押すようにして我が家まで連れて行った。表はまだ営業中なので、裏にある“南部家”の玄関から入る。サスケは初めて足を踏み入れる我が家にやや緊張しているようで、いつもよりずっと小さな声で「お邪魔します……」と言った。
「好きな食べ物は?冷蔵庫にあったら出してあげる」
「…………ト」
「と?」
「……とっとと作れよ」
それは好きな食べ物じゃなくない……?
困惑しつつも「う、うす」と答えてきびきび動いた。サスケは最初居心地悪そうに座っていたが、段々慣れてきたのか料理が完成する頃にはソファーに寝転がりながらテレビを観ていた。よかった、実家のように寛いでくれてる。
それから少し早めの夕食を振る舞い、感想を聞けば「味がないぞ」と答えられる。おかしいな、と首を傾げていると呆れたような目で見られた。サスケの私への評価は下がるばかりだ。
