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「ねえ、南部アザミって子知ってる?」

ある昼下がり、受付で依頼書ではなく報告書の処理をしているとセクシーな格好のお姉さんにそう尋ねられた。
上着を留めずに開け放しているので下の鎖帷子が丸見えなお姉さんは、額当てをしているので忍だろう。任務で一緒になったことは一度もないはずだが、どこかで見た顔だった。
あれ、でも知らない人だよね。向こうも私のことを知らないから、こうして意図せず本人に名前を聞いているのだし、男性に比べて女性は数が少ないので少しでも関わりがあれば普通は忘れない。
そんな謎の彼女の問い掛けに、少し迷ってから嘘をついても後でバレると思い「南部アザミは私ですが」と素直に答えた。

「えっ、あんたがそうだったの!?あー、ごめんごめん!悪かったわね」
「いいえ、大丈夫です」

忍者にしてはかなり大きな声を出したので自然と周りの視線が集まる。すぐにそれに気が付いて、彼女はやや恥ずかしそうな顔を見せた。かわいい。

「私に何かご用ですか」
「いや、別に用ってほどのもんはないのよ。ちょっと顔が見たかっただけ」
「はあ……?」

意味がわからず、つい間抜けた声が出る。顔が見たいなんて初めて言われた。転校生かなんかか?と考えていると彼女は「紹介が遅れたわね」と一度大袈裟に咳払いをした後、特別上忍のみたらしアンコと名乗った。
みたらしアンコって……ああ!知ってる。そういえば漫画で見たんだ!と曖昧な記憶の正体が分かってスッキリしている私に、顔が見たかったと言ったアンコさんはその理由を話し始める。

「一部の連中の間でよく名前が上がるからさ、どんな子かと思って」
「え?そうなんですか」
「ええ。あんた少し前に上忍になったでしょ?なら上忍待機所来てみなさいよ。あんたのファンいるわよ」
「ファン……?」
「そうそう。特上だとアオバとかあの辺が特に」

それはファンじゃない。
サングラスのアオバさんの顔を思い浮かべて乾いた笑いが出た。彼もそんな扱いされて困ったものだろう。
否定するもアンコさんには届かないようで、彼女は納得したように何度も頷いていた。

「でも、そうね。わかるわ、あいつらの気持ちも。あんたってくノ一じゃちょっといないタイプだもん」
「はあ」
「なーんか忍者って感じがしないのよね〜。あ、これ悪口じゃないわよ」
「わかってますよ、大丈夫です」
「そ?じゃ、今日からあんたのことアイドルって呼ぶわ」
「やめてくださいそれは悪口です」

あだ名“アイドル”は私の人生において足枷になりすぎる。
きっぱり断るがアンコさんは納得いかないらしく「なんでよ!アイドルじゃん!あんた野郎共のアイドルじゃん!」と騒ぎ出した。やめろやめろ。みんな見てるでしょうが。

「てか、言っていい?あんた誰かに似てるような気がすんのよね。誰だったかなー」

受付のテーブルに手を付いて身を乗り出すようにずいっと近付いて来たかと思えば、アンコさんは私の顔を様々な角度から見て一人考えだした。この人周りを振り回すタイプだな、と思った。
私が似ている相手というのはもしかして兄のことだろうか。私に対してそう声をかけてくる人は大抵兄を指している。
アンコさんがすぐに思いつかないのは、多分世代が違うので兄達とは親しくなかったためだろう。まあ全然知らない人の可能性もあるけど。
兄達のことは告げず知らないフリをしていると唸るアンコさんの後ろからやってきた人と目が合った。

「おい、いつまで話してんだ」
「出た。ファン1号」
「は?」

後ろから報告書片手にそう声をかけてきたゲンマさんを振り返り、アンコさんがからかうように言う。彼が1号だったのか。
唐突に巻き込まれたゲンマさんは眉をひそめて何の話だと聞くが、アンコさんは全く答えず私の方を見た。

「じゃ、あたしはこれで。仕事の邪魔して悪かったわね。お詫びにこれあげるわ」

そう言って手渡されたのは缶入り汁粉だった。これ本当に飲んでる人いたんだ。
じゃーねアイドル!と明るく手を振って去っていくアンコさんを見ながらなんだありゃ、と呟くゲンマさんに肩をすくめて答えた。私もわからない。
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