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「もう久しく食べてないからわからないんですけどアザミ姉さん、その後料理の腕はどうですか?」
「心配ご無用。私の料理はキクくんに明るく幸せな生活を提供するよ」
「住宅建設会社のキャッチコピーみたいなこと言いますね」

あれ、思ってた反応と違う。
妹のテンテンに似た顔で笑ったキクくんは「ケチャップ買っていいですか」と私が返事をする前にカゴへ放り込んだ。彼が一番好きな食べ物は今でもケチャップである。だからケチャップは好きな食べ物のカテゴリーには入らないとあれほど……と呆れながら買い物カゴを持って広告の品を物色する彼の後をついていく。

キクくんが20歳になるのを待ってから私達は結婚した。彼にはうちの店を継いでもらわなくてはならないので二人の新居なんてものはなく、私の家の離れで暮らしている。
母屋には当然私の両親がいるのでぶっちゃけ家事の九割は母がやってくれている。そのため私からすれば結婚により変化したことは家にキクくんがいるくらいで、生活自体は今までと殆ど変わらない。朝起きてご飯を食べて秘書の仕事をして呼ばれたら任務へ出て終わったら帰宅。
しかしその生活は私にとって今までにないくらい穏やかな日々だった。戦争中でもないし、周りで何か大きな出来事も起きていない。せいぜいガイ先生達との祝賀会でリー君がうっかりお酒を口にしてしまい酔って大暴れしたくらいで、仕事も上手くいってる。料理の腕前は死んでるけどキクくんは他人に寛容なので家庭は円満そのものだった。満たされているってこういうことなんだろう。
目を閉じると今までで経験した色んな出来事が浮かんでくる。楽しかったことも辛かったことも寂しかったことも意味不明だったことも時々全てが夢だったように感じる瞬間があった。

***

「じじィ!!勝負だコレ!!」

うお、なんか来た。
執務室で火影様と話をしていたら、バタバタとやかましい足音を立てながら浅葱色のマフラーを身につけたお子ちゃまが飛び込んできた。
そのまま勢いよく火影様に向かって「くらえェーーー!!」と何かを投げ飛ばした。コントロールが甘いのか、私の方にも飛んできたので咄嗟に持っていた封筒で叩き落とす。バチッと音が鳴ると地面にぶつかって小さく飛び跳ねた。水風船だ。

「ボディーガードにくノ一を雇うなんて卑怯だぞコレ!」
「何を言っとるんじゃお前は」

火影様が呆れたように言う。
私は自分に向かってきた分を弾いただけで火影様は自力で避けてるのでボディーガードならとっくにクビになってるだろう。
漫画のナルト達よりもずっと小さい、せいぜい7、8歳にしか見えないその子は、何故か滝のような汗をかいていて服が肌に張り付いていた。

「どうしてそんなにびしょ濡れなの?」
「激しい特訓で汗かいたんだ!!悪いか?コレ!」
「悪いっていうか、風邪引くから着替えたほうが良いよ」
「余計なお世話だコレ!!」

やけに喧嘩腰だな、と思いつつ私は相変わらずハンカチを持っていないので「火影様、ティッシュ取って下さい」と机の上のボックスティッシュを取ってもらった。うっかり里一番の偉大な忍者を顎で使ってしまったと取ってもらった後で気付いた。
慌てて謝罪すれば当の本人は全く気にしていないようで「良い良い」と好好爺の顔で許してくれた。親しみやすいからつい……。
三代目火影をパシって手に入れたティッシュでお子ちゃまの額の汗を軽く拭う。や、やんのかコレェー!と威嚇していたお子ちゃまも私に敵意がないとわかると次第に大人しくなり、むずむずと居心地が悪そうにこちらの手を受け入れていた。

「身体冷えるよ」
「ふ、ふ〜ん……」 
「ふ〜ん、じゃなくてこれ持って帰ってね」

床に散らばった水風船を拾い集めて渡すと意外にも素直に受け取ってくれた。

「お……お前結構かわいーじゃんコレ……」
「え、ありがとう……?」

なんだこの子……。少女漫画の俺様キャラみたいな発言だと思っていたら「名前聞いてやるよ」とまたもや上から目線で言われた。何だこの子。

「南部アザミです。よろしくね」
「アザミちゃん………ふ、ふぅ〜ん……」

お子ちゃまは顔を隠すように水風船を持ち上げると、その隙間からチラチラとこちらを窺いながらそう言った。

「くノ一にもかわいい奴いたんだなコレ」

唐突にくノ一を敵に回すな。
「いっぱいいるよ、みんな可愛いよ」と伝えれば「女の言う“かわいい”は信じちゃいけねーんだコレ」とやけに偏った考えを披露された。な、なんだこの子。

「くノ一は鬼婆みたいな奴ばっかりだと思ってたぞコレ」

ガンガン悪口言うじゃん。
忍者の聴覚を知らないのか?こんなこと言ってたら夜道でタコ殴りにされるぞ、と心配に思う私の後ろで椅子に座ったままの火影様は「ケツの青いガキじゃからのう」とため息を付きながら言った。

「だから、まー、どうしてもって言うなら、オレの女にしてやってもいいぞコレ?」
「えっ、と……ごめんね。私、もう結婚してるので……」

こんなに言いづらいことある?まさか十歳未満の子供にモテる日が来るとは思わず心が痛んだ。
私の言葉に、お子ちゃまは分かりやすく衝撃を受けた後、がっくりと項垂れた。肩を小刻みに震わせる。泣くか……?泣くのか……?とティッシュをさらに引き抜く。

「騙したなコレェ!!」

そうきたか〜。
子供というのは大人にはわからない思考をして予想外の行動を取る。お子ちゃまは憤慨した様子で私から距離を取った。
 
「優しくして気を許させた後に刺す!これがくノ一のやり方か!!」

まあ、実際そういうところある。

「絶対!絶対許さないぞコレ!オレをコケにしたこと後悔させてやるからな!」

なんか恨まれてる。

「姓は猿飛!名は木ノ葉丸!!覚えとけコレェ!」

ビシッと決めるとお子ちゃまはくるりと背を向けた後「うわぁぁあん!!」と叫びながら帰った。嵐のような勢いだった。
私にあんな少女漫画のイケメンみたいなこと言ってくれる子が現れるとは。面白いお子ちゃま。
すっかり行き場をなくしたティッシュを持ったまま「木ノ葉は安泰ですね」と言えば火影様は「だといいんじゃが……」と額に手をやった。
Pumps