結婚しても仕事を続けているくノ一は少ない。いなくはないのだが、子供が生まれたら大体の方はきっぱりやめるか、もしくは家庭を優先し有事の際のみ戦線に出る。私はどうしたらいいんだろう。
「それで悩んでるんです。主婦目線で答えてもらえませんか」
「なるほど…ってなんで俺に聞くんだ!」
アカデミーの職員室を訪ねてイルカ先生に相談すると彼はしっかりとしたノリツッコミをしてくれた。なんで、って先生だし。
「実際に子供がいて第一線に出てるくノ一の方って少ないじゃないですか。殆どの人は普段は主婦だから任務で一緒になる機会も中々ないですし、そんなに親しくないのにわざわざ家を訪ねるわけにも行きませんし」
「ツメさんはどうだ?あの人なら……」
「あいにく長期任務中です」
首を振るとイルカ先生は参ったように頭を掻いた。ツメさんとは特別上忍の犬塚ツメさんのことで、子供がいても第一線に出ている数少ないくノ一である。私も何度か顔を合わせたことがあり是非お話を伺いたいと思っていたのだが、残念ながら今は娘のハナちゃんに家のことを任せて里を出ている。
そこで相談相手の第二候補として浮上したのがイルカ先生なのだ。あのナルトの信頼を得た素晴らしい先生なんだから困ったら彼に聞くのが一番だろう。
そのイルカ先生は暫く唸った後、こちらをじっと見てお前はどうしたいんだ、と尋ねてきた。
「私はもう辞めようと思ってます」
うちは元々商人の家系だし、兄達のことを引き摺る母もあまり良い顔はしない。
そもそもキクくんは私のために夢を諦めたと言うのに、なりたくてなったわけじゃない私が忍者を続けるなんておかしな話だろう。何より私には他の皆のような覚悟はない。
私の言葉にイルカ先生は「ならそれでいいじゃないか」と言った。
「俺が何を言おうと結局これはお前の人生で、お前が決めることだ。外野の俺が続けるべきだ、止めるべきだ、なんてとやかく口を出していいものじゃない。人に聞かずにお前の思うようにしなさい」
まるでアカデミー生を相手にしているかのような彼の表情と口調に、つい笑みがこぼれる。
そんな私にイルカ先生は「笑うなよ」とどこか照れくさそうに言った。
「先生とお話して決心しました。辞めます」
「そうか。お前がそう決めたならそれでいいさ。家に入っても頑張ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げる。目線が少し下がったことで、イルカ先生の机の上の資料が目についた。
私の視線に気が付いた先生が「もうすぐ卒業試験なんだ」と資料を手に取る。
「もうそんな時期ですか」
「ああ、早いよな。年を取るにつれて時の流れがどんどん早くなる。困ったもんだ」
言って、深いため息をついた。これは、どう考えても時の流れだけでなく別の問題が彼を悩ませているようだ。
何かお困りですか?と首を傾げればイルカ先生は「ま、一人心配な奴がいてな」と眉を下げて笑った。
それがあのナルトだという事はすぐに分かったが、彼の名前は出さずに「お疲れ様です」と返しておいた。そういえばナルトももう12歳になっているんだったかな。
数年前からよく聞くようになった彼のイタズラ武勇伝は、昔のイルカ先生を連想させた。ナルトも大人になったら彼のような頼りになる落ち着いた人になるんだろう。
***
退職するなら火影様や相談役のお二人、先輩方より先に報告しておかなくてはならない人がいる。
そう考えていた矢先、タイミング良く二人での任務があった。そんなに難しいものではなかったが、途中ごたごたがあって、予想以上に時間がかかってしまった。
満足な休憩も取れずにこの五日間動き続けていたため、共に任務に出ていた彼、てっちゃんは里に着く前から「腹減った」とぼやいていた。そして里の大半が寝静まった頃、無事に帰還し任務の簡易報告が済むや否や彼は「牛丼食いに行こうぜ」と私に言ったのだ。時刻は深夜三時を回ったところだった。
こんな時間に牛丼?正気か?と思ったが体力はもう限界に近く、なんか面倒だったのでそうですかと適当に頷いてこの時間でも営業しているという牛丼屋へ向かった。
「報告書は俺が書くわ」
「ありがとう」
二十四時間営業とはいえ時間が時間だからか店内には私達以外誰もいなかった。てっちゃんは邪魔だと思ったのか額当てを外した。
牛丼はすぐに運ばれてきて、彼はいただきますの代わりのように「マジで腹減った」と言ってから箸を持った。
それを横目に私も食べ始める。こんな時間に牛丼なんて食べちゃって明日の体重はどうなるかな、と思いながら「私さ」と口を開いた。
「忍者辞めようと思うんだよね」
「へぇー、いいんじゃね」
「えっ」
予想外の反応に少し驚く。というか返答までの時間短すぎない。
箸を止めた私に対して、てっちゃんは「何?止めてほしいのかよ」と言って肉を口に運んだ。
そうじゃないけどあまりにもあっさりしていたから、つい。私達って、幼馴染と言っても差し支えないくらい長く一緒にいるのにこんな簡単に賛成されると思っていなかったというか。
なんか怒られるかと勝手に思っていたのだが、てっちゃんは至って普通に牛丼を食べ続けていた。私の退職より牛丼ってことなのかな?
拍子抜けしていると「お前もう結婚してるんだしさ」と口をもごもごさせながらこちらに箸を向けた。
「今のうちに辞めといた方が良いって。忍者なんていつ死ぬかわかんねーし」
「行儀悪いよ」
箸のことを指摘するとうるせえ、と言いつつ湯呑みを持った。
いつ死ぬかわからない、というのは核心をついていると思った。忍者を辞める理由なんて人それぞれだけど、私が辞める理由は家のことに専念するとかキクくんに申し訳ないとかじゃなくて、結局は死なないためだ。
てっちゃんはもう食べ終わったらしく、ゆっくりとお茶を飲んでいた。思えば、彼とこうして対面するのは随分と久しぶりで、イタチがいなくなってからは昔の、チームメイトだった時の話もしていない。なんとなくその頃の話をするのは憚られた。
「今までお疲れ」と湯呑みを置くと彼はアカデミーの頃のようないたずらっ子の顔で笑った。
「昔は大嫌いだったけど、今はお前のこと嫌いじゃねーよ」
「そう?私は今もそんなに好きじゃないけど」
二人同時に吹き出した。何も面白い話ではないのに、おかしくて仕方がなかった。
